3-4「クレアの部屋」
「失礼しま~す」
バカみたいにデカい扉を開くと、バカみたいな広い部屋があらわれた。
立ち並ぶ無数の本棚と、そこに収まりきらなかった大量の本の山の奥に、クレアさんが座っていた。
「申しわけありません、ふたりともおくつろぎの最中だというのに呼び出したりして」
クレアさんがぺこりとお辞儀する。
ほんと、見た目だけは礼儀正しい老奥様という感じだ。
……まあ実際は、テロを目論むカルト宗教の親玉なんだけど。
人は見かけにはよらないって、本当なんだなぁ……。
「いえいえ~。それで司祭さん、さっき言ってたマズいことってなんですか?」
「それがですね……」
と、クレアさんは心底悲しそうな顔をする。
「天使さまの歓迎パーティーを開こうと思ったのですが……食べ物の在庫がもう尽きそうで……」
「……」
……ちょっとでも心配した私がバカだったわ。
「そ……そんな……! パーティーが開けないなんて……アップルヤード家としてこんな恥ずべき事はありません……!」
キャロまでが、地獄の底を目の当たりにしたような絶望的な表情になる。
平和だなぁ……このテロリストたち。
「いや……ほんともう、お構いなく」
私の言葉に、キャロとクレアさんは勢いよく首を振る。
「いえ……全力で構わせてください宵子さん!」
「遠慮なさらずとも、まだ手はあります……禁術、生命創造でお肉を作り出せばいいんです……!」
待て、なんだ禁術って。
それ色々と大事な物を持ってかれちゃう的なヤバい技じゃないよね……?
「わ……わたしも! いざとなればこの身体、宵子さんに捧げることに、なんのためらいもありません! 肉付きはあまり良くないですが……そこは気持ちでカバーしますので!」
キャロはどこから取り出したのか、包丁を握りしめて、おまけにかなりイッちゃった目をしている。
こいつ……私のこと人食い鬼かなにかと勘違いしてないか?
とにかく、この流れはヤバい……!
なんとかして穏当なところに着地しないと……!
「あ~……そ、そういえばキャロ、果物摘んでたじゃん。私、あれが食べたいな~」
出会った時、キャロは果物のいっぱい入ったカゴを持ってた。
あれを食べるんなら、変なことは起きないはず……!
……ん? でも、途中からあのカゴ見てないような……。
「あっ……そういえば……」
キャロがなにかに気づいたように声をあげる。
……こいつ、どっかに置き忘れてきたな。
ゴーレムを罠にかけるとか言って走り出した時が怪しい。
「……えへへへ~」
「いや、笑っても誤魔化されないから……」
「す、すぐ取ってきます!」
耐えきれなくなったキャロが走り出す。
「あ、キャロ、私も――」
「お待ちください」
キャロを追おうとしたところで、クレアさんに止められた。
「……もうキャロに聞かれる心配はありません。先ほどの話の続きをしましょうか、宵子ちゃん」
そう言って、にっこりと笑う。
まさかここまで全部お見通しだった上で、パーティーの話したわけじゃないよね……?
この人は、底が知れなくてちょっと不気味だ。
「じゃあ……率直に聞きますけど、クレアさんって何者なんですか?」
「わたくしですか? わたくしは、ただのお婆ちゃ――」
「あ、そういうのいいんで」
私の暴言に、クレアさんは、あらあら~と笑う。
いや、お前ほんとそういうとこだぞ。
無駄に強キャラムーブ見せつけてきやがって。
「じゃあ、宵子ちゃんは何をわたくしに聞きたいのかしら?」
「……まず、初対面なのに、いきなり私のこと転生者だって見抜いてきましたよね。あれ、どうやったんです?」
「それは簡単です。着ている服が、明らかにこの世界の文化のものではありませんでしたから」
「なるほど……?」
言われてみれば、セーラー服着てたっけ。
ちなみに今はクレアさんの修道服を借りて着ている。
生地が厚ぼったくて、重くて、確かにセーラー服とは全然違う。
でも……。
「いやいや待ってください、そもそも転生者って普通は知らないもんじゃないんですか?」
現にキャロは知らなかった。
あの子だけじゃない、帝国のゴブなんとかって人も知らなかった。
だけどクレアさんは、にっこりと笑っていうのだ。
「それも簡単です。わたくしは昔、ある転生者と共に冒険していましたから」
「へ……?」
「懐かしいですねぇ……もう100年以上前の話です」
100年以上って……いくつだ、この人。
いや、それより……。
「あの、転生者と一緒に冒険してたって……」
「ふふ、昔は冒険者という職業があってですね」
知ってる。
その辺の話はもうキャロから聞いた。
「帝国が禁止したんですよね。冒険者って職業を」
「はい、彼らにとっては一石二鳥……いえ、一石四鳥とも言える政策です。まず、魔物退治という一大事業の独占。そして武力の管理」
そこでクレアさんは一度言葉を切った。
それから私のことを指さす。
「それから、転生者をあぶり出し、弾圧するための布石……」
「そういえば、さっき会った帝国の人も『転生者狩り』とか言ってましたね」
「彼らは恐れているんですよ、転生者の力を。まあ無理もありません。わたくしと一緒に戦ったあの人も、デタラメな強さでしたから」
クレアさんは、昔を懐かしむような遠い目をする。
彼女の目には、いまなにが映っているのか。
今こうして司祭をやっているのにも、それなりの理由があるんだろうし。
それは私にはわからないし、わかるべきじゃないとも思う。
「……それでも、あの人は帝国のゴーレム兵に敗けました。そこが彼らの恐ろしいところです。どんな無茶も、圧倒的な暴力で通してしまいます」
「アレって、そんなに強いんですか?」
みんなそう言ってるけど、何体来ようと一瞬でぶっ殺してるから、いまいち実感が湧かない。
「ええ、とても強いです。逆にわたくしのほうが不思議なくらいです。宵子ちゃんはどうやってアレを倒しているんですか?」
「えっと……なんか、適当にババーンっと」
我ながらバカみたいな答えだなぁと思うけど、実際そんな感じて倒しちゃってるから説明しようがない。
「……本当に不思議です。ゴーレムは完全に魔法を無効化しますし、真っ二つに斬ったくらいじゃ動きを止めません。1体ならともかく、複数体ともなると倒す手段がないのですが……」
魔法じゃなくてミサイルだからなぁ……。
物理でメチャクチャにする相手には弱いんだと思う、きっと。
「まあ、転生者に理屈を求めるべきじゃありませんね。あなたがたはいつもメチャクチャで、そこが魅力的でもありますから」
「それ……褒められてます?」
「ええ、もちろん」
私は、どっちかというとメチャクチャな奴らに巻き込まれる側の人間だと思うんだけどな……。
主にキャロとかに。
「ふふ、それだけキャロが貴方を信頼しているっていうことですよ。どんなワガママを言っても応えてくれるはずだと」
「そうですかね~、私にはただの……あれ?」
待って、この人今、私の心読んでなかった!?
「あら……すみません、つい……。気を悪くしたらごめんなさいね。聞きたくなくても、聞こえてきてしまうものなんです。普段はなるべく聞こえないふりをしてるんですが」
……やっぱり、話せば話すほど謎が増えてくなこの人。
「まあ、それなりに長く生きてますからね」
「そんな言葉で片付けられても……」
だめだ、つかみ所が無さ過ぎて、なにが目的なのか全然分からない。
「目的はたったひとつですよ。神のために尽くすこと、それだけです」
「……女神には会ったけど、ろくなヤツじゃなかったですよ」
「ふふ、あの人もそう言ってましたね。ですが別にいいんです。例えそれが全部嘘でも、わたくしたちの神は、偉大なる存在なのですよ」
「私にはよくわかんないですね……」
「だからこそ貴方のような人がキャロには必要なんです。わたくしたちに足りない物を埋めてくれますので。キャロは本当に素晴らしい人と出会えました……」
そうかなぁ、買いかぶりすぎだと思うけど。
正直私は、キャロたちの狂信者っぷりにはついてけないし。
ここまでついてきたのも、のんびり暮らせる家が欲しかっただけなんだから。
「そんな貴方だからこそ、キャロをお任せできるんです。おかげで決心がつきました」
「決心って……?」
クレアさんが、まっすぐ私の目を見てくる。
なんだろう……すごくイヤな予感がする……。
「キャロを、冒険者として旅立たせる決心です」
待て、勝手にするなそんな決心。




