2-1「天使なんかじゃない!」
「もしかして……天使様ですか?」
「……へ?」
こ、この子、いきなり何言ってるの……?
私が……天使?
「だって、背中には立派な羽がありますし、空からおいでになられましたし、見慣れない服を着てらっしゃるし……うん、やっぱり天使さまで間違いないですね!」
いや、間違ってしかないんだけど……。
それでも、女の子――キャロルちゃんは、ひとりで納得したように、うんうん頷いている。
「天使さま、お初にお目にかかります。私はキャロル・アップルヤードといいます。お会いできて光栄です!」
そう言って、キャロルちゃんはぺこりとお辞儀をする。
その嬉しそうな笑顔を壊したくはないのだけど……。
「……ごめん。私、天使とかじゃないから」
「ふふ、隠すことはありませんよ天使さま。その翼を見れば、一目でわかります」
こいつ……人の話聞かねぇな。
「いや、だからね、この翼は、ただ女神に貰った力ってだけで――」
「女神様に!? わはー! さすが天使さま!」
あ……そういう解釈されちゃうんだ……。
「それは……その……えっと……」
困った。
うまく説明できない。
事実をありのまま話そうとすると、女神だとか天界だとか、めちゃくちゃ天使っぽいワードが出てきてしまう。
……仕方がない。
ひとまず、天使だということで話を進めよう。
嘘をつく形にはなるけれど、先に勘違いしたのは向こうだし。
それに考えようによっては、この状況はチャンスともいえる。
せっかく好意を向けられてるわけだし、このまま平和な田舎町とかに案内してもらったり、さらには彼女の家に住み着いたりできるかもしれない。
そうなった場合の未来予想図を思い描いてみる。
私は、のどかな農園で、つつましい生活をしている。
ご飯はその日に畑で取れた野菜だ。豪華ではないけれど、新鮮でとっても美味しい。
その隣には、私のことを天使と呼んでしたってくれる美少女がいて……。
……うん、悪くない。
むしろかなり理想的ともいえる。
気分は『灰羽連盟』だ。
ちょっとだけ退廃的で、神秘的で、だけどどこまでも穏やかな暮らし……。
うん、やっぱり、天使っていうことにしておこう。
別にキャロルちゃんを騙すわけじゃない。
ただ、彼女の期待に応えるだけだから……!
「……まあ、確かに私は天使なんだけど」
口に出した一瞬、うわー、私なに言ってるんだろうと思った。
思ったけど、今さら後にはひけない。
とにかく、これ以上話を広められる前に釘を刺しておかなきゃ。
「でも、このことはあまり知られたくないというか……みんなには内緒にしてね」
「はい、心得てます! 帝国の豚どもに知られたら面倒ですからね!」
「……ん?」
……帝国? っていうか、豚って……?
ちょっと引っかかったけど、キャロルちゃんは相変わらず満面の笑みを浮かべてる(かわいい)し、ただの聞き違いかもしれない。
スルーして、先を続ける。
「それと私、泊まる場所がないんだよね。もしよかったら――」
もしよかったら、どこか静かな町に案内してほしい。
そう続ける前に、キャロルちゃんが怒涛の勢いで割り込んできた。
「そうなんですか!? なら、わたしの家を使ってください!」
よし、計画通り……!
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね。あ、それと――」
背中の翼を収納する。
ぶっつけ本番だったけど、一発で出来た。
完全にコツを覚えたみたいだ。
それを見たキャロルちゃんは、わはー、と妙な声をあげた。
「その羽、隠すこともできるんですね」
「うん、そうみたい。変な跡とかないよね」
背中を見せると、キャロルちゃんはグッと親指を立てた。
「ばっちり綺麗な背中ですよ!」
よかった……。
ほっと胸をなでおろす。
でも、どういう仕組みで翼が生えたり引っ込んだりするのか、まるで意味が分からない。
ほんと変な身体になっちゃったなー、と思う。
まあ、いいか。
考えてもしかたないし。
「ところで……服が破れているのは、天界の流行なのですか?」
キャロルちゃんに尋ねられた。
そういえば、翼がはえてきたせいで、セーラー服の背中の部分がビリビリになってたっけ。
「いや、これはちょっとした事故みたいなもので……」
「そうですか……」
私が説明すると、キャロルちゃんは残念そうにうなだれた。
「わたしも服を破れば、おそろいになれると思ったんですが」
そんなパンクロッカーみたいなファッションのキャロルちゃん、見たくなかった。
「……ですが、そういうことであれば、はやく服を直したほうがいいですよね」
そう言って、キャロルちゃんが私の手を握る。
「さっそく家へご案内いたます、ついてきてください!」
手をつないだまま、キャロルちゃんは、ごきげんな様子で歩きはじめる。
こういうのでいいんだよ、こういうので、と思った。
変なミサイルとか、人を騙して転生させる女神とかじゃなくて、こういう心休まるイベントこそ必要だ。
美少女と手をつないで、静かな森の中を散歩する。
うん、素晴らしい。
そんなことを考えながら歩いてたら、キャロルちゃんがなにげない調子で話しかけてきた。
「あ、そうだ。この森には罠がいっぱい仕掛けてあるので、気をつけてくださいね」
「……わな?」
瞬間、右足に何かロープのようなものが巻きついてきた。
「へ……?」
「あちゃー」
キャロルちゃんが、やっちまった、というような顔をすると同時に。
シュルシュルシュル! と、何かが擦れる音がして。
途端に、右足に巻き付いたロープが、私を吊り上げ宙へと引っ張り上げた。
「罠あああぁぁぁぁぁ!?」
一瞬で世界が逆さまになる。おまけに大きく揺れている。
今日は振り回されてばっかりだ……。
慌てて私を降ろしにくるキャロルちゃんを見ながら、そんなことを思った。