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カサカサと顔面を這う、不愉快な虫。
その足は百足のようで多足。
『気持ち悪りぃな。』
重い瞼より先に、片手でその虫を払う。
「痛ぇ!」
人差し指に噛み付かれた。
ドクンドクンという、疼く血管の流れ。
瞼なんて見開き、その場から飛び退いた。
「って、ここどこだよ……。」
the 自然。
陽の光を隠す大樹に、青臭い雑草が地に生い茂る。
さっきの多足虫も、どこに行ったのか分からない。
「ッ。」
視界が揺らいで、頭がガンガンと煩くなってきた。
痛みの発生源の右手を見ると、案の定人差し指が紫色。
「毒かよ。」
2度死んだ男なんて、俺だけだろうな……そんなしょうもない自慢が漏れた。
そして、ブラックアウト。
『………』
あれから、何時間が経ったのだろうか。
気が付いたら、痛みが無くなっていた。
そして、意味不明な小窓が目の前にあった。
【○○は、“毒耐性”を得た。】
はぁ? という文句に近い疑問が生まれ、その小窓を眺める。
人差し指の変色はすっかり治まり、肌色に。
『まぁ、いいか。』
俺は今日、屋上から飛び降りて死んだんだ。
この意味不明な場所も、恐らくは天国…でなくて地獄なのだろう。
妹を奴から守らずに死んだ兄貴。
そんな奴が天国に逝ける訳ないよな。
ザクザクと腰まで伸びた草を踏み締めながら、そんな思考を続けた。
「おいおいおい、まじか。」
背丈は、幼稚園児。
禿げた頭の天辺に、小さな角。
尖った耳、不揃いな牙、厭らしく弛む眼。
深緑色の肌に、焦茶色の腰蓑。
「やっぱり、ここは地獄だな……。」
鬼というよりは、ゴブリンとでも言った方がいい見た目の小鬼。
そいつが、小型犬の死体を漁っていた。
『臭ぇ。』
犬っころの死体は新鮮な物では無いらしく、腐敗臭を発生させている。
そんな物を平気で食べるとか、正気の沙汰でない。
「キキッ!」
甲高い声に驚き振り向くと、同種の小鬼が。
「なんでこっちにも、」
小鬼は、草葉の陰から飛んで現れ、手には棍棒を所持。
その撒き散らされる涎は、粘ついて流線を生む。
「くっ、こんにゃろう。」
小鬼のジャンプが思ったより高くて、落下が遅れたせいか、その場から避けれた。
「キキッ! キキッ!」
当たれ! 当たれ! とでも言ってそうな小鬼の鳴き声。
耳がキンキンして、精神を削られる。
「キキッ!」
死体を漁る小鬼が立ち上がり、こちらを向くのを確認する。
なんだか、間抜けな餌が罠に引っかかったみたいじゃねーか。
いや、引っかかったんだろうな。
「くそっ、こんなの只の高校生にどうすりゃってんだよ。」
学生鞄は教室に置きっ放し、靴は脱いだ。
上下の学ランに、カッターシャツ。
武器になりそうなのは、このベルトぐらいか?
他の男子が付けてるから、空気を読んで付けていたベルト。
真っ黒な革に、真鍮のバックル。
留め金を抜き、ズボンのループからスルリと引っ張って、鞭のようにバックル部分を持つ。
「って言っても、これで戦えるか?」
どうせ死んだ後の世界だからか、俺は普段ならしない行動を取っていた。
自分が危機に瀕しても、面倒だからと流れに任せる俺が、どうこうしようだなんて。
「「キキッ! キキーー!」」
前と後ろ、挟み撃ちで跳ねてくる小鬼。
俺は糞食らえと言わんばかりに、鞭を頭上で回転させた。
【○○は、“操鞭術”を得た。】
己の手が、己の物でないような身軽さを覚える。
回転は速度を上げ、扇風機を超えた風を生む。
『涼しいなぁ。』
そんな現実逃避を挟む余裕があった。
小鬼らは鞭で捕らえられると、バチン! という痛々しい音と共に、地に伏した。
「「キ…キィ。」」
こちらを恨みがましく見てくるが、スマンとしか言えない。
「「キ…ィ……。」」
光となって、霧散。
手に持っていた棍棒含め、跡形もなく消えた。
「ゲームかよ。」
ここに来て、それが言い得て妙だと感じた。
【○○は、Lv 0からLv 1に上がった。】
うん、どうやらここは地獄でなく、ゲームのようだ。
そう結論付けた。