1-2「宵子、飛び立つ!」
落ちつこう。
ひとまず落ちつこう……。
深呼吸すると、キツい火薬の匂いが鼻をついた。
ミサイルの爆発跡から漂ってくる匂いだ。
その原因となった、このわけわからない機械の翼は、いまだ背中に健在中。
いつまたミサイルが出てくるとも知れないから、へたに動かせない。
それよりなにより、今は状況を整理しておきたい。
まず、この意味分からない謎の翼だけど……。
「やっぱりこれが、私の能力……なのかな」
女神に頼んだのは、チートで最強でドカーンと火力を出せる能力だ。
確かに、あの謎ミサイルはチートくさいし、最強感あるし、ドカーンって擬音がよく似合う。
でも、だからってあれはないだろ、とも思う。
あまりにもえげつない。
そもそも、私が求めるほのぼのスローライフ生活に、ミサイルはふさわしくない!
この変な機械の翼もだ!
……なんて文句を言っても仕方がないか。
ひとまず、自分の能力が判明した、ということで良しとしよう。
強いことは強いし。
「それより問題なのは……」
この翼を元に戻せるかどうか、ということだ。
というか、そもそもこれって自分で動かせる物なのか?
自分の背中を見ることが出来ない以上、翼の根本がどうなってるのかはわからない。
ただ、自分の身体と繋がっている感覚はある。
その気になれば動かせそうなんだけどな……。
試しに、背中に力を入れてみる。
すると――
ブオオォォン……。
謎の音と共に、翼が輝きはじめた。
「ちょ……?」
輝きが増すごとに、身体が軽くなり……やがては浮かびはじめた。
足が地面から離れ、高く高く登っていく。
「わぁ!? 待って待って待って!」
いくら口で言っても待ってくれなかった。
高度はどんどん増していく。
「あーもー……またこのパターンかー!」
さっきから、この翼に振り回されてばっかりだ。
上空まで来ると、さっきミサイルで焼きつくした跡がよく見えた。
こうして見ると、想像以上の範囲だ。
村一個分くらいはあるかもしれない。
……なんて、ぼんやり考えてる場合ではなくて。
「と、とにかく降りなくちゃ!」
背中に力を入れたら、身体が浮かびはじめた。
ということは、逆に言えば、この翼はある程度自分の意思でコントロールできるはず。
ただ、今はコツを掴んでいないだけ。
「よ……よーし」
今度は逆に力を抜いてみる。
とはいえ、意識して力を抜くのは、意外と難しいもので……。
ゴオオオォォォッッ!
「え、なに……?」
瞬間、全身が強力なGに襲われた。
今度は浮かぶだけでなく、高速で飛行しはじめたのだ。
まるで戦闘機にでもなった気分だ。
それも、ブレーキもハンドルもぶっ壊れてるタイプの。
「なにこれどうすればいいの!? 降ろして誰か助けてええぇぇ!!」
泣いてもわめいても、高速飛翔は止まらない。
あっという間にミサイルの爆発跡が、そして草原が遠ざかっていく。
このまま放っておいたら、どこまで飛んでいくかわかったもんじゃなかった。
「……ほんっと、とんでもない能力渡してくれたな、あの女神!」
こうなったら根比べだ。
どうにかして、この翼を制御してやる!
○
それから3時間、飛びに飛び続けた。
飛びながらも、いろんなことを試した。
3時間もあれば、さすがに翼の扱いにも慣れてくる。
うまく言葉では説明できないけど、背中ではなく、翼そのものを動かそうとすればいいのだ。
例えば、空を飛ぶにしても、翼の真ん中くらいに飛ぶための筋肉的な物があって、そこに力を入れれば加速するし、力を抜けば減速する。
ミサイルを出すのも同じ原理だ。
翼の先っぽの方を意識すると、砲口が開く。
それから根本の方からミサイルをひり出すイメージで力を込めると……。
ダダダダダダダダッ!!
と発射される。
力の加減を調整すれば、1発だけ撃つ、というようなこともできる。
不思議なことに――というか、不思議なことばっかりで何を今さらという気もするのだけど――ミサイルに残弾という概念はないようだった。
いくらでも、無限に撃てる。
さすが謎ミサイル。都合がいい。
発射した後のミサイルを、自分の思い通りに動かすこともできた。
ミサイルを花火代わりに曲芸飛行をするのは、なかなか気持ちが良かった。
翼やミサイルを動かす感覚は、元の世界にいた時は絶対にあり得ないもので、ちょっと落ち着かない。
だけど、ここまで自由に動かせるなら、この意味不明な機械の翼も、すこし頼もしくも感じる。
身体からミサイルが出る、面白おかしい体質になってしまった……という事実にさえ目をつぶれば、まるっきり役立たずの能力というわけでもなさそうだ。
まあ、こんな羽がはえてる姿、絶対に人前では見せたくないけど……。
○
というわけで、ひとまず訓練は成功。
これならさっきのゴーレムに襲われても、安心して倒すことができる。
なのでいい加減地上に戻ることにした。
さすがに3時間も飛んでると、地面が恋しくなってくる。
ちょうど、いい感じに大きな森も見つけたし。
この中に降りれば、人目にはつきにくいはず。
ゆっくりと降下して、木々の間を抜け、3時間ぶりの地面に着陸成功。
完璧な着地だった。
この短時間で、空を飛ぶのもかなり上達したみたいだ。
私、もしかして才能あるんじゃないかな~。
なんて、得意になってると……。
「わぁ……」
背後から声がして、途端に全身が凍りつく。
み、見られた!?
こんなわけのわかんない翼をつけた姿を……!?
慌てて振り返ると、そこには女の子が立っていた。
それも、とびきり顔の良い美少女だ。
さらっさらの銀髪に、くりくりと丸い大きな目。
身長は、わたしより頭ひとつくらい低い。
肌は真っ白。服装がちょっと地味なのはむしろ得点が高い。
胸元には大きな十字架型のネックレス。毎日お祈りとかしてそうで可愛い。
左手に提げているバスケットの籠には、瑞々しい果物でいっぱいになっている。たぶん、この森で摘んできたばかりなのだろう。
はい、完璧。
もし普通の姿で会えていたなら、私のほのぼのスローライフ生活を彩るのにぴったりの逸材だ。
……逸材だったのに。
こんな出会い方では、化け物扱いされたって仕方がない。
悲鳴をあげて逃げられるか、逆に退治しようと立ち向かってくるか……。
どっちにしろ最悪すぎる!
――だけど女の子の反応は、私の予想を大きく上回るものだった。
「もしかして……天使さまですか?」
「……へ?」
て、天使さまぁ……?