計画通りなんだろうな
「何がだよ。」
課長席で突っ伏している楊が、また大声をあげた。
「俺は仲間外れかよ!」
何の事かと玄人と顔を合わせると、彼も意味がわからないという顔をしていた。
「お前、プライベートジェットの事を話したか?淳にもだぞ。」
玄人はプルプルと首を振る。
俺の作ったとんぼ玉がキラキラと光を反射する様子に、俺は思わず彼の頭にぽんと手を乗せた。
すると、俺の手の上でアレキサンドライトが赤く輝いた。
これは武本の倉庫品であるが、俺への遅れた誕生日プレゼントとして玄人から贈られたものだ。
今年は玄人の頑張る姿というものを早いプレゼントにしてしまった自分の浅はかさが呪わしい。
呪いのマンション前で怖いから動けないという玄人に、俺は痺れを切らせてしまったのだ。
俺は時々玄人よりも堪え性がない時がある。
「まさか。客船を貸し切っての白波酒造恒例の年末船上パーティの方を良純さんがバラしちゃいました?かわちゃんは参加できない日ですよ。」
「話すわけないだろ。由貴がいるからってヘリで佐渡に繰り出す予定だって黙っているのによ。冬の方が佐渡は魚が旨いんだってな。」
「天候が荒れてなければですけどね。佐渡まで行かなくても、獲れたてで茹でたばかりのズワイガニは絶対に沢山食べましょうね。」
「お前等、俺を何だと思っているんだよ。畜生。世間の皆様の安全の為に日夜頑張っている俺様に対して、あてつけのように遊びまわる計画を立てやがって。チクショウ。」
楊は突っ伏したまま机をどんどんと拳で叩いている。
「どうしたって、かわちゃん。」
がばっと顔を上げた楊は少し涙目だった。
「お前等、梨々子が青森に行くって本当か?」
「あー、そうだったな。」
楊の婚約者である梨々子は、自分の結婚式の参考にと、和久の結婚式を見たいと望んだのだ。
血縁も交友もない結婚式に参加したいとは非常識極まりないが、玄人が梨々子をクリスティーナの前に連れて行くと、彼女は梨々子を一目で気に入り喜んだという。
梨々子はアーモンドアイが特徴的な、モデルのような長身の美女だ。
だが、肉親以外の同性の友人がいない彼女は、内向的でモジモジとクリスティーナに挨拶したのである。
そこが姉御肌のクリスティーナにはツボだったようなのだ。
「この子可愛い。あたしのデザインしたドレスを着てみる?」
外国の結婚式は仲人ではなく親友が花嫁に付き添うらしいが、玄人は武本の当主としての式の参加で和久側になる。
そこでクリスティーナは、自分の花嫁付添い人が欲しかったのだそうだ。
ちなみに、玄人が和久側でなくとも男の子なのだからブライズメイドにはならないぞ、という指摘は俺は疲れているのでクリスティーナにしていない。
「あ、そうか。うちの環は青森に参加できないものな。」
環とは楊の部下の一人である藤枝環のことであり、彼女はクリスティーナの幼馴染で親友である。
「でもさ、クリスティーナには従姉妹達がわらわらいたんじゃなかったっけ?」
玄人はハハハと疲れたような笑い声を上げた。
「クリスティーナの実家はフレンチレストランなので年末年始は稼ぎ時なのですよ。昨年からの予約もありますから、店を閉めるわけにはいきません。それで、クリスティーナと和久は二十日に彼女の親族とこっちの友人達で式をして、そのまま入籍させて青森に送り出します。それで青森の披露宴での付添い人が必要なのです。」
「入籍は青森の式でしないの?」
「あの馬鹿ップルは式の後のタヒチしか考えていないので、まともな意識がある内に纏めておかないと面倒になりますから。役所も年末は混んでいるでしょう。」
「どうしたの?ちびったら辛辣。」
楊が玄人をからかうと、玄人は大きく溜息をついた。
「どうしたの?ちび。」
「髙の女房も付いてきたいって言い出してね。彼女も子供が生まれた後に式をするだろう?それにクロの青森がいい所だって聞いて、家族旅行の下見がしたいと。」
俺が説明すると楊は笑い出し、ようやく机から立ち上がり俺達を部屋の奥の長椅子へと背中を押すようにして連れて行き座らせた。
そこはこの部署の雑談スペースでもある。
「嫌なら断れば?」
「嫌じゃないですよ。ただ、不安で。妊婦さんを寒さ厳しい青森に連れて行くのが。どうしよう。新潟と違って寒いんじゃなくて痛いんですよ、寒さが。」
「そんなに寒いの?」
叫んだのは戸口にいる髙だった。彼は丁度部屋に入るところだったようだ。
「普通に凍死が出来ますよ。」
玄人は普通に怖い事をシレっと返した。
髙は口元に握った手を当てて考え込むように俺達のいる所にやって来て、俺の隣に座ったため、俺はぎゅっと玄人に押し付けられた。
「髙さん、狭い。」
「いいじゃない。百目鬼さんて僕に対して時々意地悪だよね。」
「あなたが言いますか。」
俺達の掛け合いに楊は嬉しそうに笑い転げ、相棒に冗談のように軽く尋ねた。
「それでさ、どうする?今ちゃんの気分転換がさせたいだけでしょ、君は。」
「そうなんだよなぁ。どうしよう。」
わざとらしく悩む風の髙を真に受けた玄人は考え込んで、一つ提案をした。
「髙さんも来る?犬はかわちゃんに預けちゃって。」
そして多分計画的だった男はにんまりと笑顔になった。
「行く。」
「えー。俺はやっぱりお留守番かよ!」
俺は楊の嘘くさい演技を見ながら、こいつはこうしてまとめてやがるんだな、と楊の脛を軽く蹴ってやった。