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無能になっても俺は幸せ

 俺の言葉に葉山は考え込み、そういえば、と言う。


「新井田家って名士だったからさ、親父さんが斉藤議員の対抗馬を応援していたね。和泉田いずみだ友蔵ともぞうって奴。違うか。もともと斉藤の選挙区が和泉田だ。四年前に和泉田が亡くなって娘も出馬しないからと後援会が解散して、そこで斉藤が選挙区を遷したのだったかな。いや、後援会がそのまま斉藤に移ったのか。そうすると異を唱える古株が居残ると邪魔ですよね。引き込んで邪魔だから潰した?」


 自分で話しながら新井田の不幸の意味を考え付いたか、葉山は口を押さえて黙り込んだ。


「娘に一応話しを聞きに行こうか?名前は知っている?」


 葉山に尋ねながら、先程まで屈託なく笑っていた水野が青ざめていた事に気がついた。


「みっちゃんどうした?顔色悪いよ。」


「あたしは麻薬課にそろそろ戻らないとねって。思い出したんだよ。淳平の虫事件の被害者の事をね。気持ち悪いじゃん、あれ。」


 水野は私物を鞄に片付けると、さっさと自分の最近の部署に戻っていった。


「彼女の事件で俺達の事件と重なっているところがあるようですね。でも言えない?」


 葉山は水野の出て行った扉を見つめて、誰とも無く呟いた。


「俺から言えるのは、百目鬼が騙されたガラス会社は勝手にホームページをリンクしていたのではなくて、その会社自体が高部の麻薬の販売担当をしていたって事だね。茶色のガラス片以外を注文しても在庫無し表示ってヤツ。君達の三番目の遺体がそのガラス会社の元従業員だった。社長は行方不明だけどね。」


「繋がっていると。」


「そういうこと。君達は和泉田と斉藤の確執を探ってくれないかな。三番目の被害者とガラス屋は麻薬課に渡したから、ウチは一番目と二番目の死因の究明とその二体の死体遺棄者の真相究明にだけにシフトする。余計なことはするなよ。」


 軽く俺達に指示している風だが、これは命令だ。

 髙が麻薬課と我らが犯罪対策課の調整に動いている時点で、俺は気づくべきだったのだ。

 楊と髙はタヌキだ。

 タヌキは髙だけじゃないのだ。


「ねぇ、友君。さっきの質問だけど、君は和泉田の娘の名前は知っている?」


「名前は覚えてないけど、まずは和泉田家に行ってみる?」


「行ってみる。冬根美穂子をポリバケツに入れた犯人はおろか、殺した犯人の手懸り自体見つからないからね。足で稼ぐしかないよ。ヘルパーの誰かなんだよね。丁寧に洗われていて証拠が綺麗に洗い流されて残っていないから、犯人を特定できても自白に頼らないといけないってのがきついけれども。」


「山さんには見えないんだ?あんなに殴られて真っ黒なのにね。」


 俺はふうっと息を吐いた。


「そうなんだよね。僕の力は無くなっちゃったのかな?」


 力が変質したのは解っている。

 俺は玄人の痛みを読み取ろうと力を彼の方に向けたからか、彼の力に同化し感化して、よって、能力が霊的なものを見るというよりは他者に同調しようとする力となってしまい、現場の悪意や悲鳴をダイレクトに吸収してしまうのだ。


 そのために受けた悪意や悲鳴によって潰れてしまう事がしばしばであるので、自分にフィルターをかけるようにもなったが、フィルターで霊的なものに気づかなくなっているという悪循環だ。


 さらに、仕事の感覚までも鈍る訳がないのに鈍っている。

 それは俺が百目鬼と玄人さえいれば幸せなのだと、周囲に対して注意を向けなくなってしまったからなのだろう。


 髙の言うとおり、俺は使えない間抜けに成り下がったようだ。

 それでも、いや、だからこそなのか、今の俺は幸せなのだから仕方が無い。

 刑事が出来なくなったら、百目鬼のあの家に帰ればいいのだ。


「行くよ、山さん。俺達は再び悲しい外回りだ。刑事は足で稼ぐものだろう。」

「その通りだね。友君。」

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