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君は変わらないで

「髙さんてやり手だよね。」


 相棒は笑いながら昔の書類の束を俺の目の前に置いた。

 そして、彼は資料室の机を挟んで俺の向かいに腰を下ろし、俺がかけた言葉に気安そうにクスリと笑い、俺はこの話題を続ける事にした。

 相棒の目元には隈ができている。


「クロトのプライベートジェットに乗って青森に行って、帰りはセスナで送って貰った三沢空港から羽田だものね。お腹の子が安定期でも電車の振動が怖いからって。青森で具合が悪くなったらクロトの家に滞在させるって。その場合は髙さんはマタニティブルーの奥さんから暫しのお別れが出来て一息つけるしね。怖い人だよ。」


「でも羨ましいよね。君もかわさんも正月は新潟で初詣でしょ。前回白波神社にお参りした人は全員サービスじゃない?俺も頑張ってお参りすれば良かったよ。」


「君はその時両足骨折だったでしょ。あの山道を登るバギーは四輪なのにバランス悪くてさ、ぐらぐらして簡単に転びそうで怖かったよ。さすが改造車ってね。かわさんが運転すると普通車みたいに安定するのは実を言うと悔しかったよ。」


「いいなぁ、それも乗りたい。お参りにいけたら俺も氏子になるのにね。それで、クロト達は何時発つの?」


「クリスマスイブだよ。」


「可哀相に淳平君。恋人達のクリスマスイブなのに、君は取り残されて、一人ぼっち?」


「うるさいよ。それでこの書類が君が担当した事件の概要なんだね。」


 葉山の目元は隈だけでなく、赤く腫れてもいる。

 二番目の殺人は、葉山が懲戒免職か降格の上での永遠の出向を選ばされた、その後の出来事であったのだ。


 警察に陳情に来たリンチ殺人事件の被害者の妻は、葉山の昔の恋人であった。

 それゆえに、葉山が恋人への意趣返しで事件を握り潰したと、彼が罪を被せられたのである。


 髙の話では、彼は全ての非難を一人で浴びながら、被害者の遺族に黙って土下座をしていたという。

 警察組織の咎を全て背負い、以前の恋人、義理の両親となるはずの、家族となるはずだった人達に罵られて。


「全部、俺のせいかもね。」


「そんな事ないでしょ。事件の後に議員の斉藤勇次郎の圧力や警察からの嫌がらせがあって、新井田家が潰されていたなんてわかるはずないでしょ。」


 個人商店を営んでいた新井田家は銀行の融資が受けられなくなり、借金が嵩んでの廃業どころか父親が自殺していた。

 母親は倒れて父親の後を追うように数ヵ月後に病死。

 そして、華道家の祖母は、古アパートでの一人暮らしだ。

 義理の息子の自殺と廃業で、保証人の一人であった彼女も土地家屋を失っていたのである。


「娘の近藤愛美歌さんは行方不明か。彼女の旦那の近藤家はどうして無事なの?近藤こんどうまさしこそが殺された被害者で、事の発端でしょ。」


「正が前妻の子で跡継ぎは後妻の子なんだ。あの家は邪魔な正を消せて万歳ってヤツ。」


 近藤家の家業も土地家屋も、前妻のものであったという。


「俺はね、実行犯だけじゃなくて依頼人こそを挙げたかったよ。近藤家に婿養子に入った男が、斉藤勇次郎の長男のあきらだ。」


「政治家の息子の長男が婿養子なんだ?」


「近藤家の財産は大したものだよ。近藤明も聞き覚えがあるでしょう。」


「あぁ、選挙に出ているね。そうか、あいつか。ホンボシが近藤家そのものならば、せっかくだから彼らも潰してみる?」


 葉山はゆっくりと首を振る。


「正の弟になるりきってヤツには先月に子供が生まれたばかりだった。彼が関わっていたかわからないのに潰せないよ。子供が不幸になる。」


「君は本当に良いヤツだよね。」


「皮肉?」


「違う。僕は君といると嬉しくなるんだ。世界は腐っていないってね。――僕はさ、実の母親と寝ていたんだ。性行為を母親に強要されていたんだよ。そしてね、どうしても我慢できなくてね、ある日家を飛び出して逃げたんだ。すぐに補導されたけどね。」


「山さん?」


「補導員はいいヤツだったよ。彼女はね、僕に聞いてくれたんだ。どうして家が嫌なのかな?って。僕に色々と世話を焼いてくれてね。その甲斐甲斐し過ぎる行為が母親に重なってさ、反発半分で僕は彼女に告白したんだよ。お母さんとセックスしたくないからですってね。彼女は僕の父親に連絡して、僕が母親と決別する手助けをしてくれた恩人だね。」


「彼女は今?」


「自殺したよ。父親の方の準備が整うまで彼女と一緒に住んで、一緒に母の家に荷物を取りに行ったんだよ。僕は父さんと住めるって、これで解放されるって喜んで自宅のドアを開けたら、僕達から連絡受けた母親が首を括っていた。誤解されて辛いって、それでも息子には幸せになって欲しいって、僕には笑える遺書を書いてね。けれども彼女は嘘吐きな僕のせいで人一人を追い詰めて死なせてしまったって、警察を辞めた半年後に自殺しちゃったんだよ。」


 死人になって親父に収容所に隠されていた俺の母は、収容所という地下施設から俺を呪い続けていたのだ。

 彼女の自殺も母の呪いによるものかもしれないが。


「俺には自殺するなって訓戒?」


「違うよ。変わらないでいて欲しいってだけだよ。僕が母の自殺で辛かったのは、母の死ではなくてね、その女刑事が母の嘘の遺書を信じて僕を嘘吐きだって断罪した事なんだ。母の自殺で彼女が周囲に責められてしまったから仕方がないかもしれないけどさ。君は最後まで被害者の立場に立って耐えるでしょ。自分が潰れてもね。でもね、僕達被害者にしてみれば、その君の姿が救いで希望だったりするんだよ。」


 葉山は突然ハハハと声を挙げて笑い、そして顔を覆って泣き出してしまった。

 俺は手を伸ばして彼の肩をそっと触った。

 自分が彼に触れてもいいのかと思いながら。


「ごめん、友君。独りよがりな事を喋って。忘れていいから。」


「ごめん。山さん。俺はさ、ちょっと、いや、ちょっと所じゃなくて嬉しいよ。」


「じゃあさ、イブは一緒に過ごそうか。情けない男同士で。」


 再び葉山の笑い声が室内に響くが、今度は明るい若者らしい笑い声だ。


「野郎会?イブに?情けない。あ、でもかわさんも引き込んじゃう?」


「彼は婚約者と相棒に捨てられて一人ぼっちだものね。」

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