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五月女は乙女を守る騎士となる

 良純和尚が購入していた代引き商品が、まごうことなき麻薬だった。

 麻薬捜査の刑事が良純和尚を連行すると言い出した!

 しかし良純和尚が素直に連行される訳はなく、それどころか警察車両に粛々と乗る訳もない。

 彼は自分の車の助手席に水野を乗せ、僕を五月女の運転する覆面パトカーの助手席に放り込んでの相模原東署行きを提案したのである。


「コイツをお前に人質にくれてやれば、俺が逃亡しないとわかるだろ。それとも、この一人で何も出来ない生き物を置き去りにして、お前は俺だけを連行したいか?違うだろう?出かけるに当たって、まず寝巻きのこいつを着替えさせたいから出てってくれ。」


 どこまでも上から目線の彼はそう言うが早いか、刑事達を家から追い出して、僕を生成りのコーデュロイシャツにブルージーンズという格好に着替えさせた。

 それから僕に羽織らせたのは、コートではなく、なぜか大判のストール、それも朝のジャガードの物と違う手編みの毛糸でできたものを巻きつけたのである。


「この格好が五月女を堕とすんだよ。」


 良純和尚はそんな恐ろしい事を断言した。

 彼に手渡された毛糸の大判のストールは、色とりどりの花モチーフが連なるだけでなくウサギの毛まで編みこまれ、端には房まで付いている大きな三角形のものである。

 これを頭にとんぼ玉を飾った僕が羽織ると、写真館に飾られている白黒写真の中の乙女のように見えた。


 こ、こういう雰囲気があの刑事の好みだったのか!


 本当に?と小首を傾げながら良純和尚によってパトカー前に立つ刑事に引き出されたが、純朴な刑事は物凄くいい笑顔で僕を受け取り、それどころか良純和尚の提案をあっさりと受け入れた。

 水野が大口を開けて呆れ顔をしている横で、だ。

 いや、僕だって良純和尚の見立ての正確さにはびっくりだ。


「任意の、それも形式的なものですからご心配なく。でも、クロさんは僕がしっかり預かり守りますから道中ご安心を。」


 そうして僕はあの五月女という、変に親切過ぎる若い刑事の運転する車に乗り、相模原までの実に一時間近くをドライブする羽目になったのであった。

 それもこれも、あの袋の中身のせいだと、羽織っているストールの端をぎゅっと掴む。


「それで良純和尚が、本部の偉い方と話し合い中なのですね。」


 楊はにっこり笑った。


「そのとおり。」


 僕の頭のとんぼ玉は良純和尚作だが、なぜ彼がこんなものを作り始めたかというと、彼が購入した物件にとんぼ玉製作用のキットが放置されていたからである。

 新しい物好きでチャレンジ精神旺盛な彼は、その道具でいくつかとんぼ玉を作り、嵌り、僕の頭に飾るヘアピンを幾つかどころか百本くらいは製作したのだ。

 どれも見事な出来上がりに僕は心酔し、「欲しければやる。」という言葉に目を輝かせて彼から全て奪った。


 僕が奪ったそれを、相模原に出した武本物産の新店舗に並べるのかと彼は考えていたようだが、僕は全部自分の物にしたのである。

 どれもが素晴らしいこの一点物の芸術品を、この僕が人に渡す訳がないだろう。


 僕に呆れたがとんぼ玉製作の熱を失わなかった彼は、新たに材料を仕入れた。

 それは純粋に思い違いによる注文間違いをしただけである。

 彼は鼈甲のようなガラスを作りたいという目的でガラス屋のサイトをクリックし、茶色のガラス片を購入したと思い込んでいただけなのだ。


 そして僕達は和久の結婚式の為に武本の事で頭が一杯で、娯楽用のとんぼ玉材料の注文などはすっかり忘れ去り、届いた代引きの品は適当に放って置かれていたのである。

 それを思い出させたのが今朝の水野達の訪問だ。


 彼らは犯人の証拠品の押収をしている最中、ガラス片と偽られて十万円分が販売されていた事を知り、購入者である我が家に突撃したのである。


「でもさぁ、そのちょびっとのガラス片が十万もするって、あの何でも知っている百目鬼が思い込んでいたとはね。」


「だって、とんぼ玉って高いじゃないですか。素敵なのは一粒三千円以上しますよ。良純さんが今まで作っていたトンボ玉は、物件に残されていたタダの材料からですもの。」


 楊はプププと肩を震わせて笑い、コーヒーメーカーの方へと行った。


「あいつに知らない事があったって、笑えるねぇ。そんで、ちびはアメリカンでブラックなんだよな。」


「はい、ありがとうございます。」


 ガラっと部屋の扉が開く音に顔をむけると、腐りきった顔をした良純和尚が部屋に入って来た音だった。

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