僕は君を信じていたのに!!
事件は僕が言いつけを守らない事で起きた。
僕は全裸で、僕の上には信頼している男が乗っかって動き、僕は動けない状態だ。
今の僕を上にいる男から守るものは、たった一枚のバスタオル。
それが僕の腰の上に辛うじて巻かれている、そんな状態だ。
僕は脱衣所に鍵をかける事を忘れて風呂から上がった。
丁度その時、仕事から戻って来たその男が脱衣所のドアを開けたのだ。
忌まわしい現場の汚濁の記憶を、すぐにでも洗面所にて洗い流したかったのだろう。
彼はドアを開けて僕の姿を認めて驚いた顔をすると、後ろ手にドアを閉めて鍵までかけ、そして彼の行動に驚いて立ち尽くす僕を抱きしめて口付けながら押し倒してきたのだ。
狭い脱衣所兼洗面所で、押し倒される僕が何かにぶつからない様に丁寧に、だ。
僕は荒々しい彼の口づけを受けながら、この家の家主の以前の忠告を思い出していた。
「一人で葉山の前に出るなよ。襲われるぞ。」
これは僕の不注意による失敗だが、彼は絶対に手を出さなくていい人間の僕だから好きだと言っていたのではなかったのか?
彼は肉親を支え続けて疲れているから、絶対なびかない僕に恋をしていると宣言して、仮初の恋愛ごっこで遊んでいただけではないのか?
目の前の男の豹変振りに僕は怯えてしまっていて、本当に思考が止まってしまったのだ。
僕の恋人である山口の相棒で親友のこの葉山友紀は、僕に対しては繊細なほど優しい人でもあったはずだ。
葉山は四角い輪郭に整った顔立ちで、山口よりはちょと背は低めだが、同じようにしなやかな筋肉で細く見える人で、また、武道家らしく姿勢が良く格好のいい人である。
そんな憧れを僕が抱くぐらいの格好良くて優しい人が、今まさに、僕を押し倒して襲ってきている!
「ま、待ってください。友君!ちょっと、放して!」
元は男性だったはずだが、その時代から非力だった僕だ。押し退けようとも鍛えている男が僕の力でびくともするわけない。
「お願いします。僕を放して!」
「俺はそんなに嫌?」
僕を見つめる彼の顔は、ひたむきで真剣だった。
「君は山口ばっかりで俺を決して見ないけれど、俺はそんなに嫌?どうして俺には恋心を抱いてくれなかったんだ?俺は本気でクロトに惚れているんだよ。出会った時から、俺は君だけを見ていたよね。」
葉山は僕から少し身を起こしてくれているが、僕が逃げられないように押さえつけてもいる。
彼が僕を見つめる目は答えを寄越せと訴えているけれども、僕が彼に何て言えるだろう。
僕自身わからないのだ。
どうして僕が選んだのが山口で、山口だけをいつからこんなにも愛してしまったのか。
そして、僕を気遣い、お菓子をくれたり、その時に僕が欲しい言葉や行動を取ってくれた葉山の方に、どうして僕が恋心を抱かなかったのか。
「俺には何の魅力も無いからかな。」
葉山の涼やかな雰囲気はその場の誰をも和ませ、何度も警察に囲まれた経験がある僕は、彼がいると聞けば彼の姿を探していた程なのだ。
それなのに、なぜ?
葉山に答えられないまま、僕は彼が初めて見せる僕への怒りに脅えているしかなかった。
「俺も毎日君を好きだと、愛していると叫べば、君は俺を愛するかい?」
葉山の顔が再び僕へと下がり、僕は再び口付けられると恐怖でびくりとした。
恐怖を掻き立てたのは、僕の心の中で山口以外の人間と口づけたという事実が山口への申し訳なさを含んでいると気が付いて、僕は単純な一つの事だけははっきりとした。
僕は葉山が大好きだ。
尊敬していた。
でも、僕には山口なのだ、と。
ここで僕は気が付いた心のまま叫んでしまい、再び間違いを犯したのである。
「やめて!友君、やめて!淳平君、淳平君!助けて!」
僕は葉山がもっと傷つく言葉を、彼に向かって投げつけてしまったのだ。