3-1「燃えさかる果実」
「さてと、厄介事は終わったみたいですし、家へ急ぎましょうか」
そう言ってキャロルちゃんは、ぽんぽんと服の埃を払い、歩き出す。
あんだけ色々起こって、厄介事の一言で済ませられるのはすごいな……。
私はもう、けっこうクタクタなんだけど。
「私、はやくお風呂入りたい……」
「ふふ、帰ったらすぐお湯を張りましょうね。魔石も手に入ったので、火を焚くのも楽に済みそうです」
キャロルちゃんは魔宝珠を撫でる。
ちなみに、手に入った、というのは、ゴブリッチから強奪した、という意味だ。
「それ、結構貴重なものなの?」
魔宝珠を指さして訊ねる。
さっきの口ぶりからして、キャロルちゃんは普段、魔法とは縁のない生活をしているらしい。
「貴重といいますか……。確かにその辺に転がってるような物ではないですが、大規模な鉱脈はいくつも発見されてます」
ただ……、とキャロルちゃんは続ける。
「魔石……魔宝珠は、全て帝国が管理しているんです」
「……なるほど」
この世界において、魔法は魔宝珠がないと発動できない。
つまり、魔宝珠を管理する、ということは、魔法そのものを管理する、ということでもある。
「反逆者が出ないように……ってわけか。徹底してるね」
元いた世界でも、刀狩りとかやってたしなー。
なんて思ったけど、それはちょっと的外れだったらしい。
私の言葉に、キャロルちゃんは首を横に振った。
「もちろんそれも狙いでしょう。ただ、帝国の本当の狙いは、別にあります」
「……どういうこと?」
私の問いかけに、キャロルちゃんは両手を組み、祈るようなポーズをとった。
「かつてこの世界には、冒険者と呼ばれる職業がありました。主な収入源は魔族を倒す用心棒のようなものだったのですが……、彼らはみんな、ある夢を持っていたんです」
「夢……?」
「果焔教では、この世界の果てに『燃えさかる果実』と呼ばれる“なにか”があると言われています」
キャロルちゃんは、夢見る乙女のような熱っぽい表情をしているる。
いまいち要領をえないのは、その宗教家っぽい語り口のせいだろう。
「なにかって?」
「わかりません。聖書には、ただ『燃えさかる果実』とのみ書かれているばかりです。そして……」
キャロルちゃんは、じっと私の瞳を見つめる。
「『燃えさかる果実』を手に入れた者は、永久に栄え続けるとも、聖書は言っています」
「……」
「冒険者たちはこの『燃えさかる果実』を求めて、数千年間戦い続けてきたんです。自らのために。そして、神のために。それはまさに果焔教が全盛期の時代だったと言えるでしょう」
キャロルちゃんは熱っぽく語る。
その真剣さは、何者も邪魔してはいけないような、ある種の崇高さを伴っている。
その尊さは、彼女の信仰に由来するものなのだろう。
だから私は何も言えなくなってしまう。
でも……だけど……。
うさんくせー!!
数千年探しても見つからないって、それ存在しないって言ってるようなものじゃん!
よくそんな長い間、疑問も抱かず探し続けられたな!
怖ぇ、狂信者怖ぇ……。
と、いうようなことは全く顔に出すことなく、私は神妙にキャロルちゃんの話を聞いた。
なんか怒らせると怖そうだし。
「ですが帝国は、冒険者という職業を禁止したんです! 人々から魔法と武器を奪って! ……こともあろうに奴らは、『燃えさかる果実』は存在しないとも言ったんですよ。豚の分際で偉そうに!!」
……ほらね。
「じゃ……じゃあさ、その魔族っていうのは、今は誰が倒してるの? 昔は冒険者たちの収入源になる程度には危険だったんだよね」
「……今は帝国のゴーレムパトロール隊が倒して回ってます。ですが奴らは警護費用などと称して多額の税をむしりとってきます。文句を言おうにも、冒険者を禁止する政策によって自衛の手段すら奪われた人々は、帝国に頼るしかないんです」
キャロルちゃんの言葉に、なんとなく帝国の狙いは見えてきた。
要はマッチポンプだ。
武力を捨てさせた上で、人々を危険から助ける。
誰にも文句は言わせない。
なぜなら自分たちこそが、人々を救う存在だから。
帝国の望みは徹底的な支配だ。
民衆を自分たちに依存させ、逆らえなくする……。
……ちょっとだけ気持ちはわかるけど。
なんて、キャロルちゃんを見てると思う。
強いだけでは足りないのだ。
それではいずれ、キャロルちゃんたちのような、強い思いを持つ「狂信者」に負けてしまう。
絶対的な唯一の存在でなければ、人を支配することは出来ない。
……案外、神っていうのは、その唯一の存在を作り出すための虚構なのかも。
これは唯一の存在として作られた神と、唯一の存在になろうとしている帝国との、支配権を争う戦いなのだろう。
なんていうことは、やっぱり言えないけど……。
「……ちょっと聞きたいんだけど、キャロルちゃんはどうして戦おうと思えるの? その……帝国ってそれだけ強いわけでしょ? 勝ち目なんてなかったよね」
「神のために戦うことに、理由なんていりますか?」
理由なんてない……か。
やっぱ怖ぇなこいつ……。
「それに、今は天使さまがついてますから!」
キャロルちゃんがにっこりと笑う。
うん……ごめん、私本当は天使でもなんでもないんだよね……。
なんて話していると――
「あっ、天使さま! そろそろ家が見えてきましたよ!」
「え? 家なんてどこにも……あっ!?」
キャロルちゃんの指さす方向に、森の中にひっそりと建てられた教会が見えた。
いや、急に出現した、という言い方のほうが正確だろう。
だってさっきまで、そこには何もなかったのだ。
「これも魔術……?」
「はい、姿隠しの魔術です。もうこんな魔術を使える人間は、世界に数えるほどしかいないでしょう」
「それを……キャロルちゃんがやったの?」
「いえ、家の司祭さんがやったんですよ。急ぎましょう、天使さま。みんなにも、はやく天使さまを紹介したいです!」
そう言って、キャロルちゃんが駈けだしていく。
私はやれやれとその後を歩いていこうとして……重大なことに気づいた。
あいつ、私のことを天使だって言う気満々だ。
さっきから天使さま天使さま呼ばれて感覚が麻痺していたけど……それだけは絶対に避けたいのに!
「ちょっと待ってキャロ――」
止める間もなく、キャロルちゃんは玄関の戸を開き、大声で言った。
「ただいま帰りましたー! みなさん、聞いてください! 今日は天使さまとお会いしたんですよ!」
あぁ……もう……ほんとこの子もう!!