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乙女心は親友でも測れないもの

 刑事昇格祝いの実家の膳の前で佐藤が大声をあげると、彼女の父、佐藤さとう重政しげまさ警部は笑いながら娘に真実という名の警察の内緒を教えた。


「君達がその時殴り飛ばした男の一人に警察に身内がいてね、それも県警本部の部長の一人だよ。楊さんはそれでも君達を昇格させたんだから、かなり頑張ったよ。」


「ウソ。」


「本当。あの斉藤さいとう哲哉てつやって奴の叔父が、斉藤透警視正の甥なんだって。」


 珍しく上司の名前を吐き捨てるように言った父に佐藤が尋ねてみれば、斉藤警視正は経歴が東大出のキャリアなだけで、仕事が出来ない上に、私怨で動くろくでなしだと評判なのだという。


斉藤さいとう勇次郎(ゆうじろう)議員の孫でもあるしね。楊さんは斉藤哲哉を刑務所に送りたかったみたいだけど、奴は留学して逃げちゃって取り巻きだけしか挙げれなくてね、おまけに被害者が裁判できる状態ではなかったし、被害者側が事件を和解したからって陳情に来れば尚更ね。事件に出来なかったんだよ。」


「お父さん、凄くよく知っているわね。もしかして、楊さん達に当時の私達の事を頼んでいたりした?」


 重政はプラスチック人形のような表情になり、視線だけがハエを追っているかのように右往左往し始めた。


「お父さん?」


「さっちゃん、高部希美子の逮捕令状ないけど、逮捕できるの?」


 水野の声に佐藤の頭から父親の映像が去り、代わりに髙の電話を思い出した。


「執行猶予付いている元麻薬の密売人で、現場からの逃走だからね。緊急逮捕を使う。」


「馬鹿な男連中のお陰で、あたしらまた白星?」


「そうだね。でもさ、髙さんは高部が自宅にいるはずだって言っていたけど、どうしてわかるんだろ。」


「あの人千里眼だから?それよりもさ、どうしてあんなに愛していた葉山君を切っちゃうかな?」


「冷めただけよ。まぁさ、彼はクロの事を本気で好きみたいだからね。もういいやって。大体、クロが駄目なら私って、私にもプライドあるし。」


 玄人が意識を失って男性体に戻った時に、葉山は玄人の姿に酷く落ち込み、そして佐藤の気持ちを受け入れると言い出したのだ。

 佐藤は葉山を殴り、恋心から決別した。


 佐藤の告白にハハハっと水野は大きく笑い声を立ててくれたが、佐藤は自分に嘘をつかない友人に自分は嘘ばかりだと罪悪感が胸を疼かせていた。


 以前に葉山と佐藤がキスした時は、マウストゥマウスの軽いものであった。

 それどころか唇が触れ合ったところで重政に見つかり、葉山が目の前で殴り飛ばされての終了だ。

 佐藤は恋をした相手にキスされた事実だけで、その時は自分の本性に気付かなかったのである。


 本性とは、すなわち、初恋を昇華しきれていなかった臆病な子供な自分だ。


 葉山が自分の気持ちを受け入れると告白して、そして、その時の口づけが本格的なものに変わった時、彼女の脳裏には浮かんではいけない男の顔が浮かんでしまったのである。


 気持ちを伝えるどころか、隠し通して押し殺した初恋。


 二人の男に恋していると知って混乱した彼女は自分を思わず殴り飛ばしてしまったが、気が付いて見れば、彼女に殴り飛ばされたのが自分ではなく葉山だっただけである。


 佐藤と玄人に恋心を抱くという、二人の男に恋をしている自分自身ともいえる男に、どちらかを選びきろと啖呵を切るとは、自分は何という矛盾した自分勝手な人間だろうと、佐藤はその日から自分自身に対して嫌悪感ばかりである。


「みっちゃん。行こうか、確保に。」


「うん行こう。ストレス解消の悪者いじめ。」


 一方水野は、佐藤が思い続ける人を思い切った理由を知っていると、佐藤が腕を振り上げながら車を降りる姿を見つめながら思った。

 最近葉山は閉ざされた出世の道が開いたと佐藤の父に聞いた。

 佐藤と葉山がキスしている所を見つけて葉山を殴った男は、娘に無職にされるまいと娘におべっかを使っているのだ。


 けれど、彼が話した葉山の情報は、佐藤にとって諦める理由そのものである。

 葉山は東署で警部まで楊達に上げられてから、警察庁に戻される予定なのだそうだ。


「葉山君て、あの有名な悲嘆のキャリアだったんだねえ。」


「なんですか?それ。」

「何?お父さん。」


「ほら、三年前のリンチ殺人事件。裏ではね、解決した葉山君に花を持たせるどころか、本部の失態の罪を全部着せて降格して流してごまかしたんだよ。あれはさ、知っている人間には許せない事件でね。それも流した黒幕が斉藤警視正でしょ。良かったよ。彼は返り咲けるんだね。葉山君は警察庁に帰れるんだね。」


「おじさん詳しいけどさ、誰から聞いたの?あたしらが知らない同僚の話なんだけど?」


 佐藤の父はぱきんと音がしたような感じで腹話術人形のような顔つきになり、硬直した顔のまま視線を泳がせて変な汗をかきだした。


「ミッチャン、知ラナカッタ……ノ?」


「はじめて聞いた話。ね、さっちゃん。」


「うん。初めて聞いた。お父さんはどこで聞いたの?」


 そして、彼はハッとして、何かに怯えたようにして言った。


「い、いまの話、聞かなかった事にね、お願い。」


 佐藤は葉山が出世するから思い切ったのだ。

 一緒に子育てして、一緒に母親の茶会を手伝って、一緒に文句を言い合って暮らしていける夢の相手は、出世しないでぐだぐだと一緒に働ける男であればこそ、なのだ。

 佐藤の理想の夫婦象は、彼女の両親の姿でもある。


「んもう。シゲちゃんが出世しないから。」

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