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ジブンガタリ。  作者: M'y
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1-2

 あれから、どれほど歩いたかは分からない。

 嫌いな羽虫が顔に張り付くのやら、裸足が踏み込む泥濘やらを我慢しながら進んだ。


(あち)ぃな。」


 普段、ゲームに漫画とインドアな俺にとって、密林を歩くなんて辛い以外無い。

 全身から脂汗が湧き出て、喉の渇きに耐えられない。


「み…みず。」


 入浴でのぼせたみたいに、焦点が合わない。

 ここがもしもゲームの世界なら、水ぐらいくれと言いたい。


「おいおいおい、またか。」


 大樹の隙間を抜けた先、広がる野原で犬が散歩していた。

 見た目からして、先程小鬼が食べていた輩だろう。


 一頭の大型犬が先頭を進み、その後を五匹の小型犬が付いていく。

 ぼっちの俺とは違い、仲が宜しい事で。


「ワォ〜〜ン!」


 突然、先頭の犬っころが遠吠え。

 そして、野に咲く草花を蹴り上げながら駆ける。


 その先には、ビール腹のおっさん、でなく鬼が居た。

 小鬼がゴブリンなら、この鬼はオークとでも言おうか。

 大きな一本角に、深緑色の裸体と腰布。

 豚鼻をグヒグヒとヒクつかせ、大きな棍棒を左手で弄ぶ。

 もう片方を見てみると、足を掴んでいた。


『まじかよ。』


 それは、どう見ても人間の足だった。

 生足の先は繋がっており、裸体の誰かを引き摺って運んでいるよう。


「ゲームとかふざけたけど、正に地獄なんじゃないか?」


 改めて、それが正解な気がしてきた。


「ヴゥ、ガゥガゥ!」


 威嚇して、注意を集める大型犬に、遠回りで裏取りする小型犬。

 さっきの小鬼もそうだが、こいつら頭が良い。


「ウォーガァァーーーッ!」


「は?」


 雄叫びをあげただけ。

 奴の大声が辺りを包んだだけなのに、大型も小型も地面に横たわる。

 霧散してないので、死んだかは分からないが、決着はあっという間に付いた……。


「なんだよこれ。」


 ゲームでよくあるレベル差とでも言うのか、犬なんて些事の如く終わらせた鬼。

 こんなの勝てる訳がない。


『どうにかして、俺も逃げねぇと。』


 先ずはこの大樹の裏でやり過ごす。

 そんな悠長な考えがいけなかったのかもしれない。

 真っ直ぐ棍棒が打っ飛んできた。


 ズザァー、横っ跳びが間に合う。

 足に小石が刺さり、ズボンの膝が破ける。

 棍棒の着地点となった大樹は、メキメキと倒れた。


『なんでバレたんだ。』


 相手は見晴らしの良い野原に立つ。

 対してこちらは、野原に入る手前の森で待機。

 見つかる可能性なんて1ミリも無いはず。


「ブヒ、ブヒヒィィ。」


 遠目でも分かる、奴は鼻を鳴らして嗤っていた。

 その憎たらしい鼻を見て、気付く。


「俺の臭いかよ。」


 自分でも分かる汗臭さ。

 早く風呂に入りたいこの体臭なら、届きかねない。


 しかし、この距離だ。

 まだ背を向けて走れば、やり過ごせ…


「ウォガァァァーーー!」


 耳を劈くとはこの事か。

 両耳を押さえて、縮こまる。


 ガクガクと震える足はゆうことを聞かず。

 一歩を踏み出す事が出来ない。


「ブヒブヒィ!」


 奴が目の前に。

 50メートルは離れていたはずなのに、奴はその距離を跳躍力だけで埋めてきた。

 飛んで火に入る夏の虫は俺の事だが、蚊が気付いたら顔面を飛んでいたぐらいに、一瞬の出来事だった。


「ブヒブヒィ…」


 …後は、俺の死を待つだけ。

 何も出来ない俺は、奴が右手に抱えるのが、女性だなと感想会を開いていた。


 幹のような太い腕で握られた右足。

 左足は、追随するように、力無くぶらりと揺蕩う。

 下着も洋服も無く、生まれたままの姿で恥部を曝け出す。


「ブヒ?」


 奴が俺の視線を辿り、彼女を持ち上げた。

 身長は俺と同じっぽく、長髪が垣間見せた顔は整っていた。


「ブヒ、ブヒィ。」


 また嗤ってる。

 お前も同じ目に合うやら、雌を呆気なく取られてざまぁとでも言ってそう。


 俺は段々と苛ついてきた。

 奴の瞳、体格、態度が、あのジムに通ういじめっ子に似ているのだ。

 弱者を徹底的に虐めるのが楽しくて仕方ない。

 そんな愉悦感が伝わってくる。


「ほんと、吐きそうだよな。」


 ペッと、ごく僅かに残っていた口内の水分を吐き出し、乱れた息を落ち着かせる。

 このまま死ぬ運命なら、その前に惨めに抗っても悪くないだろう。


「これでも食らえ、豚野郎!」


 油断しきった豚は、厄介な雄叫びを使わない。

 その隙に、“操鞭術”を発動した。


 無我夢中で、どうやったのかは不明。

 しかし、身体が勝手に動き、ベルトをしならせる。

 蛇のように折れ曲がって、その反動を溜め、豚っ鼻へと強打する。


「ブヒィィィーーー!」


 鼻を押さえ、地面を転がり回る豚。

 その憐れな姿に、口角が曲がってしまう。


 俺は手放された女性を確認し、ベルトを再度振り抜いた。

 ズバン、ズバンと何かを切断するような音と共に、豚を躾ける。


「ヴォ…」


 どうにか口を開こうとするが、そうはさせない。

 幾度となく、その手を振り下ろした。


「ハァ、ハァ。」


 流石に疲れた。

 腕がパンパンで、思わず地面に腰が落ちる。


「………」


 奴が暴れたせいで、青草が禿げた一角。

 その中心で、ミートボールが完成していた。

 真っ赤な鞭痕が、至る所で腫れ上がっている。


『うぇ。』


 本気で吐きそうになりながら、光の粒子になるのを見届けた。


【○○は、“咆哮”を得た。】


【○○は、Lv 1からLv 5に上がった。】


 訳が分からないという不愉快半分、現れて勝った事に安心する気持ち半分で眺める。

 これまでの経緯からして、“咆哮”はさっきの豚が関係しているのだろう。


 レベルの上がりようが違うのは、この豚がそれだけ強者だったという事か。


「そんな奴に勝つとか、ほんと俺どうなっちまったんだ?」


 意味を考えても仕方ないこの世界。

 生きていると実感できるのは、自然と触れた胸の鼓動だけ。

 ドクンドクンと応じる自分を感じながら、豚とは違い未だ残る犬と、裸の女性を見ていた。

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