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一番ヤバいのは、髙さん?

 潜入捜査の結果が潰されるだけならまだいいが、良くはないしぶち殺してやりたくなるが、捜査官の身元がターゲットに漏れて家族ともども報復を受けた者もいるのである。

 俺が斎藤をってやりたい感情を一瞬でも表に出してしまったのは、俺の潜入捜査が潰された恨みもあるが、同僚が報復として本人の代りに幼い息子が暴走車に撥ねられた事件を知っているからであろう。


「お前の情報を流したのも斉藤だよ。自分を大物に見せたくてペラペラ喋るのさ。末端の兵隊を虫けらぐらいにしか考えていない奴だったからね。」


 以前に玄人が殺されかけた時、か弱き者を守るべき神奈川県警に、そして警視庁にも玄人の暗殺に手を貸していた者達がいた。

 その者達を髙が炙りだして警察組織から追い出したのであるが、その時のついでに斉藤一派も一緒に排除して、葉山の記録を改竄したのだと髙は種明かしをして笑った。


 それを聞いた俺が髙を尊敬するよりも、脅えてしまったのは仕方が無いだろう。

 俺と同じ元公安の一刑事の癖に、警察庁にまで手が出せるなんて、何者ですかこの人、である。


「でさ、聞いてる?山さん。」


「あぁ、ごめん。ぼやっとしてた。何の話だっけ?」


 葉山は溜息をついて、ごめん、と言った。


「え?」


 彼は唇をキュッと引き締めた数秒後、俺に真剣な目で向き合った。


「悪かったよ。玄人の事。でもね、俺は本気で愛しているんだ。そして彼にキスして、キスする程もっと彼が欲しいと思った。だから本当は後悔していない。俺を嫌だって抵抗されたのは悲しかったけれどね、抱きしめることができて幸せだったんだ。彼は赤ちゃんみたいにどこもかしこも柔らかくて。あぁ、最高の抱き心地だったよ。胸は小さいけど最高の形に色で。ピンクだよ。俺はピンクの乳首が本当にあるって知らなかったよ。」


 バシっ。


 愁傷に謝ってきたかと思えば途中から玄人の余韻にウットリとしはじめた鬼畜の肩を、俺はうんざりとして手の甲でかなり強めに叩いたのだ。


「謝って来たと思ったら何それ。本気でいい加減にしないと、俺は君を潰すよ。」


 ハハっと若々しい青年の声で笑った男は、俺の殺気を受け取って嬉しそうな顔をして見せた。


「俺を、潰す?返り討ちじゃないの?まあ、でも、君を潰したら玄人が俺のものになるかねぇ。」


「はは。なんないし。」

「ははは。試してみる?」


 バシ。

 見合っていた俺達二人は、同時に後頭部を叩かれたのである。


「何やってんの馬鹿二人。さっさと君達が見つけたゴキブリ愛好家に話を聞きに行くよ。」


「行くよって、髙さん。話を聞くだけで三人もいらないでしょ。」


「山口は百目鬼さん達と付き合いが深くなるにつれて、どんどん使え無くなって行くのはなぜだろうね。」


「それは、ちょっと山さんが可哀相でしょう。」


 一瞬前まで反目していた相手に庇われる俺って、本当に可哀相な奴だよ。

 ああ、そうか。

 だから俺は髙の懐刀なのかと気が付いた。


 百目鬼の話では、髙は可哀相好きであるという。


「あいつに気をつけろよ。可哀相度と好感度が奴の中では比例した二本線どころか一本線というろくでなしだからさ。つまりね、可哀相な奴ほど髙は大好きなんだよ。髙が大好きなのが楊にクロにお前だ。わかりやすいだろ。それからな、あいつはもっと好きになろうと思った相手を可哀相な目に合わせるぞ。可哀想なほど好感度が増すなんてさぁ、本当にやばい奴だよ。」


 失礼な百目鬼の言う事だからと聞いた当時は話半分だったが、俺は最近事実だったと身に染みて実感している。

 髙は危険な上司だ。


 ポンと葉山に肩を叩かれて見ると、髙は俺達から踵を返して先を歩いていた。

 慌てて俺は髙を追いかけ、髙に声をかけた。


「監視リストにあった奴ですか?」


 彼は振り返りもせず返事もせずに、彼の右肩をついて来いという風にクイっと動かして見せただけだ。

 俺と葉山は顔を見合わせて肩を竦め合うと、彼の後をそのまま追いかけた。


「山さん。監視リストって何?」


「公安リストのことだよ。公安の仕事は反社会的行動の計画を潰すことでしょ。」


「あの動物病院の院長がテロの疑いで監視されていたとはね。」


 目の前に聳える四階建ての赤レンガ風のタイルが貼られた個人ビルの一階には、「清水動物病院」が開院している。

 医院のホームページ写真の院長は、若くて人が良さそうな印象だった。

 まあ、犯罪者こそそう振舞うものなんだけどね。

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