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雪女

 昼食を済ませ、着替え、家を出る。向かうは家から歩いて十数分のところにある大分古びた古本屋。くるぶしより少し上くらいまで積もった雪を踏みしめながら歩を進める。雪掻きしてある所としてない所の差がひどい。靴の中に雪が入ってきた。せめてブーツを履いてくれば良かった。


 転ばぬようゆっくりと慎重に歩いてたどり着いた古本屋『かラぅ』。木造で店構えは昔ながらの駄菓子屋に似ていて、そしてくたびれている。さて、入ってみるとしよう。引き戸をカラカラと開けた。

 本屋独特の臭いや雰囲気に襲われ包まれる。店内は意外というか、かなり綺麗だった。それでいて古本屋だと分かる色の濃くなった木棚や立て掛け式の木のハシゴ。戸を閉めれば外の音がほとんど聞こえなくなり、隔絶された空間にいるような気分になる。軽く見渡すが店員の所在が確認できない。出払っているのか、それともここの店はもう営業していないのか。入って大丈夫かと少し不安な気持ちで店の奥へと進もうとした。


「いらっしゃい」


 ビックリした。何にって? 目の前で声がしたことにだ。少し目線を下げる。私とちょうど頭ひとつ分小さい背丈の女性がこちらを見上げていた。顔が近い。その女性はゆっくりしていってねと言い店の奥のレジに座した。

 肩より少し長い黒髪のなかに白髪が混じった初老の女性を思わせるが、シワのない顔、首、手。端整すぎる顔立ちに血色が悪いように見えるほどの色白。瞳に光が差し込んでないような冷たさを感じる目付き、そして顔つき。人間味を感じない。妖しく、美しい。彼女を見て連想したのは、雪女。正直結構タイプだ。しばらくしてから気づいたが、服装が少し面白い。遠目に見れば白のブラウスに膝下まである黒のスカートなのだが、よくよく見てみれば浴衣のような着物ドレス。自作だろうか。面白いセンスをしている。


「私に何か用が?」


 ビックリした。いつの間にか目の前にいて、意識の外から声をかけてくる。この人の言動が目に追えない。存在しない何かに忍び寄られている気分だ。でもちょうどいいや。


「思い出せない話がありまして、内容がうろ覚えでタイトルも分からないんです。聞いてもらっていいですか? 長くなりそうですが」


 それを聞いたその女性は手招きをしてレジのところへ。私は手招きの通り付いていき、レジ奥側座敷部分、ちゃぶ台のところに彼女が座布団を用意していて、どうぞと言われそこへ座った。彼女がお茶を淹れ始めながら名前を聞いてきた。


「俺は大門春寅(だいもんはるとら)っていいます。大きな門に季節の春、十二支に使われている方の寅で大門春寅です。あなたは?」


秋川雪月(あきかわゆきづき)。よろしくね」


 濃いめの緑茶と花の形をした謎の茶菓子が出てきた。そして彼女はちゃぶ台を挟んで対面に座る。とりあえずお茶を一杯。さて、こっからどうしようか······


「昔々あるところに──」


 え? なんか急に始まった······




 昔々あるところに、年端もいかない女の子がいた。その女の子は、冬と共に各地を転々と移り住む移動民族の一人だった。

 ある時立ち寄ったとある村で、その村の同じ年の男の子を好きになってしまった。他の村の人も優しく、女の子はこの村が好きになった。なので長に、私一人だけでもこの村に留まりたいと願い出た。すると長が民族の秘密を教えてくれた。それは、この民族は冬の中にいないと蒸気になって消えるというものでした。

 ついに村を離れる時が来た。男の子が送別に来た。女の子は涙が止まらない。男の子が女の子に願いを聞き、その願いを強く思って欲しいと言った。女の子は、この村で君とずっと暮らしたい、と。


 男の子が目の前で土になった。


 女の子は冬以外でも生きられるようになり、ある年齢から見た目が変わらなくなった。


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