死んだ家と殆ど死んでいる娘
彼女は再び俺達を罵倒しようと振り向いたが、しかし、俺達が藤枝の罵倒を受けたと喜んでいることで罵倒どころかその真っ赤に染めた顔を俺達に見せつける結果となった。
「あ、本当にツンデレだ!藤枝ちゃんて可愛いじゃんか!」
「友君て節操が無さすぎだよ!でも、僕もなんか嬉しい!藤枝ちゃんって感じ。」
「お前らは!」
「来い!罵倒!」
「さあ、僕達を罵って!」
「どこの中学生だ!お前ら!」
馬鹿な俺達が玄関前でぎゃあぎゃあ喜んでいたその時、ようやくドアが開いた。
ドアが閉められないように葉山はスッと前に出て足でドアを押さえると、藤枝に葉山はフルスウィングで頭を叩かれた。
赤ん坊は凶暴な藤枝に大喜びだ。
「馬鹿、怯えさせる行動を取るなよ。すいませんね、うちの男連中は馬鹿ばかりで。あなたに伺いたい話があるので入りますね。私のベイビーが風邪引いちゃあ困りますしね。」
驚いた事に藤枝はドアを開けた家主に一方的に話しかけ玄関に入り、そして勝手に家にあがりこんでしまった。
家主が慌てて藤枝を追い、俺達は藤枝に驚きながら玄関に入る。
「すげぇ、藤枝。マジ驚き。」
「奴に警察辞めるなって、かわさんの親父さんが説得したのもわかるね。」
家のなかから大声が響いた。
「馬鹿二人!お前らもさっさと上がって来いよ!あたしのベイビーを暗くなる前に家に返したいと思わないのかよ!」
俺達は藤枝の罵倒に笑いながら、藤枝がいるらしき応接間だった部屋に入った。
ソファセットしか置いていない空っぽな部屋だ。
サイドボードの中にも何も無く、そして、壁は絵画が飾られていたらしき額縁の跡だけが残っている。
元政治家の家は、主人を失って廃墟と化していたのだ。
そして、廃墟に住み続ける、死んだ政治家の娘。
美しかったであろう顔は暴行によるものか歪み、右目が白濁していることから失明しているのだと理解した。
髪は櫛も入れて居らず、艶もなくぼさぼさに長く伸びているだけだ。
やめてやめてやめてやめて。
俺の脳裏に彼女の当時の、そして今も、叫び続ける悲鳴が聞こえた。
ここで涙を流してはいけないと、ぎゅっと瞼を閉じた。
「悪いね、急に押しかけて。この馬鹿共が追っている殺人について尋ねていいかな?」
「私が殺人の事など知っているはずはないでしょう。い、家から出られないのよ?」
葉山は政治家の娘、和泉田希梨子を怯えさせないように彼女からできるだけ離れたところに立っていた。
そして彼は真摯な様子で深々と彼女に頭を下げたのである。
「急に申し訳ありません。殺害された冬根美穂子さんの犯人の手懸りを捜しておりまして、彼女の義理の家族の新井田家に対する報復の一環と新井田家の情報を集めているのです。新井田泰明はお父様の後援会長だったと聞いておりますから、なにか情報があればと思いまして。」
「新井田泰明は父の裏切り者です!あの人のせいで私は乱暴されて、父は私を見て心臓発作で!あの一家がどうなろうと知ったことではありません!」
希梨子は叫ぶや部屋を飛び出し、藤枝はベイビーを抱っこ紐ごと俺に、マザーズバッグを葉山に押し付けて彼女を追っていった。
彼女らしい捨て台詞を俺達にかけることも忘れずに。
「彼女の暴行事件を探ればいいって判って良かったね。」
俺達は藤枝の有能さに拍手を送りながら、だが、押し付けられた赤ん坊を怖々と抱きながら座り込んだ。
俺達は仲良く赤ん坊を抱えながら、赤ん坊の世話は怖いからすぐに戻って来てね、と心の底から藤枝へテレパシーを送っていた。




