佐藤と水野
「もう、あいつらってなんて馬鹿。」
水野美智花は怒りの声をあげながらアクセルを踏んだ。
回転灯を廻しての運転を一度やってみたいと騒いでいた彼女だ。
怒りの声を出しているが、その実全く怒ってもいないだろう事は、助手席に座る水野の親友で同僚の佐藤萌には解っている。
水野は明るい色の癖のある髪の毛を長めのショートヘアにして、大きな目が少したれているからか、男性署員におっとりとした癒し系だと憧れられている女性である。
逆に佐藤は自分が妖精系と持て囃されているということも知っているが、真っ直ぐな黒髪を前下がりのショートボブにして、自分の大きめだと思う目が少々釣り目な所が昔の漫画の猫娘を彷彿とさせるからだろうと推測してウンザリもしている。
「それで、私達が向かうのは、その高部希美子って女のヤサ?」
佐藤が行き先について尋ねると、運転席の水野から、ぷぷぷと、吹き出し笑い声が弾けた。
「ヤサだって。あたしたちベテラン刑事っぽい。」
水野と佐藤は高校を卒業した後に県警入りをして、今年の四月に刑事昇格したばかりである。
二十二歳にしてようやくと佐藤は思うが、彼女の父親によると「早すぎる」なのだそうだ。
もともと警察官にしたくなかった彼女の父親の事でもあるので、佐藤は父親に反射的に言い返した、と思い返した。
「早くないわよ。九ヶ月警察学校で頑張って、一年交番勤務でしょ。その後に二年も下積みしてようやくの刑事昇格。あの嘘吐き親父共め。」
もちろん、佐藤が父親に吐いた親父共は、楊と髙に対するものである。
彼女達は彼らに誘われたからこそ警察にいるのである。
彼らが佐藤と水野を警察に誘って来たのは、彼女達が高校時代では親友で喧嘩友達だったことが要因だろうと佐藤は確信している。
二人が互いと喧嘩し合うのではない。
二人で気に入らない奴に喧嘩をふっかけて回っていたのである。
二人とも外見は似ていないが内面が似ているのか、つい、二人でいると暴れてしまうのだ。
けれど、集団で一人を嬲っていたり、大人しい一般人や女の子に嫌がらせしてくる目の前の人間を殴り飛ばすのは正義なのではないだろうか、と佐藤も水野も思っているので二人が反省などした事はない。
しかし、二人が正義だと思っていても、周囲からすれば単なる不良行為だ。
佐藤と水野はある日、楊と髙に補導されたのだった。
夕闇迫る寂れた工業地帯の路地で、水野を襲おうと暗がりに引き込んだ男二人を水野と佐藤が嬲っていたところに、武器を持った追加の四人の男がワンボックスカーに乗って現れた。
彼らは水野達に半死半生にされている仲間をせせら笑い、仲間の報復として水野と佐藤を痛めつけるために武器を持って立ち塞がった。
「たった女二人に何やられているの。って、マジ美人。」
「追加で参加して来たらしきもう一人も、ものごっす可愛いじゃん。」
「ほ~ら。可愛い顔を傷つけられたくなかったら、大人しくしようや。」
二人の美貌に目を丸くした後に厭らしく舌なめずりをした彼らは、ニヤニヤと鉄パイプを手に打ち付けながら、彼女達に一歩一歩と近付いて来る。
「あたし、まず右。」
「じゃあ、左か。」
水野達の掛け合いに男達は笑いながらスイっと前の二人が間を開けて、一人が鉄パイプを振りかざして飛び出した。
「想定どおり。」
佐藤に足を払われバランスを崩した特攻は、水野にその隙に鉄パイプを捕まれねじり奪われた上で仰向けに地面に落ちた。
そこにすかさず佐藤の踵落としが鳩尾に入る。
「まず一人。」
「武器ゲーット!」
「てめぇら。」
三人一時に向かってきたが、彼女達は慌てることもなく身構えた。
だか彼女達が手に入れた獲物は一人だけで、いつの間にか出現していた男二人が武器を持つ二名を制圧してしまっていたのである。
彼らの片方が「警察」だとバッジを彼女達に掲げ、街灯の明かりの元にその姿を現した。
彼は地味な風貌ながら、なかなかの雰囲気を持った渋い男であり、そんな男が眼光鋭く佐藤達を睨んだのだ。
「うわ、渋い。おじ様って感じ。」
「え、さっちゃんフケ専だった?」
鷹のような眼光の男は一瞬固まり、乱暴と程遠い気の抜けたような声を出した。
「危ないでしょ。何をやっているの?暴行で補導するよ?」