3-2「教会と司祭とお風呂と」
「さあさあ、天使さまも早く早く!」
キャロルちゃんに手招きされて、しぶしぶ家の中に入る。
うぅ……、初対面の人に天使として紹介されるとか、どんな罰ゲームだよ……。
「お……お邪魔しまーす」
玄関をまたぐと、中は聖堂になっていた。
ガチの教会だ。
キャロルちゃんがここで育ったというなら、あの狂信者っぷりも納得できる。
聖堂の中には4人のジジババたちがいて、興味深そうにこちらを見ていた。
中でも一番偉そうな、真っ黒な修道服をきたお婆さんが口を開く。
「……その方が天使さまなのかい? キャロ?」
キャロ、というのはキャロルちゃんの愛称なのだろう。
キャロルちゃんは私をキラキラとした瞳で見つめて、自分の背中をぽんぽんと叩いた。
……どうやら、羽を出せと言ってるらしい。
ご老人たちも、キラキラした瞳で私を見ている。
……しかたがない。こうなりゃヤケだ!
振り返って、パッ! と翼を展開する。
「「「「おお~~~っ!」」」」
と、ジジババたちが子どものように歓声をあげる。
「天使さまは、この羽でゴーレムたちを500体も吹っ飛ばしちゃったんですよ! すごいんです! 最強なんです!」
キャロルちゃんは、まるで自分の事のように自慢げな口調だ。
ジジババたちも途端にざわつきはじめて、
「ゴーレムを500体も……?」
「さすがは天使さまじゃ。敵なしじゃわい」
「うむ……これぞまさに神の御業よ」
「ありがたやありがたや……」
なんて好き勝手なことを言い始める。
うん、まぁ、神の御業ってとこはギリ合ってる。
「あの面妖な衣服は天界の流行かのう」
「背中のところがビリビリじゃ。わしらも天使さまを真似てみるか?」
……言っておくけどそのくだりは、もうさっきやったからな。
絶対に突っ込まないぞ。
それにしても元気な老人たちだ、と思う。
「天使さまがついてれば帝国なんぞ恐るるに足らんわい!」とか言ってるし。
この人たちも、キャロルちゃんと一緒に、帝国と戦っているのだろう。
そう考えると……うん。やっぱ信仰って怖い。
なんて考えていたら、キャロルちゃんはキャロルちゃんで、
「それじゃ天使さま、わたしはお風呂を湧かしてきますね!」
といなくなってしまった。
いや、この人たちの相手を私だけでしろと……!?
「よーし、それじゃ、天使さまを見習って、わしらも背中を破くとするか!」
「「「おー!」」」
ひとまず、全力で止めに入った。
○
元気なガキ(キャロルちゃん)の相手も大変だけど、元気なジジババの相手はもっと大変だ。
ということで、トイレに逃げることにした。
ついてきたがるジジババを追い払って、聖堂の奥の扉を開ける。
と、そこには長い廊下がどこまでも続いていた。
……あきらかに、異様だ。
外からこの建物を見た時は、こんなに広くはなかった。
そういえば聖堂だって、小さな児童公園くらいの広さはあったように思う。
これも魔術なのかな……?
不思議がっていると、コツーンコツーンと足音が響いてきた。
真正面から、おばあちゃんがひとり近づいてきている。
聖堂のジジババたちよりも、さらにしわくちゃで小さい。
人の良さそうな笑みをたたえ、まっすぐ私のことを見ている。
「ようこそいらっしゃいました」
と、お婆ちゃんが言う。
いったい何をしたのか、かなり遠くにいたはずなのに、気づいたら目の前に立っていた。
「わたくしはこの教会の司祭をやっております、クレア・アップルヤードと申します。お見知りおきを……転生者さん」
「……っ!」
私が転生者だと、この人は一目で見抜いた。
一体何者……?
「あの、私は……」
「存じておりますよ。キャロが無理矢理つれてきたのでしょう。すみません、あの子の無茶に付きあわせてしまって……」
どうやら、なにもかもお見通しらしい。
そういえばキャロルちゃんも、ここの魔法使いは凄いと言っていた気がする。
「キャロも本当はいい子なんですよ。ただ、これまで同年代の友達がいなかったせいか、ついハシャいでしまってるようで……。これからもご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞ仲良くしてあげてください、お願いいたします」
お婆ちゃん……クレアさんは、腰を折って深くおじぎしてくる。
こんな年上の人に、こんなことをされるのは初めての経験で、私は思わず慌ててしまった。
「そ、そんな……! 私も、キャロルちゃんのことは、その、嫌いじゃないですし……」
うぅ……私はなにを言ってるのか……。
クレアさんは私の言葉ににっこりと笑って、
「ああ、よかった。これからもキャロのことをお願いしますね」
と喜んだ。
その時――
「天使さまぁぁぁ! お風呂が沸きましたよー! 一緒に入りましょーー!!」
と、キャロルちゃんの声が響いてきた。
「あらあら……じゃあ、年寄りは退散しましょうかね」
「すみません……お風呂、お借りします」
「はい、ごゆっくり」
うん、こうしていると、本当にただの人の良いお婆さんにしか見えない。
危険な裏とかはなさそうだ。
でも、私のこと転生者だって気づいたのは、いったいどうやったんだろう。
そもそもなんで転生者のこと知ってるんだ? キャロルちゃんは知らなかったのに……。
「ふふふ、わたくしに聞きたいことがいっぱいある見たいですね」
「う……バレましたか」
「顔に出ていましたよ」
マジか。
そういえばキャロルちゃんにも顔色読まれまくってたしなぁ……。
「すみません……」
「謝ることはありません。正直は美徳です」
なんて話していたら、キャロルちゃんの急かす声が聞こえてきた。
「天使さまぁ? お風呂ですってばー!」
「はいはい今行くって!! ……すみません、そういうことなので」
「ええ、あとでゆっくりお話しましょう。わたくしも、あなたには知っておいてもらいたいことがたくさんありますので」
「では、また後で」
「ええ、後ほど」
○
脱衣所に入ると、キャロルちゃんが待ち構えていた。
……全裸で。
いや、せめて下くらい隠せ。
「天使さま、服をぬぎぬぎいたします!」
「いや、いいから。自分で脱ぐから」
「えー! そんなぁ!」
断られたキャロルちゃんはなぜか嬉しそうで、やっぱりエムなのかなぁ、それとも両方いけるくちなのかなぁ、なんてことを思う。
その一方で、クレアさんの言葉も思い出すのだ。
――これまで同年代の友達がいなかったせいか、ついハシャいでしまってるようで……。
そういえばこの教会には、ジジババたちしかいなかった。
みんないい人そうだったけど、この中で、たったひとりの子どもとして過ごすことを考えたら……。
それはきっと寂しいことだと思う。
「どうしました、天使さま? わたしの顔になにかついてます?」
「……ううん、なんでもない」
まあ、確かにちょっと変な子だけど……これからも大切にしよう。
せっかくできた、異世界ではじめての友達なんだから。
「はい、全部脱いだよ。お風呂いこっか」
「わはー! 会った時から思ってたんですけど、やっぱ天使さまっておっぱいデカいですねぇ。まさに慈母って感じでステキです!」
「……」
落ちつけ、私。
大切にするって決めたばっかりなんだから……!