冬の朝にあなたは訪問する
「冷凍マウスに大麻を詰め込んでの通信販売って、変なことを考えますね。」
高部という容疑者は、水野達が逮捕しようと駆けつけた時には既に恋人の薬物中毒者に殺されており、彼女達は恋人で殺人者の斉藤哲哉を現行犯逮捕した。
高部は勤める医院で大麻の栽培をして、ネット販売で爬虫類の餌を装って大麻入りハムスターを販売していたという。
「仲間の死体の内臓を抜いてゴキちゃん詰めちゃったのは、院長を殺しちゃってもう感覚が麻痺していたのだろうね。それに高部が売っていたのはただの大麻ではなくて、チョコだね。コカインは恋人のためだけのようで良かったよ。まぁ、中高生に大麻の味を覚えさせた件は許せないけどさ。」
「チョコって?」
「お前にまだ純粋無垢な所が残っていて、兄さんは嬉しいよ。」
楊は嬉しそうに僕の頭をなでてから自分の机に戻り、机からクリップ止めした書類を取り上げて抱えると戻って来た。
それは警察が一般人への啓蒙目的で作った麻薬に関するパンフレットである。
多分僕の為に彼がプリントアウトしたらしいそのコピーの薬物の説明のページを捲り、探し物が見つかったらしく、楽しそうに指を差してにっこりと笑った。
「ハシシって聞いたことあるでしょ。大麻の成分を固めた樹脂。見た目が茶色いからチョコって呼ばれたりするの。見たことがあるでしょ。」
僕はそこで目を瞑り、十数秒数を数えた。
見た事があるどころか見せられたのだ。
朝一に我が家に押しかけた警察によって。
パトカーのサイレンの音が家の前で鳴り響き、僕は山口が急に押しかけたのだと思った。
彼は支給車ではなくパトカーを愛用し、それも僕を乗せて僕の親戚の日本庭園に突っ込ませた一台をこよなく愛して完全に自分専用にしている。
いいのか?
しかし、僕が門扉を開けて対面したのは黒白パンダのセダンでなく、普通乗用車に回転灯を乗せただけの覆面パトであり、その前に立つ男は初めて会った警察官であった。
年齢は山口と同じくらいで、雰囲気は葉山に似ている若い男だ。
身長も葉山ぐらいで、坊主に近い短い髪と真面目そうで地味ながらも整っている顔立ちに、スーツよりも詰襟の学生服が似合いそうだと思った。
あるいは帝国海軍の軍服か?
つまり純文学の登場人物のような青年なのだ。
そんな彼は門扉を開けて飛び出した僕にたじろぎ、なぜか顔まで赤らめてしまっている。
山口だと思い込んで寝起きで飛び出てきた僕の格好は、大昔の人のように着物の寝巻きに肩には毛糸のショールという姿であった。
純文学の世界のヒロインの様だと、良純和尚はこの姿をかなり好んでいる。
けれどこの目の前の男には、僕の姿が前時代的すぎて変な姿と目に映ったのにちがいない。
山口の名前を大声で叫んで飛び出したのだから尚更だ。
「あの、御用は。」
自分の間抜けさに赤くなりながらも応対しているのに、目の前の青年は僕をただ呆然と見つめているだけだ。
いつまでも自己紹介もしないこの男に僕がイラつき始め、僕が家に戻りたくなったその時、後ろから現れたけだものに彼が殴られた。
後頭部をスパーンだ。
「みっちゃん。どうしたのですか?一体。」
微笑む垂れ目の美女は、何時もよりも刑事っぽい固いパンツスーツ姿の出で立ちである。
「仕事。ここがクロと百目鬼さんの家だったんだ。いい感じじゃん。入るよ。いるよね、あの糞坊主。」
水野と純朴青年は僕を押し退け、いや、僕を押し退けたのは水野だけで、彼は僕をそっと支えた。
「ありがとうございます。」
離れようとすると、彼にぎゅっと肩を抱えられた。
「足元が危ないからね。」
良純和尚によって、門扉から玄関までの純和風アプローチはこの上なく安全に見栄えがよく仕上げられている。
だがしかし、純朴青年の彼にはこの上なく危険なものに見えるようだ。
目が悪い?
「オイ、うちのクロに勝手にベタベタ触っているんじゃねぇよ。」
僧衣をはためかせて、良純和尚が玄関先に出て来たのである。