1-6
「被告人、前へ。」
地に着けた膝を擦って、木製の床を進む。
目の前には、格子に組まれた植物の扉。
「弁護人を許可する。」
目配せを飛ばし、頼りになる相棒を呼ぶ。
「バウ。」
「被告人よ、弁護人は人語を解さない様だが?」
「ハッ、そこは問題ございません。 人語は勿論、計算まで可能としております。」
相棒の正面に立ち、左手の指を4つ、右手の指を3つ立てる。
「先生、左引く右は?」
「ワン!」
改めて、裁判官たる門番様に顔を向ける。
「いかがでしょうか。」
兼ねてより練習してきた舞台が成功したかの様な喜びが溢れ、思わず、背筋がピンと伸びる。
「×××?」
呆れたように呟いた、体格の良いお兄さん。
「おっしゃあ!」
俺は握り拳を高くして、勝ち鬨をあげる。
言葉も通じない、無口な門番に発声させる。
今日のデイリークエストは達成だ。
「クゥーン。」
褒めて褒めてと、大型犬が頭を垂れる。
おぉ、よしよし。
耳の裏やら、フサフサな柔毛を愛でてやる。
「……はぁ。」
しかし、一向に出れる様子が無いな。
無理矢理なテンションに疲れて、尻が落ちる。
長耳達が住まう、神秘的な里に連れてこられたのは夜が3度来る前。
バオバブの木なんて比較にならない大樹が並ぶ、森の奥。
ツリーハウスが散在しており、器用に彼らは行き交っていた。
そんなファンタジーな情景に見惚れていたら、この大樹の虚にぶち込まれた。
『こいつと別れてないだけマシか。』
竹の様に硬い植物で出来た牢屋の扉に柵。
その逆側の窓たる隙間にも、同じくそれはある。
間から射す光は薄くなっており、今夜の到来を教える。
『暇潰しするしかないよな。』
1日2食の豆スープに、トイレはバケツの様な鉄の容器。
申し訳程度に床へ敷かれた、獣の毛皮が大樹の硬さを和らげる。
「バウ……。」
大型が寂しげに鳴く。
どうやら、俺の暗い雰囲気に感化されたらしい。
「心配するなよ、大丈夫だって。」
牢屋に捕まった初日。
大型は“遠吠え”を発動した。
それは俺にも聞こえない音だったが、同種族には伝わるらしい。
後は、片足を怪我する彼女が動けるか。
『治療できたら、本当は良かったんだがな。』
彼女の鬼に掴まれた右足は、青紫色の痣が広がり、触診すると苦い表情を浮かべた。
明らかに骨折かそれに近い症状。
淡い期待はしない方がいいだろう。
『裏目に出ちまったな。』
やることも無くなったので、その身を後ろへ倒し、そのまま夢の世界へ旅立った。