プロローグ
人生なんて退屈なくらいがちょうどいい。
それが私のモットーだ。
朝起きて、顔を洗って、セーラー服を着て、学校に行って、授業をうけて、日が暮れて……。
同じことの繰り返し。それはそれで悪くない。
無駄なことに貴重なエネルギーを使うより10倍マシ。
余計ないことをして危ない目に合うよりは100倍マシだ。
そう、たとえば道に飛び出た子供を助けようとして、自分がトラックにひかれるようなバカみたいな目に合うより、よっぽどマシ。
……そのバカが、今の私なんだけど。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
名前も知らない子供が、心配そうに私の顔を覗き込む。
大丈夫だよ、と嘘をつこうとしたけど、声が出ない。
遠ざかっていく意識の中、これはもうダメだなーというのが自分でもわかる。
やっぱり……慣れないことは……するもんじゃ……。
…………。
……。
○
あれ……?
まだ……死んでない?
やった……やった! やったやったやった!
「神様、ありがと――ん? どこ……ここ?」
飛び起きたら、目の前に天国っぽい光景が広がっていた。
地面はぜんぶ雲で出来てるし、遠くにはお花畑がどこまでも続いている。
空を見れば、羽の生えた天使っぽい人たちが、キャッキャウフフと楽しそうだ。
現実じゃとてもありえないような、幻想的な風景。
「え、これって――」
「ようこそいらっしゃいませ、星ヶ咲宵子さん」
いきなり背後から話しかけられる。
振り向いたら、すごく女神っぽいお姉さんが微笑んでいた。
羽が生えてて、白いドレスを着てて、びっくりするくらい美人で……うん、やっぱり女神にしか見えない。
「あの……もしかして、神様的な人ですか……?」
「はい、そうです! 死後の世界の管理を任されてます~」
死後の世界、と女神の人は言った。
やっぱり私、死んだんだ……。
ていうか、ほんとにいたんだ、神様。
「……私、これからどうなるんです?」
この天国っぽいところで、のんびり暮らせるのかな。
そうだったらいいんだけど。
女神の人は、ポケットから手帳を取り出して、中身をぺらぺらとめくり出す。
「えぇと……宵子さんの今後につきましては……」
「今後については?」
「…………」
女神は、ぱたんとノートを閉じた。
「えっと……きょ、今日はいい天気ですねぇ~」
「ちょっと待って! なんて書いてあったの!?」
「それは……見ない方がいいと思います」
女神の暗い表情からして、絶対にろくなことが書いてない。
地獄行きとか?
確かに神様とかバカにしてたけど、悪いことはしてないのに……。
そんな……。
「なんとかなりませんか……?」
一応食い下がってみる。
けど、なんとかなるわけないよね……。
「えっと……一応、抜け道はあります」
「ですよねー……って、え!? あるの?」
「はい」
すごいベタベタなやり取りをしてしまった……。
なんとかなるんだ。思ったよりチョロいな、天界。
「宵子さんは、異世界転生ってご存じですか?」
「異世界転生……? ネット小説でよくあるやつですよね?」
「そうです! その異世界転生です!」
それなら、なろうとかでよく読んでたけど……。
……女神がなんでそんなこと知ってんの?
「実はアレ、天界による宣伝広告なんですよ。ご存じでした?」
「……は?」
ご存じなはずがなかった。
っていうか、女神本人から聞いてなかったらアブない妄想として片付けるタイプの話だ。
「でも……なんでそんなことするんでづか?」
「それはもちろん、異世界転生する際の説明をスムーズに行うためです!」
それから女神のお姉さんは、天界が異世界転生をはじめた理由を語り始めた。
お姉さんの話によると、地球とは別のとある世界が魔王に滅ぼされかけているらしい。
だが、天界が直接手を出してその世界を救うことは、禁止されているらしい。
だから代わりに、地球の人間の魂を送り込んで魔王を倒してもらう“異世界転生”という方法が考案されたらしい。
異世界転生のやり方はどんどん洗練されていて、今は転生と言うよりは召喚……年齢はそのままに、強力な能力を与えてその世界に送り込むのが主流らしい。
「宵子さんも、ネット小説を読んでるなら、何すればいいかはだいたいわかりますよね?」
「まぁ一応……。要はよくあるアレですよね」
「そうです、よくあるアレです!」
女神のお姉さんは嬉しそうに言う。
確かにプロパガンダの効果はあって、細かい説明がなくても、大まかなことはすんなり理解できた。
要するに、魔王を倒せっていう話なんだろう。
もちろん私はそんなことするつもりない。
目指すはスローライフ!
日常もののアニメみたいに、田舎で美少女をはべらせて、ゆったり過ごすのだ。
う~ん、でも……なんか引っかかるような……。
……ま、いっか。
「では、宵子さんはこれから異世界転生をする……ということでよろしいですね」
「はい。それでオッケーです」
「では……契約完了です!」
突然、私の足下に魔方陣が展開される。
キラキラと輝く光が、私を包み込む。
いよいよ、転生が始まったらしい。
「あっ、そうだ宵子さん。転生者には特殊な能力を授けることになっているのですが……どんな能力がいいですか?」
えっ、待って、それ今聞くの!?
「えっと、じゃあ……なんかこう、チートで、最強で……ドカーンと火力のある感じで……」
「チートで、最強で、ドカーン! ですね。わかりました~」
あ、こんな適当でいいんだ。
ほっと胸をなでおろす。
ぶっちゃけスローライフするのに能力とかほとんど関係ないし。
なんでもいいよ、なんでも。
「さて……宵子さん、これでお別れですね。影ながら、ご武運を祈っております」
今や、身体はほとんど透けていた。
いよいよ転生も近いらしい。
「ありがとうございます、女神様。せっかく手に入れた第2の人生ですからね。存分に楽しんでやりますよ」
「その意気です。あ、でもお気をつけくださいね。これまで2万人近い転生者を送り込みましたが、まだ誰も魔王を倒してはいないですから」
そう、私は2万人の転生者たちの無念を背負って――
……ん? ちょっと待って。
「……2万人ってどういうことですか!?」
「あれ~、言ってませんでしたっけ。もうこれまで何人も転生者を送り込んでるって」
ずっと引っかかっていたものの正体が今わかった。
この女神の話を聞く限り……これまで異世界転生は、もう何度も行われているのだ。
わざわざネット小説でプロパガンダするほどに!
「で、でもネット小説だと、多くてもクラス一個分とかだったし、まさか2万人もいるなんて……」
しかも全員、まだ魔王を倒せていないのだ。どうも相当ハードな世界らしい。
そのことを教えてくれないなんて……この女神、うっかりにもほどがある!
……と、思ったら。
女神のポケットから手帳がぽとりと落ちる。
開かれたそのページには、「星ヶ咲宵子。転生先:地球/人間」と書かれていた。
あれ……? さっきは絶対に見せられない内容って言ってた気が。
でも、これって……。
女神はそれに気づかないまま、大げさな身振りで話す。
「ふふふ、やだなぁ宵子さん。なんでネット小説の話を鵜呑みにしてるんですか。まったくもう、うっかりさんなんですから」
あ……。こいつ、全部わざとだ!
よくある異世界転生小説がプロパガンダだとするなら……。
私がこうして勘違いしたのも、全部策略のうちなのだろう。
全部異世界転生の契約を結ばせるための仕込みだったんだ!
「このっ! クソ女神――」
文句を言ってやろうと思ったところで、目の前で光が弾けた。
どうやら、ついに異世界転生がはじまるらしい。
「行ってらっしゃいませ、宵子さん。あなたなら魔王を倒せると……わたし、信じていますから!」
どの口で言うんだ詐欺師女神!
「お……覚えてろよおぉぉぉぉ!」
絶対魔王とか倒さないからな!
ゆったりと……スローライフを楽しんでやる!