2-5「戦う理由(後編)」
ゴブリッチは地面に正座させた。
私はその前で仁王立ちになっている。
ガトリング砲になっていた両腕は、すんなり普通の手に戻った。
この身体の扱いにもだいぶ慣れてきている。
「……で、なんで私のこと狙ってきたの?」
ゴブリッチは震える声で答える。
「それは……わかりません」
「いや、わからないなんてことないでしょ」
「すみませんすみません本当にわからないんです!」
ゴブリッチは、猛烈な勢いで頭を下げてくる。
「総統からの直々の命令だとしか聞いてないんです! だからまさか、あなたがここまで強いなんて知らなくて……そ、そうだ! 私も被害者なんですよ! ちゃんとあなたのことを知らされていれば、こんなことには――」
「いや、被害者ではないでしょ」
ゴブリッチがバカみたいなことを言い出したので、一蹴してやる。
でも、こうなってくると厄介だな。
知っておきたいことはいくつもあるのに。
「……あんたさっき、私のこと転生者って言ってたよね。その意味はわかってた?」
「いえ……さっぱりです……。手配書には転生者としか書かれてなかったので、そう呼ぶしか……」
「キャロルちゃんは転生者ってなにかわかる?」
「全然わかんないですねぇ。帝国の造語なんて知りたくもないですし。」
造語……ということは、本当になにひとつ意味を理解していないのだろう。
うーん……ますます状況がわからなくなってきた。
まず、この世界では転生者という言葉は一般的ではないらしい。
それはむしろ当然のことだ。私たちの世界でだって、この言葉が認知されたのはここ数年内のことなんだから。
でも、少なくとも帝国の総統は、転生者が何なのか知っている。
知った上で、私を狙っている。
それは私が、転生者だと気づいているということでもあって……。
だめだ、情報が少なすぎる。
このゴブリッチとかいうやつじゃ話になんないし……。
あと手がかりと言えば……。
「……ねぇ、さっき手配書があるって言ってたよね。ちょっと見せてよ」
「は、はいっ!」
ゴブリッチがポケットから折りたたまれた紙を取り出す。
開いてみて、驚いた。
そこには、「転生者」という文字と……私の顔写真が載っていたから。
画質は凄く荒いし、ピントもブレブレ。
私の顔だということはわかるけど、背景になにが写ってるのかはわからない。
見るからに隠し撮り、といった感じの写真だ。
「なに……これ。いつ撮ったの……?」
……気持ち悪い。
隠し撮りされていたという事実もそうだけど、何よりまだ私がこの世界に来てから3時間ちょいしか経ってないのだ。
おまけにその時間のほとんどは空を高速で飛んでいた。
つまりこの写真が撮られたのは、私が異世界に来た瞬間、ということだ。
いったいどうやって――。
「どうかしましたか、天使さま?」
私の動揺を見て取ったのか、キャロルちゃんが手配書を覗き込む。
「こ……これは……!」
キャロルちゃんが目を見開く。
「……なにかわかるの?」
「いえ、なにも。ただ天使さまの生写真めっちゃ欲しいと思っただけです。あとでくれませんか、これ」
「……あのねぇ」
キャロルちゃんの能天気なセリフに、思わず脱力する。
ただ、おかげで肩の力が抜けた。
ひとまず私がやるべきは、この写真の正体を突き止めること。
というか、そもそも――
「キャロルちゃん、この世界の写真ってどういうもの?」
隠し撮りの衝撃で気づかなかったけど、このファンタジー世界にカメラがあるかどうかはちょっと疑問だ。
つまり、この写真は、魔術かなにかで撮られた可能性がある。
キャロルちゃんは突然の質問に戸惑いながらも、きっちり答えてくれた。
「えっと……写真魔術というのがあって……それを使ったら風景が紙の上に描かれるんです」
やはりだ。
ここから察するに、この世界の写真は私の常識では計れないものだ。
つまり、どこから隠し撮りできてもおかしくない、ということになる。
ただ、もうひとつ問題が残っていた。
「あとは、どうやって私の存在を知ったのか、か……」
考えてみればおかしいのだ。
異世界に来た瞬間、帝国のゴーレム兵が襲いかかってきた。
おまけにヤツらは、明らかに私を狙っていた。
それはきっと偶然ではない。
あの時点で、帝国は私を狙っていたことは間違いないだろう。
もしかしたら、私の転生をあらかじめ知った上でゴーレム達を派遣していた可能性もある。
帝国は転生者の存在のみならず、それがどのタイミングでどう現れるのかまで把握しているのだ。
これまでに2万人の転生者がこの世界を訪れ、いまだに魔王を倒せていない。
あの女神はそう言った。
その原因のひとつが、この帝国の転生者狩りにありそうだ。
魔王と癒着しているのか、それとも総統とやらが当の魔王なのか……。
ま、どうでもいいや。
どうせ勝てるし。
知りたいことがわかったので、だいぶ気が楽になった。
ゴーレム達なんて雑魚ばっかだし、これからのことに支障はない。
私のスローライフ計画はまだまだ万全だ。
「天使さま……もう質問はいいですか?」
私のすっきりした表情を察したのか、キャロルちゃんが訊ねてくる。
「うん。もう知りたいことは知れたし」
「じゃあ、後はこいつをどうするかだけ……ですね」
そう言って、キャロルちゃんはゴブリッチを見やる。
「ひぃ!?」
「帝国の豚……どう調理してやりましょうか♪」
ゴブリッチはもう、声も出せずに震えるばかりだった。
○
「わはー、いいザマですね、ゴブリッチ」
キャロルちゃんは、全裸で土下座するゴブリッチを見下して、邪悪に笑っている。
手には真っ黒な、拳ふたつぶんくらいの石を握っている。
この石は魔宝珠といって、中に魔力が込められているのだそうだ。
この世界の魔法は、全てこの魔宝珠を使って行われるらしい。
キャロルちゃんがこの石を使って何をしているかというと……。
「はいゴブリッチ、もっと笑ってください! もっと卑屈に! もっと悲惨さを出して!」
「うぅ……」
ゴブリッチの大撮影会を行っていた。
なんでもイザという時には、この写真でゴブリッチを脅すつもりらしい。
「そうそうそうです! その笑顔です! 保身のためならなんでもする、帝国人の姑息さがよく表現されてますよ!」
キャロルちゃんは実に楽しそうだ。
さっきはエムっぽかったんだけどなぁ。
どっちもいけるのかなぁ。
「でも……意外だね。脅しに使うって事は、この男生かして帰らせるつもりなんだ」
正直キャロルちゃんなら、殺してもおかしくないと思ってた。
「無駄な殺生は神に禁じられていますからね。……それに、この男はもう帝国の騎士ではありません。ただの悪臭を放つゲロです」
……相変わらず、比喩が汚いなぁ。
「このゲロが帝国に戻れば、悪臭はイヤでも皆に伝わります。そして帝国は恐怖するのです。ゴーレム兵500体をいとも簡単に全滅させる者がいると……そして、その者はやがて自分たちに牙をむいてくるのだと……」
「……待って」
ゴーレム兵を全滅させる者とは、私のことだろう。
それは……つまり……。
「私も帝国と戦えと?」
「ご安心ください。戦いにすらなりませんよ。天使さまのお力と、わたしのゲリラ工作術があれば、帝国なんてちょちょいのちょいちょいです」
いや、ちょちょいのちょいちょいじゃなくてさぁ……。
「天使さま、これからよろしくお願いしますね!」
キャロルちゃんは、輝かんばかりの笑みを向けてくる。
それはもう、どっちが天使だよ、と言いたくなるほどの笑みで……。
「はぁ……、もう、わかったってば」
私はしぶしぶ頷いた。
まあ大した寄り道にはならないだろう。ここまでのことを考えるに、どうせ負けっこないのだから。
「わはー! 天使さまなら、そう言ってくださると信じてました!」
キャロルちゃんは嬉しそうにはしゃぎだす。
私はそんな彼女の様子を見ながら、やれやれ、と天を仰いだ。
「あの……私はいつまでこの格好をしてればいいんでしょうか」
「あ、まだいたんですかゴブリッチ。もう帰っていいですよ」
「ふ……服は……」
「そのまま帰ってください♪」
「わ……わかりました……」
うーん……やっぱりこの子、エスなのかなぁ……。