2-2「キャロルと聖句」
罠で宙吊りになった私を、キャロルちゃんは手慣れた動きで地面に降ろしてくれた。
「うぅ、まさか罠が仕掛けてあるなんて……」
「すみません……、この辺りはちょうど獲物の通り道なんです」
獲物……ということは狩り用の罠なのだろうか。
「まあ、気づかなかった私も悪いし。だけど、こういうのはもっと早く教えてね」
「はい!」
キャロルちゃんは、元気よく返事をする。
それはもう、うさんくさいくらいに元気がよかった。
……本当に大丈夫なのかな。
それから、改めて罠の見抜きかたを教えてもらった。
仕組みはそれほど複雑じゃない。くくり罠を改造したようなもの。
巧妙に隠してはいるものの、けっこう大掛かりな罠だから、注意してさえいればすぐ気づける。
これなら大丈夫だろう……と歩き始めたら、今度は落とし穴に落ちた。
「キャロルちゃああぁぁぁん!?」
ちょうど人間がひとりすっぽり入るような、大きな落とし穴だった。
「ありゃ……そういえば、こっちの説明を忘れてました」
こ、こいつ……わざとか!?
一瞬、あのクソ女神の姿がダブつく。
文句の一つでも言ってやりたかったけど、上からのぞき込んでくるキャロルちゃんの申し訳なさそうな様子を見て、ひとまず落ち着くことにした。
キャロルちゃんの顔を見つめ、かわいいかわいいかわいいと3回唱えて平静を取り戻す。
うん。顔だけはいい。本当にいい。
だけど、それ以外については……ひとまず判断を保留したい。
〇
結局、落とし穴は飛んで脱出した。
すっかり全身が土まみれで、ほこりっぽいことこの上ない。
「家に帰ったら、すぐにお風呂を用意しますね」
「うん、よろしくね……」
なんでもキャロルちゃん家の風呂は、一度に10人以上も入れる大浴場らしい。
金持ちの子なのかな。あんまりそうは見えないけど。
当のキャロルちゃんは、両手をほっぺに当ててほんわかと物思いにふけっている。
「天使さまとお風呂……わはー! なんだかすごいご利益がありそうです!」
あ、一緒に入るんだ……。
なんというか、キャロルちゃんと一緒にいると風呂の中ですらトラップにかかりそうで怖い。
いや被害妄想だっていうのはわかってるんだよ。
でもキャロルちゃんは、ちょっと変というか、だいぶ変わってるというか……。
罠の扱いにも慣れてるみたいだし、天然っぽいし、人の話聞かないし。
「どうしたんですか、天使さま。わたしの顔になにかついてます?」
「あ、ううん、なんでもない」
「もしかして……わたしに惚れましたか!?」
キャロルちゃんはドヤ顔で、ベッタベタなジョークを繰り出してきた。
「いや、まだ会ったばっかりだし……ここまで惚れるような要素なかったよね」
顔だけはいいけど。
ドヤ顔もよく似合っていた。
「わはー、そうですか、残念ですねぇ」
キャロルちゃんはちっとも残念がってなさそうな口ぶりで言う。
やっぱ変なやつ……。
「うーん……でも、真面目な話、天使さまに認めてもらえるような格好いいところは見せておきたいですねぇ。今までいいところひとつもなかったですし」
「そんなのいいって。ほら、罠とか仕掛けてたりしてすごい格好よかったし」
っていうか、さっさと家に行ってお風呂に入りたい。
「だけど今日、罠にかかったのは天使さまだけですから! 普段はもっとすごいんだって、天使さまには知っておいてほしいんです!」
キャロルちゃんは、ひとりで俄然ヒートアップしはじめた。
気合を見せつけるかのように、握りこぶしを大きく天へと向ける。
「今こそ信仰心が試されるとき! よーし天使さま、わたし、やりますよ!」
そう言って、どこかへ走り出してしまう。
「ちょっと待って! どこいくの!?」
キャロルちゃんは、振り向きもせずに答えた。
「ちょっと帝国の狗を生け捕りにしてきまーす! 天使さまはそこでゆっくりお待ちください!」
まただ……。またさらっと物騒なこと言ってる……。
帝国のイヌ、か。
さっきは豚って言ってたけど……。
っていうかそもそも、帝国ってなんなんだ?
それを捕まえて、なんで私が喜ぶんだ?
私はキャロルちゃんの発言の真意をつかみかねていた。
キャロルちゃんの言葉が足りな過ぎるのか、私にこの世界の常識が無いせいか、……きっと両方なのだろう。
……とりあえず、深く考えるのはやめておこう。
もしかしたら帝国のイヌっていう種類の生き物がいるだけかもしれないし。
ひとまず言われた通り、キャロルちゃんが帰ってくるのを待つことにした。
〇
それから10分ほどたった頃。
森の深い所から、ガシャーン! と重い金属の落ちる音がした。
「天使さまあぁぁ!! 捕まえましたよおぉぉ!! こっちに来てもらえませんかあぁぁぁ!?」
キャロルちゃんの声が聞こえてくる。
あんな大声で天使だとか言わないでほしい……。
聞いてるこっちが恥ずかしいから。
転生したおかげで耳がよくなっているのか、声がした方向はおろか、だいたいの距離まで把握できた。
罠に気をつけながら、森を進んでいく。
私を待っていたのは、人間が入るほど大きな金属の檻。
そしてその隣で、獰猛とも形容できそうな笑みを浮かべるキャロルちゃんだ。
「いかがですか、天使さま。本気を出せばこんなもんですよ」
檻の中に入ってるものは見覚えがあった。
私がこの世界に来た時に襲ってきたゴーレムだ。
「これって……?」
「帝国の魔道ゴーレム兵です! ちょうど斥候がふらふら歩いてたので、わざと見つかってトラップまで誘導してやりました!」
キャロルちゃんは、ふふん、と得意げな顔。
「これ……捕まえてどうするの?」
「放っておきます!」
「……?」
私の怪訝そうな表情を読み取ったのか、キャロルちゃんはくわしく解説してくれた。
「さすがのゴーレムも3日たてば魔力が切れて動けなくなりますからねー。手足を斬っても動きまわるうえ、魔法が効かないこいつらには、こうやって捕まえて放置するのが一番効果的なんですよ」
「へぇ、こいつら、そんな強かったんだ。ぜんぜん気づかなかった」
「え……? 天使さま、ゴーレムを倒したことあるんですか? ど、どうやって……?」
「どうやってって聞かれるとなぁ……。こう、100体くらいばばーんと吹っ飛ばして……」
「ひゃ……100体!?」
一瞬、キャロルちゃんが動きを止める。
かと思うと、今度は私のほうに突進してきた。
「え? ちょ、ちょっとちょっと!?」
飛びついてきたのを、抱きしめて受け止める。
キャロルちゃんは私の胸に顔をうずめて、ぶつぶつと何か呟いて……いや、唱えていた。
「やがて耐え忍ぶ者の前に、天使が訪れるだろう。天使は人々に火を与え、暗愚にして蒙昧なる王は聖なる劫火に焼き尽くされるだろう……」
聖書の一節……なのかな。
ひとしきり話し終えたらしいキャロルちゃんが、顔をあげる。
興奮しているのか、上気した頬はほんのり薄ピンクに染まっていた。
真剣な目が私を射抜く。
その美しさは、この世のものとは思えない凄みがあった。
「天使さまぁ!」
「は……はい!」
勢いに押されて、思わず敬語になってしまう。
「わたしはこれまで、この日、この時を夢見て生きてきました」
「はい……」
「わたしと一緒に……帝国をぶっ壊してください!」
「はい!」
「わはぁ……」
キャロルちゃんの表情が、みるみる嬉しげな笑顔に変わっていく。
待って……この子、さっきなんて言ってた?
帝国を……ぶっ壊す?
え……どういう……こと?
遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。