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ベテランである自分を恨んだ日

「俺はさ、ただのいい人で御し易いだけの間抜けか。」


 葉山は遺体の様子に眉根だけ動かして呟いた。

 俺は隣に立つ葉山を横目で睨んだ。


「こっちも我慢の限界があるから。黙って。僕達が諍うと玄人が泣くからね。」


 今朝の遺体はいつもと違う着衣姿であり、いつものように洗われてはおらず、汚れたままの大男の死体である。

 それを一生懸命鑑識がポリバケツから引き出している状況に目線を戻しながら、俺は肩で彼を強く突いた。


 バシッ。


 今度は俺が葉山に肩で突かれた。


「二人で俺を嗤っていたか?」


 バシッ。

 俺も肩で葉山を突き返す。


「そんな訳無いでしょう。俺は君を半殺しにしたい所を我慢しているのだからさ、これ以上俺を刺激しないでくれるかな。」


 バシッ。


「できるかな、俺を半殺し。」


「僕は君の倍は刑事やってますからね。」

「だらだらと勤続年数が長いだけじゃなくて。」


 俺達はぎゅっと肩を寄せ合って、低い含み笑い声をフフフとお互いに出して威嚇しあっていた。

 叫びによってそれが中断されるまで。


「きゃあ、この人まだ生きている!」


 確実に死んでいることを最初に確認して、そんな訳が無い事を知っている俺達は顔を見合わせて、先程までの闘争心を納めて仲良く溜息をついた。


「山さん、また死人しびとかな?」

「死人だよね。動くのであれば。」


 葉山は嫌そうに口にして、俺もそれに嫌そうに返した。

 この世は生まれてくるものより死者の数が多い時は、その多い死者の中から死ねない人間が多かった分だけ生まれてしまう。

 俺の玄人の話では、減ってしまった生者の数が黄泉平坂の向こうに住むモノに知られると、悪鬼の大群がこの世を襲いに地上に溢れてしまうからだそうだ。


 玄人はその立ち上がった死者をただの死体に戻せる力を持つ。

 それゆえに死神として何度も命を狙われ殺されかけてきた。

 死人を死者に戻す力が悪で、死者を死人にできる力が正義とは、百目鬼ではないが、この世の仕組みは狂っている。


 俺達の所属する楊課長率いる特定犯罪対策課、通称特対課は、死人絡みやオカルト風味の「うざい、かったるい」事件を相模原東署以外の所轄のものまで捜査するために新設された課だ。

 否。

 押し付けるためだけに、楊と彼の部下に押し付けられた部署である。


 それでも、今回は死人事件でもないのに「時間的に無理」と定年間近の所轄の担当警部に押し付けられた事件でもあった。

 当初は連続殺人も考えておらず、「刑事らしい事件」に部署の人間は喜び勇んで、「独居老人殴打殺害遺棄事件」ファイルを受け取ったのである。


「なのに、結局これかぁ。」

「俺達に渡すと死人になるのかねぇ。」


 気の抜けた俺達とは反対に、鑑識の悲鳴が続々と響いた。


「きゃあ!いやだぁ!」

「うえ、何だよこれ。うわぁ!」


 今日の鑑識は幾らなんでも騒ぎ過ぎると、俺達は騒ぐ鑑識の方に顔と視線を動かした。

 特対課と動く彼らは、「死人」も理解できる人達で構成されている鑑識チームのはずである。


「主任がいないからかな。」


「普通の事件って聞いたらピクリとも動かないんだもんなぁ。」


 俺達は顔を見合わせてから、騒ぐ鑑識の側へと一歩踏み出した。

 すると、俺達の革靴の爪先に、赤茶色のモグラのような形の大きな虫がぶつかってきたのである。

 それに触った瞬間に背筋に悪寒がぞくっと走り、脊髄反射的に足を上げた。


「畜生。何だよこれ!うわぁ!友君!」


「いや、ちょっと。山さん、うわぁ!」


 俺達は死人の方が良かったと、大声をあげて逃げ惑う事になったのだ。


 今回の被害者はきちんと殺されてからバケツの中に投棄されていた。

 ただし、内臓を抜いた遺体の中に甲虫をぎっちりと詰められた状態で、だ。

 赤茶けた色をした巨大化した団子虫のような甲虫が、鑑識が検めた途端に死体の腹からワラワラと這い出てきて、死体の中からだから人体の組織、コーングリッツに見える黄色い脂肪や肉片らしき赤黒いものをつけた姿で這い回っているのだ。

 ハムスターくらいの大きさはある、人体組織を付けたおぞましい虫だ。


「虫は全部殺してもいいけど、逃がさないで捕獲して!」


 現場保存、証拠品保存の鉄則に、俺は現場にいる者に声をあげてしまった。

 俺はベテラン刑事だったという、脊髄反射で判断が出来る熟練者な自分であったと、この時ほど悔やんで嘆く事になったことは無い。


 叫んだ言葉は取り消しができず、鑑識は誰一人命令を聞かず、俺は自分一人でその気持ちの悪い虫を捕獲する嵌めになったのだから。


 良い人を辞めたらしい葉山は、そんな俺を遠巻きにするだけで手伝ってはくれなかった。


 畜生。

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