見方を変えてみようか
「どうしてクロトを帰しちゃったのですか!」
憤って上司に声をあげたのは恋人の俺ではなく、先日玄人を襲った鬼畜だ。
襲ったお前と玄人を会わせたくないという、楊と百目鬼の玄人への心遣いではないのか?
「仕方ないじゃん。ちびは武本の当主として従兄の結婚式と総会を纏めないといけないって、百目鬼とその手配でてんてこ舞いでしょ。」
「おまけに新たな男をクロが落しちゃったしね。」
久しぶりに自分のデスクに座っている水野が、ニヤニヤ顔をしながら口を挟んできた。
「新たな男って何だよ!」
やはり俺でなく叫んだのは葉山だ。
発言権の無い恋人の俺ってなんだろう。
落ち込む俺と反対に、楊と水野が腹を抱えて笑い出し、楊が悪戯そうに口を歪めて教えてくれた。
「ウチの署に出向中の麻薬捜査課のホープ、五月女君だよ。」
「あの生真面目君が?」
「君は同性愛者なんだってって、僕を変な目線で睨んだよ、あの人!」
同時に叫んだ俺達に、水野はギャハハハハと声をあげての大喜びだ。
「あたし、クロの実力を初めて知ったよ。パトカーの音で淳平だと思って家を飛び出して来たクロが可憐でさ。淳平くぅんって。あたしまでホケっとしちゃう可愛さなんだもん。五月女のズコーンっていう落ちた音が聞こえたね。凄いよ、本気で可愛いよ、あいつ。」
「みっちゃん。もうすぐクリスマスだし、欲しいもの、ある?」
俺は無意識に有らぬことを口にしてしまっていた。
水野はそんな俺を馬鹿だと腹を抱えて笑い、楊は俺に玄人の写真を転送してくれた。
「今日のクロトは最高じゃあないですか!」
叫んだのは矢張り俺ではなく、鬼畜君だ。
俺の玄人は百目鬼によって、あどけなくいたいけでレトロな美少女に作成されていた。
ただのジーンズにシャツ姿でありながら、花モチーフを繋げた三角のストールを巻きつけただけで、寒村の薄幸な美少女に仕立て上げられるとは流石の鬼だ。
こんな姿の玄人を前にして、保護者の百目鬼に非道な行いなど出来る男など存在しないだろう。
こんな姿の彼が涙目で自分を見上げたらと考えると、俺でなくとも誰だって絶対に捜査の手を緩めるはずだ。
「良純さんは確実に無罪放免だったのですね。」
「そう。」
俺の質問でない確信の言葉に対する楊の返答に、再び水野はけたたましく笑い、楊はやれやれと言う風に肩を竦め、葉山が大声で叫んだ。
「かわさんは酷いですよ!俺にもその玄人を送ってください!」
「お前はもう少し節操がないのかよ。」
そして、楊は葉山への転送操作をしながら少しトーンが落ちた声で呟いた。
「お前らの報告を読んだけどさ、どうして、ここまで新井田家は憎まれたんだろうね。」
俺はしまったと目を瞑った。
これは別の方向から見直してみろとの楊の誘導だ。
斉藤勇次郎議員の本来の目的が、そもそも新井田家潰しであったとしたら?
「新井田家を潰そうと網を張っていたら、娘の結婚相手の近藤家の、違いますね。」
楊がスマートフォンから目線だけあげ、俺を見つめ返すと俺にだけわかるようにして片目を一瞬閉じた。
たぬきめ。
「どうした、山さん?」
しかし葉山は目敏い。
俺と楊の無言のやり取りに気づいた葉山は俺を探って来たのだ。
俺は隠すことどころか、楊によって思いついた事を口に出していた。
楊がそれこそ望んでいるからだ。
「目的が近藤家じゃなくてさ、目的が新井田家だったらどうなるかなって。正の嫁に新井田家の娘をあえて選んで一緒に潰すのはどうだろう?って。その場合は正がオマケになる。潰さなくても人質同然でしょ。斉藤と新井田で繋がりそうな事ない?近藤家以外で。」




