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さあ、行ってこい

「ばぁ、五葉いつはちゃん、ばぁ。」

 犯罪対策課の部署では、課長が姪をあやして喜んでいた。

 姪は父親に似ている男に大喜びで、機嫌よく伯父の鼻をいじったりしてあやされている。

「あたしはすぐにでも帰りたいんだけどね。」

「いいじゃん。俺は彼女と久しぶりなんだし、今日はこのままケツの自宅に帰っちゃえよ。ケツもさ、今日は横浜市まで帰らなくてラッキーって、大喜びで君達を迎えに来るって言っているでしょう。」

「そうだけどさ。五葉のお昼寝を今日はすっとばしたしさ、せめて夕飯はいつもの時間にしてやらないと生活リズムを崩すだろ。この子はまだ十ヶ月の赤ん坊なんだよ。」

 楊はそっと姪を心優しき継母候補に差し出すと、寂しそうにポツリと呟いた。

「……横浜に帰っていいよ。」

「あんた、いつもながら弱いよね。いいよ、今日ぐらいいてやるよ。」

 ツンデレの義妹候補は義理の兄候補に、赤ん坊をそっと手渡した。

 姪を再び抱きしめることのできた課長は、幸福そうな顔となると再びバァバァと赤ん坊に唱えだす。

「かわさん。俺達の報告も聞いてよ。」

「お前らは可愛くないもん。」

 楊は姪を抱いてトコトコとリズミカルに室内を歩き回って報告しようとする葉山をかわしており、姪はそんな彼の歩く振動に大喜びできゃっきゃと楊を叩いて喜んでいた。

「そんなぁ。」

「役に立たないし。」

「パワハラですよ。そこまで言ったら!」

 俺もとうとう楊に抗議の声をあげた。

「だってさ、可哀想な女の子の顔見て泣かせてきただけでしょう。一人ぼっちで残して。お前等せっかくいい男なんだからさ、どっちがが警護の為に家の側にいてやるかと思ったのに、ノコノコ二人で帰ってくるんだもん。ねー、五葉ちゃん。こんな、浅はかな男には注意するんですよー。」

 楊に頬をつつかれた赤ん坊は、くすくすと笑いながら楊をつつき返す。

 その指を楊は食べる振りをしてパクパクと音を立てて、赤ん坊はキャーと声をあげ反り返っての大喜びだ。

 赤ん坊が彼の腕から落ちると思った俺達二人は、慌てて両手を反り返った赤ん坊の下に仲良く差し出していた。

 楊はそんな俺達をふっと笑う。

「それでかわさん、彼女は危険なのですか?狙われていると?」

「狙われているかはわからないけどね、高部が彼女のお姉さんでしょ。ガラス会社の社長は元後援会の重鎮の一人の息子だしさ。まだ行方不明のヤツ。」

 葉山がぎゅっと目を瞑る。

「すいません。その情報俺は貰っていませんが。山さんもだよね。」

「うん。僕もそれ初耳。かわさん、最初から知っていた?」

「お前らが出てから麻薬課に教えてもらった。」

「メールぐらいしてくださいよ。」

「もう、かわさんたら。」

 俺達は仲良くしゃがみ込むしかなかった。

「かわさん、こいつら抜けているから報連相必要よ。事件が繋がっているって知っていながらさ、姉の名前で高部と和泉田の姉が同一人物かもって今まで考えもしなかったって、刑事としてありえなくね。」

「だってメールしようかなって時に帰って来るんだもん。俺も呆れちゃったよ。」

「そういえば和泉田希梨子の姉も高部も希美子だったね。」

 頭を抱えた葉山が呟く。

「ぜんぜん考えもしなかった僕達ってなんだろうね。」

 はぁ、と同時に大きく溜息をついてから、俺達は情けなく顔を見合わせた。

「戻る?」

 俺が尋ねると、葉山も情けなさそうな微笑を俺に浮かべた。

「戻ろうか?」

 新井田家に戻ろうと俺達が立ち上がると、楊が自分のデスクに戻り姪を抱いたままの片手だけで器用にフォルダーから一枚の写真を抜き出すと、それを俺達に手渡した。

「あと二時間でこの男に指名手配が掛かるからね。お嬢さんを警護してあげて。」

 渡された写真は俺が希梨子の記憶の中で見た現場の加害者の一人だった。

 意識が朦朧とする彼女の上に乗ってきた、何人か目の男である。

「こいつ、和泉田希梨子を乱暴した男達の一人です。」

 俺の発言に被せるようにして、殺気を帯びた男が喋りだした。

「近藤正殺害の実行犯の一人です。どうして娑婆に出ているのですか?」

「そいつらは起訴もされていないよ。」

 葉山は楊へばっと顔を向けた。

 すると楊はぎゅっと姪を抱きしめると、見たことのない顔で俺達を見返した。

 姪には見せたくないであろう冷たい顔で、だ。

「山口の犬の世話は俺がするからね、葉山も山口も今日は帰って来なくていいよ。その代り明日の午後休あげるから、さぁ、行って。」

 俺は葉山の腕をつかんで和泉田家へと向かおうとすると、楊が追加の言葉をかけた。

「君達に任せるけど、思いっきりやっていいよ。責任は俺が取るから。」

 楊は微笑んでいた。

 世界を魅了できるようなとろけるような甘い笑顔だ。

 俺は葉山の背中に腕を回した。

「行こう、友君。君は思いっきり戦ってみたかったのでしょう。」

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