2-3「戦う理由(前編)」
キャロルちゃんが、腕の中でテンション高めにキャッキャとはしゃいでる。
その一方で、私は困惑するばかりだった。
帝国をぶっ壊すって……どういうこと?
「待ってキャロルちゃん。盛り上がってるとこ悪いけど、最初から詳しく説明してくれない?」
「そうですねぇ……じゃあ、わたしが生まれた時のことから――」
「いや、あんたのことはどうでもいいから」
「えーっ! つれないこと言わないでくださいよー!」
キャロルちゃんはなぜか嬉しそうに言う。
……この子、Mなのかな。
まあいいや。スルースルーっと。
「そういうのじゃなくてさ……、そもそも帝国ってなんなの?」
「え……?」
キャロルちゃんは、驚いたようにぽかーんと口を開けていた。
「もしかして、天使さまって俗世のことはあまりご存じではないのですか?」
「まあね。さっき来たばかりだし。説明もほとんどなかったし」
「なるほどー、どおりでところどころ話が噛み合わないと思いました! 天然なのかなーかわいいなーなんて思っていたのですが」
待て、あんたにだけは天然なんて言われたくないぞ。
「……いいから帝国のこと説明してよ」
「はいはーい! そうですねぇ……帝国は聖書で語られてる“暗愚にして蒙昧なる王”そのものって感じの国です」
あー、その“暗なんちゃらなる王”ってさっきも言ってたっけ。
「帝国は強大な軍事力を背景に世界中を支配しています。重い税金を取るし、生活は全て帝国式に変えられるし……信仰だって平気で禁止してくるんです。帝国総統だけが唯一の神だって。バカげた妄言ですよ」
「……信仰を禁止? じゃあ、キャロルちゃんって……」
「はい。わたしは果焔教を信仰しているので、帝国に見つかったら確実に殺されますね」
内容の重さと裏腹に、キャロルちゃんの口調はどこまでも軽い。
そのギャップが、キャロルちゃんの日常の過酷さを雄弁に物語っていた。
「……ひどい」
「そうです! ひどいんです! ちょっとパトロール隊の魔力貯蔵庫をぶっ潰したからって、指名手配にすることないですよね! あいつら、ケツの穴がゴマ粒よりちいさいんですよ!」
そう。警備隊の物資を破壊したからって、なにも――
「……ん? 待って、キャロルちゃんはその、リンゴ教……? を信じてるから命を狙われてるんじゃないの?」
「難しい質問ですねぇ。直接の原因は帝国軍にゲリラ工作を繰り返したからですけど、それはわたしが神に仕えるシスターだからやったわけですし……」
いや、なにも難しくない。
全部そのゲリラ工作が原因なのでは……!?
私の目つきを見てなにか感づいたのだろう。
キャロルちゃんは主張の方向性を180度変えた。
「でもでもっ! わたしたちも最初は直接的な手段には出てなかったんですよ! ビラを撒くとか、総統の噂話をあることないこと流すとか、そんな程度で……」
なんだろう、ちょっとだけ総統に同情してしまった。
この子たちの流す噂話なんて、きっとろくなもんじゃないんだろうな……。
「それでキレて宗教弾圧をしてくるから、仕方なく直接手段に……全部あいつが……帝国総統が悪いんです!!」
「つまり……最初は信仰を禁止されてすらなかった……と」
「あっ……」
どんどん墓穴を掘ってるぞ、こいつ……。
ちょっと面白くなって次は何を言うのかしばらく見守っていた。
キャロルちゃんはさんざん言葉に迷った後、諦めたように口を開いた。
「さすが、天使さまはなにもかもお見通しなのですね」
「いや、あんたがわかりやすいだけだよ……」
「わかりました、もう隠し事はやめましょう。……確かに神の教えを破って、先に手を出したのはわたしたちです。天使さまが罰を受けろと言うなら、わたしは喜んで受けます」
別にそんなことは言わないけど。
というか急にシリアスモードに入るのはやめてほしい。
ちょっとだけ、こそばゆくなってきた。
「ですが……わたしたちはそれほどまでに、帝国の横暴を許せなかったのです! あれに目を背けて生きていくことこそ、神の愛に背く行為だとわたしたちは考えて――」
そこでキャロルちゃんは話をやめた。
どうしたのか尋ねようとすると、人差し指を唇に当てられる。
キャロルちゃんは目を閉じて耳を澄ませている様子。
私もそれにならって、周囲の音を探ってみた。
まず聞こえてきたのはざわざわという葉擦れの音。遠くに響く鳥の鳴き声。
そして……ガチャンガチャンという、鉱石がぶつかるような音。
聞き覚えがある。これはゴーレムの駆動音だ。
数は500体くらいだろうか。先ほどより5倍も多い。
おまけに音は全方向から聞こえる。すでに囲まれているのだろう。
キャロルちゃんの耳元に口を寄せ、小声で尋ねる。
「こういうのってよくあることなの?」
「いえ……こんなことは初めてです。うかつでした……もしかしたらさっきの斥候は、罠だったのかもしれません……」
そんなことを話していると、ふいに鼓膜を破るほどの大声で、男の声が響いてきた。
「わははははー! 追い詰めたぞ、罪人! おとなしく観念しろー!」
「う……うるせー! なんなのこれ!?」
「拡声魔術……この声はゴブリッチのものですね……嫌なヤツが来ました……」
「ゴブリッチ? 誰それ」
「この辺りで監視担当をしている帝国騎士団のひとりです。わたしのことを目の敵にしていて、きっと今回も……」
だけど、キャロルちゃんの推測は外れていた。
ゴブリッチとやらは、アホみたいな大声で、こんなことを言ってきたのだ。
「そこにいるんだろ? 転生者とやら!」
「……っ!?」
いま……なんて言った?
「貴様はこのゴブリッチ様が確保し、総統への土産としてやろう! 光栄に思うがいいぞ!!」
転生者、と確かにゴブリッチは言った。
じゃああいつの狙いは……私なの!?