第四話
続きです。どうぞ。
「ドーブラエ・ウートラ(おはようございます)。ナスターシャです。回診に来ました。」
ナスターシャはセルゲイエフ一家の農場の門の前に車を停めると、呼び鈴を鳴らし言った。
「ドーブラエ・ウートラ。今開けますので、お待ち下さい。」
呼び鈴の機械ごしに先ほど電話ごしにも聞いたエカテリーナの声が響いた後
暫くして本人が門を開けに来た。
90歳とは思えない、軽い足取りで雪の上も構わずに駆け足だった。
「エカテリーナさん。ゆっくりで良いですから…」
ナスターシャは門の外側からエカテリーナを心配して呼び掛けた。
「寒い中わざわざありがとうございます。キーラの熱がまだ下がらなくて辛そうなんです。診てやってもらえますか?」
エカテリーナは家の西側に位置するキリルの部屋とナスターシャの顔を交互に見ながら言った。
「ええ。もちろんです。一度熱を測ったんですね?何度でしたか?」
家に向かって歩きながらナスターシャはエカテリーナに訊ねた。
「はい。38度2分でした。」
エカテリーナの応えにナスターシャは思った。
もしかして薬剤が効きにくくなっているのではと
「先日お出ししたお薬はまだ残ってますか?」
キリルの部屋の前辺りに来た所でナスターシャの問いにエカテリーナは言った。
「もしかしたらですが、もう切らしていたかもしれません。」
薬剤は主に具合が悪くなった時に随時という処方だった。
飲み過ぎてどうという事はないが、先日一日3回の想定で一週間分は出したとナスターシャは記憶していた。
やはり効きにくくなっているのか。
前回の回診は三日前だ。
減りが早すぎる。
「では今回は多めに出しておきますね。足りなくなったらまた連絡を入れて頂ければお届けしますので。」
ナスターシャはそう言ってキリルの部屋のドアをノックした。
「キリル君?ナスターシャです。開けても良いですか?」
「はい。どうぞ。」
ドアの向こうからかすれた声でキリルの返事が返ってきた。
「失礼します。具合はいかがですか?」
ナスターシャはドアを開けるとベッドに横たわるキリルの顔を覗きこみ言った。
「頭が痛いです…。喉も痛いし咳も…」
キリルはそこまでかすれた声で力なく言うと咳き込みだした。
「キーラ…可哀想に…」
ナスターシャの隣でエカテリーナは涙ぐみながら呟いていた。
ナスターシャは回診用のアタッシュケースから聴診器を出した。
「肺の音を聞きます。ゆっくり息を吸って下さい。」
聴診器を耳にはめ、キリルの肺の音を聞くナスターシャは神妙な顔つきだ。
「次はゆっくり吐いてください。」
キリルが言われた通りに呼吸をする度ナスターシャの耳にははっきりと“病んだ肺”の音が届いていた。
「やはり肺炎になりかけています。」
ナスターシャは聴診器を外しながら隣に佇むエカテリーナに告げた。
「そんな…道理で熱が下がらないわけですね…。先生、助けてやって下さい…!」
「はい。今日は注射を打ちます。先日届いたばかりの、強めのお薬になりますので、これで暫く様子を見ましょう。」
ナスターシャはアタッシュケースから注射器と薬剤の入ったケースを取り出しながら言った。