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凍える寒さで君は頑ななの?

 彼の背骨に来る怒号で純朴青年はびくっと僕から離れ、僕は一直線に良純和尚にタタタと駆け寄って彼の後ろに逃げ込んだ。

 此処が一番安全なのだ。

 そんな僕の振る舞いに、ハハハと大きく笑ったのは水野だ。


「クロってば、お子ちゃまねぇ。それで百目鬼さん。あんた、麻薬にまで手ぇ出したの。」


「出すわけないだろ。朝っぱらから寝言を言ってんじゃねぇよ。そこの色惚けの新顔連れてさっさと帰れ。サイレン鳴らして来やがって、近所迷惑だろ。」


「道間違っちゃって一通逆走する必要があったからさ、仕方ないじゃん。ここ一通が多過ぎよ。」


「水野さん。そんな大声で。」


「いいじゃん。一通の逆走はあんたの方がノリノリで運転していた癖に。この色惚け野郎。」


 彼は色惚けだったのかと見返すと、文芸青年はやはり純朴そうに真っ赤に顔を赤らめて、けれどもバッジを取り出すやピシリと自己紹介をし始めた。


「神奈川県警本部麻薬課の巡査部長の五月女そうとめ尚稀なおきです。本日早朝からお伺いしましたのは、――。」


 彼は最後まで格好良く全部を言えなかった。

 水野にパシッと背中を突き飛ばされ、突き飛ばした彼女はいつものフランクな喋り方で変な事を尋ねだしたのである。


「ねぇ、最近変な通信販売で変なもの買わなかった?」


「お前また何か変なものを買ったのか?この間スプーンに砂糖やチョコレートや蜂蜜の塊がついている奴を大量買いしていた癖に。また無駄使いしたのか?」


 僕はヤバイと今度は水野の後ろに隠れた。

 此処が一番安全な場所かもしれない。


「違うって。クロじゃなくて百目鬼さんだよ。いいから家に上がるね。クロもそんな格好のままだと風邪引くよ。あと、その砂糖スプーンはあたしにお裾分けしてよね。」


「えー。あれで紅茶やココアを飲むと最高だからとって置きなのに。」


「だから頂戴よ。友達でしょ。」

「えー。」


 彼女は僕の手を引いてズンズンと玄関に入り、靴を脱ぎ捨てると良純和尚を押し退けるように勝手に家に上がっていった。

 良純和尚和尚は水野の後を追い、僕も、と突っ掛けを脱ごうと上がり口に座って振り向くと、純朴青年が真っ赤な顔で立ち尽くしていた。

 きっと水野と違い普通の礼儀正しい人なのだろう。


「あなたもどうぞ。」


 彼は両手で自分の胸を押さえた。


「変な人。」


「いえ、自分はですね。」

「やめて下さい。」


 反射的にかなり強く声が出てしまった。

 僕は慌てて自分の口元を抑え、驚いているだろう彼に謝らなければと彼を伺うと、やはりかなり傷ついた顔をしている。


「いえ、あの、ごめんなさい。僕を守って亡くなった呉羽さんの一人称が「自分」だったもので。会えない彼を思い出して辛くて。でも、僕に僕と言うなと一緒ですよね。ごめんなさい。」


 呉羽大吾は僕を守りきれなかったと、死んでからも泣き続けた。

 そんな彼の霊を犬神にしてしまった僕はろくでなしだと思い出して、自然に頭が下がってしまった。

 悲しそうなダイゴの顔が瞼に浮かぶ。


「顔を上げてください!」


 叫ぶような真っ直ぐな声に顔を上げたが、五月女は僕と目が合った途端に爆発したようにぼっと真っ赤に顔を染めた。


「あの。」

「いえ、いいです。じ、俺は気にしていませんから。」


 彼はとても親切な人であった。

 簡単に僕を許してくれて、そっと僕の手を両手で掴んだ。

 これは意味がよくわからないと握られた手を眺めていたら、良純和尚の僕を呼ぶ声が玄関に響いたのである。


「クロ、早く来い!」


 純朴な人を簡単に振り払って居間に戻ると、水野と良純和尚がちゃぶ台に向かい合わせて座ってちゃぶ台の上を睨むように眺めていた。

 テーブルの上の置かれた封が破られていない小型の封筒は、半月前の代引きの商品だった。


「これ、ガラスビーズの代引き商品ですよね。これがどうかしたのですか?」


「私が確かめさせていただきます。」


 ようやく自分を取り戻したか純朴青年が現れて宣言をすると、彼はちゃぶ台の前に座り、手袋を突然装着した。

 それから手馴れた手つきで中身を改めると、袋の中からはガラスどころではなく、楊が見せた物と同じ茶色の粘土のような物が、小さなジップがあるビニールに入った状態で出てきたのだ。


 その時の僕はそれが何かわからなかったが、水野と良純和尚は大きく舌打をして、純朴刑事は良純和尚を署に連行すると宣言した。

 宣言、するよね。

 僕は楊が開いたファイルの写真を見ながら、乾いた笑い声をあげていた。

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