3-3「ともだち」
浴場は、キャロルちゃんの言葉の通りすごく広かった。
キャロルちゃんは、ちゃぷちゃぷと湯船を泳ぎながら、すっかりご満悦だ。
「わはー……、いいお湯ですねぇ」
「ん、そうだねぇ」
今日は本当に色んな事があった。
トラックにひかれて、死んで、転生して、かと思ったらミサイルが出て、飛んで、キャロルちゃんに出会って……。
……改めて振り返ってみると、本当にひどい1日だ。
こんな密度の濃い日は、人生で1度きりだろう。
というか、1度きりであって欲しい。
ほんとに頼むぞ……。
「わはー……」
最大の不安要素ことキャロルちゃんは、人の気も知らずに呆けたようなアホ面をさらしている。
まさか異世界で最初に出会うのが、狂信者のテロリストだとは思わなかった。
しかもこんなに気に入られて、家にまで呼ばれるなんて。
でも顔はいいんだよなぁ……。
彼女に出会ったのは、幸運なのか不幸なのか。
いや、どっちかといえば不幸よりだとは思うけど。
でもキャロルちゃんで良かった、と思う自分がいることも事実なわけで。
これで最初にあったのが、あのゴブリッチとかいう帝国の金髪男だったら、もっともっと悲惨なことになっていただろうし。
うん、私は幸運だ。ラッキガールだ!
とりあえず、そういうことにしておく。
「天使さま、お背中洗いますよ~」
「じゃあ……お願いしようかな」
キャロルちゃんたちは、信じる神のために戦っている。
私にはそんなのいない。
ただ、だらだら楽しく暮らしたいだけだ。
だから今はこれでいい。
とりあえず、そういうことにしておく。
○
「天使さま、髪乾くの早いですねぇ」
風呂上がり、キャロルちゃんが羨ましげに言ってくる。
「まあ、髪短いからね」
それに、髪を洗った後も、しばらくお風呂でぼーっとしてたし。
ショートカットの利点は、手入れが簡単にすむことだ。
今キャロルちゃんは腰まである銀髪を、温風魔術で必死に乾かしている。
ひっきりなしに手を動かして、なかなか大変そうだ。
「……手伝おうか?」
「わぁ、いいんですか? お願いします!」
キャロルちゃんから魔宝珠を借りる。
この魔石の中の魔力を使うことで、魔術を発動することが出来るらしい。
試しに温風出ろ、と念を込めてみる。
……何も発動しない。
いやまぁそりゃそうか。魔法の訓練とかしたこと無いし。
「ごめん、やっぱり無理――」
言いかけて、思い直す。
今の私の身体……なんでもありなこの身体なら、ドライヤーを出すことだって出来るのでは?
左手に念を込めてみる。
(ドライヤーになれドライヤーになれドライヤーになれ)
なった。
左手がぐるぐる回転したかと思うと、気づけばドライヤーになっていた。
(うわー、ほんと便利だなー)
とか言いながら、内心ちょっと引いている。
なんというか、便利すぎて節操がない。
まあいいか、気を取り直して……。
「じゃ、乾かすね」
長い銀髪を髪を手に取ると、キャロルちゃんが気持ちよさそうに目を閉じる。
他人の髪を乾かすのなんて初めての経験だけど、こうして喜んで貰えるなら、私も嬉しい。
キャロルちゃんはちっちゃいから、まるで妹ができたような気持ちにもなる。
「……そういえば、キャロルちゃんって何歳なの?」
「わたしですか? 16歳ですよー」
「あ……、そうなんだ。偶然だね、私も16」
まさかのタメだった。
にも関わらず、このあふれる年下オーラはなんなんだ。
ジジババばかりに囲まれて育ったからか?
キャロルちゃんはキャロルちゃんで、
「へぇ! 天使さまって意外とお若いんですねぇ」
なんて言ってくる。
なんだそれは。嫌味か?
「でも……ちょっと嬉しいです。同い年の知り合いなんて、今までひとりもいませんでしたから」
キャロルちゃんは、憂いを含んだような顔で言ってくる。
こんなの反則に近い。
なにも言えなくなってしまう。
「わたし、ずっと友達がいないんです。司祭さまたちはいるけど、親代わりみたいなものなので……」
それはクレアさんも言ってた話だ。
というより……。
「……私は、キャロルちゃんのこと友達だと思ってるけど」
「……っ!!」
キャロルちゃんがビクンと身体を跳ね上げ、驚いたような顔でこっちを向いてくる。
「わたしたち……友達だったんですか?」
「うん、私はそのつもりだったけど」
もしかして、イヤなのか?
それは……かなり傷つくんだけど……。
だけどキャロルちゃんは、満面の笑みで言うのだ。
「わはー……なんだか夢みたいです! ありがとうございます、天使さま!」
う……。なんかこっ恥ずかしいな……。
キャロルちゃんの風呂上がりで潤んだ瞳が、きらきらと輝いている。
その視線を真っ向からぶつけてくるから……照れるなっていう方が難しい。
「……その言い方、ぜんぜん友達っぽくない。やり直し」
ようやく、それだけ言えた。
「え……? そ、そんなこと言われましても……どこが変ですか?」
「そ、それは……その、ま、まずお礼を言われるようなことじゃないし! あと、天使さまっていうのも友達っぽくない! 名前で呼んでよ!」
「……!! 天使さまの名前、聞いてもいいんですか?」
「ん……?」
なんか話が噛みあってないような……。
あれ、そういえば私、まだ名前を名乗ってなかったっけ?
しまった……知らない人と話すのなんか縁がなさすぎて、すっかり忘れてた……。
「……私の名前は、宵子。はい、教えたから、これからは名前で呼んで」
外で天使さま天使さま連呼されるのもキツいし……。
「はい! 宵子さま!」
「さまも禁止!」
「えっと、じゃあ、宵子さん……?」
「うん、それで」
ふぅ、意外とすんなり話を聞いてくれたな。
「天使さまは天使さまなんです!」とか言われたら、正直困った。
「宵子さん……宵子さん……ふふ」
キャロルちゃんは、私の名前をつぶやいては嬉しそうに微笑んでいる。
……恋する乙女かよ。
「あの、宵子さん、わたしからもひとつお願いしていいですか……?」
「うん? なに?」
「わたしのことも……キャロと愛称で呼んでもらえると、その……」
「ああ、それくらい全然いいよ。キャロ」
「……えへへ」
キャロルちゃん改めキャロは、それはそれは嬉しそうだ。
愛称で呼んだくらいでここまで喜んで貰えるなら、いくらでも呼んであげよう。
「キャロ」
「はい! 宵子さん!」
「キャロー」
「宵子さーん!」
「キャロ~~」
「宵子さ~~ん!!!」
……いや、なんだこれ。
つい冷静になったところで、脱衣所の外からクレアさんの声が聞こえてきた。
「おふたりとも、湯浴みがすんだらこちらへ来てもらえませんか? すこし……マズいことになってまして」
マズいこと……?
なにか起きたの……?
「……とりあえず、いこっかキャロ」
「はい! 宵子さん!」
「……っ!」
だっ、だから、それはもういいんだってば!!




