僕の大好きな人が消えた?
楊の特対課に入って来た良純和尚は敢えて楊の脇を通り、楊が僕用に淹れていたコーヒーを奪って僕の隣にドカっと荒々しく座った。
楊は眉を上下させておどけて喜んでいる。
「まったくむかつく。」
「仕方がないよ。それでも最初にしっかり無関係の証を立てておく必要があるでしょ。麻薬関係で疑い有の書類が残ると後々大変なのよ。あの五月女君はかなり便宜を図ってくれたのだから、怒るよりも感謝するべきでしょう。」
「別にお前らに疑われたって痛くも痒くもないよ。俺がむかつくのが十万円が返って来ないって事だよ。警察が押収するのなら、俺に代金ぐらい返せよ。」
「反省しろよ!あんなあからさまなホームページがおかしいと思わなかったのかよ。爬虫類の餌のHPに、まともなガラス片が売っている訳が無いだろ。写真がガラス片でもさ、ガラス片じゃない物だって察しろって奴よ。」
「普通のガラス片の会社だよ、俺が購入したのはね。」
良純和尚はスマートフォンを取り出すと、彼が購入したというHPを呼び出してその画面をみせつけた。
「ほら、普通にガラス玉用の材料の店だろうが。」
スマートフォンの画面を僕達は覗き、同時に納得した。
色とりどりのガラスビーズやガラス棒の画像でキラキラしている、普通のガラス屋のHPなのである。
「でもさ、ここで買ったら高部のチョコに当たったんだよね。どうして?高部のHPじゃないよ、これ。」
良純和尚は再びスマートフォンを操作した。
今度は僕達に見えるようにだ。
彼がHPの検索用の窓に「茶色」と入力すると、高級なガラス片のページが現れたのだ。
彼が間違え、そして高価なのも納得できるような琥珀色の綺麗な色のガラス片の写真が画面を飾っている。
「何これ。別の会社のHPと繋がっちゃってたの?そのページは高部の麻薬販売用のヤツだよ。」
「俺を尋問した本部の麻薬課連中も驚いていたよ。俺に届いた袋の送り主の住所も名前もこのガラス会社のものだしな。それで俺が騙されたって納得していた癖によ、この善意の被害者の俺の金が返って来ないってどういうことだ?」
「お前は金持ちなんだろ。勉強代だと思って諦めろよ。」
大きく舌打ちした良純和尚は部屋をぐるっと見回した。
「どうした?閑散としたこの有様は。新人二人が書き入れ時に退職したからって寂し過ぎるだろ、この部屋。あのケダモノ女の片方はどこいった?」
「あの子達は二人とも本部の麻薬捜査班に組み込まれて貸し出し中。髙はその調整役。葉山と山口は外回り。加瀬と藤枝の代りは絶賛人選中だね。まず髙が落ち着かないとだけどさ。この課のフィクサーは髙だから、お飾りの俺には発言権が無いのよ。」
肩を竦める楊に対して、良純和尚はワハハと彼を小馬鹿にしたように笑い飛ばした。
「お前がどんな奴が欲しいか言わないから人選が滞っているんだよ。髙はお前を喜ばせようと一生懸命なんだからさ、あいつに上司面して甘えなよ。でないともっとパワーアップした藤枝だらけになるぞ。加瀬はクロにキャラが被るから別にいいだろってね。」
キャラが被り過ぎて僕と反対に死者を死人にできる力を持った彼、加瀬聖輝は、僕の死んだはずの母を蘇生して入籍して僕の家族になってしまった。
いや、正確には大金持ちの早坂家の家族になったのか?
何年かぶりに再会した僕の母は、欲望が服を着て歩いているような人であった。
当初は自分の行いを反省して白波神社の神主として一生を捧げると誓った加瀬を、それでは好き勝手出来ないからと母が彼を海運王の早坂の息子へと押し込んだのだ。
そしてそんな僕の母に染められたあ加瀬はあっさりと優雅な暮らしを受け入れて、再び神主候補を失ったと凄まじい悲嘆に暮れる白波家と反対に、今や海外で人生を面白おかしく謳歌しているという。
「藤枝さんも辞めちゃったのですか?どうして?」
藤枝は極悪な性格の整形美人だが、それらを一切隠さない正直な人でもあり、僕が尊敬している人である。
自己紹介で整形前の昔の顔を、こっちの方が可愛い、と見せびらかす人なのだ。
楊はぎゅっと目を瞑った。
「いまや俺の弟の婚約者だ。姪の五葉の面倒見るって、警察辞めて俺の実家に弟と住んでいる。」
「え、相模原の傑さんの家じゃなくて、実家?傑さんの前の奥さんもかわちゃん実家に里帰りしていたけど、藤枝さんも?」
楊の実家は、横浜市の高級住宅街である山手に建っているばかりか、人目を惹く優美な白亜のお屋敷なのである。




