忙しいと言っているのに
「また死人か?魔女か?それとも今度は暗黒神か?俺もクロもクロの馬鹿親族のせいでてんてこ舞いなんだ。くだらない内容だったら許さないからな。」
何時もの楊の部署で俺は吼える。
本気で俺達は忙しいのだ。
総会までのあれこれは勿論大変だが、親族がいると言う事は、親族に面倒を掛けられるという可能性を大いに含んでいる現状なのである。
玄人の従兄など突然に完全に壊れた。
突然に俺達を呼び出したと思ったら、結婚を取りやめると宣言し、和久と手を繋いだままの婚約者は和久に怒るどころか涙顔で受け入れたと語るのである。
お前らの式に走りまわされている俺達に喧嘩を売っているのか?
俺が無理やりにでも気持ちを変えてやろうかと拳を握ったその時、和久は事もあろうか自分が当主となると宣言し、その場で物凄い腹痛に襲われて床に崩れ落ちたのだ。
彼は穴が開く寸前の急性の胃潰瘍を患っoりて、手術は不要で投薬だけで済み、入院している現在は病状が落ち着いている。
彼の胃が完全に穴が開かなかったのは、玄人の機転によるものだ。
「僕が当主です。再び僕から当主を奪おうとするならば、和久を武本から放逐します!」
玄人の叫びに近い宣言で和久の症状は見るからに落ち着き、俺達は急いで和久のマンション内にある診療所に彼を運んだのだ。
そして、病室で落ち着いた和久に、玄人は静かな声を出した。
「和君は知ったのですね。武本が短命の家系だから男児が五十歳の寿命が多いのではなくて、当主になると、いえ、当主になることを願うだけでも五十歳の寿命に削られるのだと。」
ベッド脇で和久の手を握って泣く婚約者のラテン系美人は、玄人の言葉にコクコクと頭を振って頷いた。
彼女は日本人と再婚した父と日本に渡り、完全に日本に根を下ろしているエセ外国人である。
なぜエセかというと、国籍はフランス人の彼女だが、実際に来日したのは小学生の頃からで、完全に日本に馴染み切っている癖に、日本人男性は金髪の外国人が好きだと思い込み、和久の為に金髪に染めて来日したばかりの外国人っぽいふりを十年近く続けていたという人だからだ。
玄人の話では、和久は彼女の両親が日本にいるのに紹介してくれないと落ち込み、大好きだった彼女の茶色の髪が金髪になったと泣いていたのだという。
現在は元の髪色に戻しているが、磨かれたマホガニーのような赤みを帯びた深くて美しい色合いで、本当にどうして金髪にしたのかと頭を疑うような見事な髪色なのである。
馬鹿な武本一族には、お似合いこの上ない最適な女性であるといえる。
「ねぇ、クリシュ。僕はこのまま結婚式の準備は進めるから心配しないでエステに行ったり花嫁になるまでの楽しみを楽しんで。それで僕はこの馬鹿な従兄と話し合いたいから少し席を外してくれるかな。」
ベッドの中の青白い顔をした和久は、婚約者のクリスティーナ・モルファンの手をギュッと握り、彼女に首を振った。
和久の決意の顔に、彼女は和久の手を額に当てて、美しい翡翠色の瞳から涙を零して泣くだけである。
ガンッ。
愁嘆場の嫌いな俺は、和久の横になっているベッドを蹴った。
東北人の彫が深いハンサムな男は、俺の無体な行動に酷く驚いた顔で俺を見つめ返した。
「なんですか?どうしたって言うのです。僕はクロちゃんだけに不幸を背負わせたくない。彼は僕の妹同然なのですよ。」
「え?妹?弟じゃなくて?僕をずっと妹だって?」
俺の脇で裏切られたという風に呟く声が聞こえたが、反応すると面倒なので一先ずそれは聞き流して、俺は和久だけに集中することにした。
「それが結婚を取りやめるどんな理由になるんだよ?」
「こんな呪いがある限り、僕の子供も寿命に怯えて生きる事になる。呪われた血を絶やすべきなのです。」
ガンッ。
もう一度ベッドを蹴った。
「ど阿呆が。玄人を助けて自分の未来の子供を守りたければ、お前が頑張って繁殖する必要があるんだよ。沢山生まれた子供の一人を神主にして白波に奉納すれば、以後の武本家は、当主の寿命が伸びるんだ。」
「子供に神主になることを強制するのですか!未来を選択させずに?」
「だから阿呆だ馬鹿だと言っているんだ。財閥と繋がりの深い白波家の神主になれば、ぬくぬくと一生贅沢で幸せだぞ。結婚相手もよりどりみどりで斡旋してくれるだろうしな。特に、白波の娘だったら、クロの顔だぞ。」
俺が和久を叱りつけながら玄人に指差すと、和久とクリスティーナは仲良く玄人を見つめて、仲よく同時に呟いた。
「マジで。」
そして、立ち直ったのはエセ外人の方が早かった。
「カズ!神主しよう!いい!それなら子供幸せね!沢山わたし子供生むよ!孫がクロそっくりでワラワラいたら、私とてもうれしいね!」
外人の真似が抜けきれない婚約者に押し切られて、和久の婚約破棄は有耶無耶になったようだ。
俺の説得の素晴らしさだ。
さて、俺が自賛している目の前で、玄人がトコトコと和久の枕元まで近付いて、和久の耳元に囁いた。
「和君、僕から当主を奪って武本の呪いを解いちゃうとね、実は寿命が既に切れているらしい僕が死んじゃうんだけど?」
「あ。」
玄人は本気で自分の従兄の間抜け振りに呆れていた。
帰りの車の中での玄人のがっかりした言葉に、俺もがっかりしたほどだからな。
「和君は小心者だから、呪いに怯え過ぎて自分で胃に穴を開けちゃったんですね。」
「それをクリスティーナの前で言わなかったお前は優しいよな。」
「お前等は酷いじゃないか!」
俺の思い出しは楊の絶叫で途切れさせられた。