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最終章~オフィスブルドッグ

「え、玲美・・・この企画、マジか?・・・なんでこんなコンセプト・・・。」

「だからっ、薫。玲美のこと呼び捨てにするなっ!!」


グランドヒロセで話をしてから1週間後。

我がオフィスブルドッグで、香田蘭子さんと薫君こと葵のジョイントコンサートの企画打ち合わせが行われた。

出席者はうちの事務所のメンバー全員と、出演者2人の他、古田先生、そして蘭子さんのマネージャーと付き人の人・・・薫君は蘭子さんの事務所に所属しているから、マネージャーは兼務らしい。

そして、私の作った企画案に目を通した途端、薫君が戸惑った声を出した。

その声と表情で、やはり私の直感は外れていなかったのだと思った。


「薫君、何でいつもクラシックがメインなんですか?」

「・・・・・・。」


私の質問に、顔を強張らせ黙り込む薫君。


「それは、香田蘭子がクラシック専門なので、葵もその路線で行こうという事務所方針です。それに、こんな企画案では、香田蘭子のイメージが崩れます。」


私の企画案を渋い表情で見ていた年配のマネージャーが、代わりに答えた。


「でも、薫君。本当はジャズとか・・・タンゴが好きなんじゃないですか?この間、グランドヒロセのフレンチのお店で流れていたBGMで・・・ジャズやタンゴが流れた時に、薫君一瞬嬉しそうな表情をしてました。」


薫君は私の言葉に驚いた顔をした。

私の企画案は、薫君の演奏する曲は殆どジャズやタンゴで、蘭子さんの演奏部分は蘭子さんのCDの中でも人気のクラシック曲を数曲ピックアップして。

2人で協演は、『乙女の祈り』ともう1曲・・・ジャズ調の曲をもってくることにしたのだ。

戸惑う薫君をじっと仁さんは見つめると、いきなり立ち上がって奥のプライベートスペースへ入って行った。

一体どうしたのだろうと、様子を見に行こうとしたら、仁さんが譜面とバイオリンを持って戻ってきた。

そして。


「このバイオリン・・・親父が俺にくれたんだけど、お前にやる。ただし・・・このバイオリンでお前が好きな曲を弾くことが条件だ。『センチメンタルジャーニー』弾いてみろ。」


そう言って、薫君に年代物らしいけれど、手入れの行き届いたバイオリンを押し付けた。






ホールに響き渡る、熱いバイオリンの音色。

クールで真面目そうな雰囲気の薫君はもう、どこにもいなかった。

自分の好きな音楽を奏でる薫君は、とても魅力的で、情熱的で―――

頬を上気させ、髪を振り乱し、タンゴのテンポに体を揺さぶる彼は、観客の心をも揺さぶった。



「パッとしなかったけど、あいつ、これから人気がどんどん出るな~。」


舞台に立つ薫君を袖から見て、仁さんはポツリとつぶやいた。

薫君の手には、亡くなったお父さんのバイオリン。

結局、打ち合わせの席で薫君は・・・亡くなったお父さんが大好きでよく弾いて聴かせてくれたという、『センチメンタルジャーニー』を弾いた。

その音色はどこか懐かしくて、心に沁みるものだった。

その曲を聴いた後、蘭子さんが。


「コンサートの方向はこれで行くわ。真野さん、悪いけど、事務所方針より薫の個性を尊重したいの。この曲と、『乙女の祈り』は私にとっても思い出の曲だから・・・薫と協奏するわ。」


きっぱりと、マネージャーにそう言った。

更に、困った様子のマネージャーに、仁さんが手にしていた譜面を見せ。

驚くマネージャーに、薫君に書いた曲だけれど薫君の個性を無視するのなら、自分の曲は与えられないと言い、隠していた自分のペンネームを告げたのだった。





大喝采の中、薫君がアンコールに応えている。

そこへ再び、蘭子さんが登場し、会場は大歓声が響き渡り、ジョイントコンサートは大盛り上がりで終了した。

きっと、これで。

薫君は、活躍の場が増えるだろう・・・。





そして、コンサート前にあった出来事がふと思い出された。

祝電やメッセージが沢山届いているというので受付場所へ向かう途中、からかいの色を含んだ険のある声が聞こえて。


「あら~、愛美じゃない!?ここで何してるの?今日はエビの着ぐるみ着てないんだ~?」


その声に驚いて立ち止まったところを、気配がしたのか振りむいた愛美ちゃん。


バッチリと目が合ってしまった。

その瞬間、俯いた愛美ちゃんの表情は見たこともない弱々しいもので。


「愛美ちゃん!探してた!愛美ちゃんいないと困るんだからっ!」


気がついたら、そう言っていた。






「私ね?本当はミスエビ娘じゃなくて・・・ミスエビ娘予備軍、で・・・エビ娘の後ろでエビの着ぐるみ着て踊ってただけなんです。しかも、アシスタントなんてやっていなくて。着ぐるみ着ているから一言もしゃべってないし。さっきの子は、ミスエビ娘で・・・それに、火野先生と出あったのもナンパじゃなくて・・・所属してまもない事務所から、AVビデオに出演させられそうになって・・・現場に行く途中、もめている時に助けられたんです。本当に、火野先生には感謝してます。」


そういう事情だったんだ。


さっきの険のあるミスエビ娘がいなくなって、一緒に祝電やメッセージの整理をしていたら、愛美ちゃんがそう告白してきた。


「そっか・・・。」


なんとも言いようがなくて、頷くのが精いっぱいだった。


「私・・・タレントなんて無理なんだろうな・・・。」


ポツリと吐かれた、本音・・・。


だから、私も嘘はつけないと思った。


「蘭子さんを見てると、確かにオーラがあって・・・ピアノの実力プラスそのオーラで、あの地位にいるのだと思う。でも、実際は・・・物凄い努力と、ピアノに対する熱い気持ちがあってのことなんだよ。熱い気持を保ち続けるってことは、並大抵のことじゃないと思う・・・それが、表に立つ人かどうかの、分かれ目だと・・・私は思う。私は、愛美ちゃんが地元のテレビ番組にアシスタントで出ていたって聞いて、愛美ちゃんの滑舌の良さや綺麗な喋り方に納得してたんだけど、さっき実は一言もしゃべってなかったって聞いて・・・それでも、凄く陰で努力してたんだって思った。それって、熱い気持ちがあったからでしょう?」

「はい・・・いつか、そういうチャンスが来た時に生かせるようにって思って、練習していました。いえ・・・今もしています。」


やっぱり、と、思った。


「人間だもの、気持ちが揺れることなんて沢山あるよ。でも、諦めたらそれで終わりだよ?他にやりたいことがあるなら別だけど・・・愛美ちゃん、努力は人を裏切らないよ?」


私が自分の今までを振り返って、思う事を伝えた。

そう、ピアノで頑張ってきたからこそ、今があるのだから。





古田先生の乾杯の音頭で、打ち上げ会は始まった。

場所は、何故か蘭子さんの希望で、オフィスブルドッグ。

隣の焼肉屋はマスコミに叩かれ撤退し、その後に改修をして、ブルー珈琲店がオープンした。

知らなかったけれど、どうやら隣の建物は私の実家の犬塚土地開発の物件だったらしい。

だから、頻繁に仁さんのお祖父さんもよく事務所に顔を出すようになり。

仁さんの顔を見たいのは勿論だけれど、コー君の事も心配なようで。

コー君のご両親は他界していて、お祖父さんがコー君の親代わりなのだ。

今日の打ち上げの料理はブルー珈琲店からの差し入れだ。

コー君は、ブルー珈琲店の食パンが好きらしく、キッチンへ行ってトースターで焼いている。

そんなコー君を見ながら、仁さんのお祖父さんは嬉しそうに私に話しかけてきた。


「玲美ちゃん、浩二のことでは色々ありがとう。玲美ちゃんと出会って、浩二は随分変わったんだ。ずっと家に閉じこもったままの生活なんじゃないかって、思ってたからな。」


お祖父さんの言葉で、私は真夏に真っ白なウインドブレーカーにビニール手袋、大きなマスク姿のコー君に、我慢大会をしているのかと聞いた時のことを思い出した。

周りがばい菌だらけだからこうしないと自分が汚れるというコー君に、汗をかく方が汚いと思うし汚いものが体の中に入るのはダメかもしれないけど、体が汚れたら洗えばいいんじゃないか、その方が綺麗を保てる、と持論をぶつけたのだった。

だから、マスクはわかるけど、こんな真夏にウインドブレーカーとビニール手袋はしない方がいい、自分の部屋に入る前に綺麗にすれば良い事じゃないか?と確か言ったんだった。

そこまで思い出して、先日のコー君宅訪問の事を思い出した。

そうか、あの入室前の地獄のような儀式は、私が原因だったんだ・・・。

納得した私は、自業自得という言葉を頭に浮かべながら、お祖父さんを見た。


「いえ、コー君は・・・変わっていないですよ?」

「え、そうか?」


まあ、衛生面に厳しいこともそうだけれど。


「コー君は、昔から優しいですし誠実です。人の話に耳を傾ける素直な気持ちもあります。」


そう言うと、お祖父さんが肩を震わせ、もう一度ありがとう、と小さな声でそう言った。


「じいちゃん、玲美にあんま近づくなよ~。玲美~、じいちゃんこう見えてもエロジジイだから~気を付けろ~♪」


また変な節をつけて、くだらないことを言いながら仁さんがやってきた。

左手に持ったサンドウィッチの皿を私に差し出す。


「何も、食べてないから腹減ってるだろ。」


私は差し出されたお皿を持つ仁さんの薬指が目につき、そこに嵌められている可愛らしい私とおそろいの指輪を見てまた噴き出した。


「なんで、結婚指輪見て笑うんだ?ここは、うっとりするところだろー?」

「だって、仁さんやっぱり、ちょっと問題あると思うよ?指輪、来月の式の前にもう一度ちゃんとしたのを買いなおそうよ?」

「ちゃんとしたって、何だよ?この指輪だって、プラチナだぞ?」


鼻息荒く私の言葉に反論する仁さん。

いや、確かにものはプラチナで、お値段もいいものだったけれど・・・。

流石に、マリッジリングにキテ●ちゃんは、ない、と思う・・・。

確かに可愛いけど、これ、女性もので・・・仁さん指細いから女性ものの13号でOKだったけど。

キテ●ちゃんがリンゴを抱えているデザインで、そのリンゴをかたどって小さなルビーが埋め込まれていて・・・どう見ても男性ものには見えない。

まあ、仁さんの外見とゆるキャラで、妙にマッチしてはいるけど。

いや、キテ●ちゃんの指輪うっとりと眺めてもいるけど。

ちょっと、その顔が可愛いとも思うけれど・・・。

はあ。

私はため息をつくと、仁さんを見上げた。


「その、リング気に入ってるの?」

「もちろん!」


まあ、気に入っているのなら、いいか・・・とあきらめたのは、これ以上突っ込むと拗ねかねないとも思うからで。

そんな私たちを、見ているお祖父さんの嬉しそうな顔も、そう思える原因のひとつで。

皆が嬉しいなら、それでいいかと・・・そう、皆が嬉しいならそれでいいかと思ったのだけれど。

これは、ちょっと・・・。


「だからっ、やっぱり、入籍だけじゃなくて。ちゃんと式も挙げたくなったのっ。でも、どこも予約しないと駄目でしょう?すぐには披露宴までは無理だって言われちゃって。だから、披露宴の招待客の人数変更まだきくっていうから、私たちもあんたたちの結婚式と披露宴に便乗させてもらおうと思って。私たち招待する人は呼んだらキリないし、うちわで済ませるつもりだから。あんたたちとカブるでしょ?1回で済むから、いいじゃない?あー、費用は古田さんが持つから安心して?」


勘弁してほしいと思ったけれど。

蘭子さんはやっぱり仁さんの母親で、血がつながっていると実感した。


「玲美ちゃんがOKしてくれて・・・あ、仁も説得してくれたら・・・愛美ちゃん?あのコを私の・・・というか、うちの事務所にコンサートの司会役でスカウトするけど?今日のジョイントコンサートで、最後に古田さんの私と薫にあてたメッセージを飛び入りで朗読してくれたでしょ?すごく良かったし。まだ勉強してもらわないといけないけど、あのコ結構いいものもってるわよ?・・・どうする?」


落城は、目に見えていた・・・。







蘭子さんと薫君のジョイントコンサートから半月が過ぎた。

薫君は、小さいながらもライブやコンサートを精力的にこなしていて。

仁さんが作曲した曲が話題になっていて、現在レコーディング中だ。

先行予約も殺到しているらしく、今からヒット間違いなしという状況だ。




「それで、お2人のなれそめなんですけどー・・・やっぱり、古田先生のおうちなんですねー?」


愛美ちゃんが再来週の私たち・・・と、蘭子さん古田先生の結婚披露宴の司会を務めるため、打ち合わせ中だ。

といっても、蘭子さんは今日は京都でコンサートなので、私と仁さんと古田先生の3人だけども。


「そう。玲美が俺に、じいさんから『ブルドッグに俺は似ているか?』って、訊かれて困って俺に相談してきたのが、最初話したきっかけ。」


仁さんが、懐かしそうな顔で私を見る。

そう・・・あれがすべての始まりだった。

仁さんの、嘘はいけないという言葉に・・・私は仁さんが好きになったのだ。


「あはは、やっぱり、ブルドッグがここでも鍵なんですねぇ。やっぱり、社名にするだけありますねぇ。」


いや、愛美ちゃん・・・今、仁さん良い事言ったんだけど・・・。

だけど、やっぱり、愛美ちゃんか。

少し綺麗になって生き生きとしている愛美ちゃんを見つめると、とても嬉しい気持ちになる。




「ありがとうございました。こんなところで、結構です。」


メモを取り終え読み直したあと、愛美ちゃんは笑顔で私たちに頭を下げた。

その仕草も、随分と洗練された・・・。

手早く帰り支度を始めた愛美ちゃんに、少し寂しさを感じ。


「コーヒーでも淹れるよ?キャラメルマキアートもあるし。それに、あと30分くらいしたら、洋介さんも来るし・・・。」


そう私が声をかけると、愛美ちゃんは少し切ない顔をした。

でも、すぐに笑顔になって。


「今会っちゃうと決心がぐらつきそうなんで。帰ります!火野先生によろしくお伝えください!」


そう言って、元気よく立ち上がった。

愛美ちゃんが蘭子さんの事務所に移ることになって、洋介さんとは別れたようだ。

愛美ちゃんが頭をさげ、出口へ歩き出した、その時。


「ブルドッグは・・・復活とか、リベンジの意味で仁はつけたんだ。」


穏やかな声で、古田先生が愛美ちゃんの背中に語りかけた。


「え?」


愛美ちゃんが振り返った。

仁さんが、静かに言葉を続ける。


「俺もバイオリンを挫折して。コーだって親の・・・ネグレストの結果こんなんだ。玲美だって、家の事情で親とは疎遠でじいさんとこに子供のころから入りびたりで。愛美ちゃんだって、タレント事務所のトラブルで、ここへ来たんだろう?・・・だから、この事務所の名前は、挫折したものがリベンジするって意味でつけたんだ。」

「そう・・・なんですか。」


驚いた表情で、愛美ちゃんが頷いた。

私は、愛美ちゃんの側へ行き背伸びをして、頭を撫でた。


「頑張ったね?愛美ちゃんは復活を遂げたんだよ。だけどね、また挫折したらやり直せばいい。いつだっておいで?ううん、挫折してなくたって、いつでも顔見せて?いつでもここにあるから。『オフィスブルドッグ』は。」


私の言葉に、愛美ちゃんは目を潤ませたけれど。


「ありがとうございます!」


と、笑顔を向けてくれて帰って行った。

その笑顔は、私が一番望んでいるもので。

表舞台より裏方を選んだ私は、こういう笑顔が見たくて。

この笑顔を見ることができた時、心の底から喜びが湧き上がってくる。




飛び切りの笑顔の余韻に浸っていたが、ふと、気になったことがあった。


「仁さん?」

「んー?」


薬指のキテ●ちゃんのリングをニヤニヤしながら見ている、気持ち悪い仁さんから目を思わずそらしたながら質問してみた。


「皆、挫折してるっていってたけど・・・洋介さん、恋愛が長続きしないことが挫折なの?」


それは、複数同時進行という、ムチャな行程を組んでいるからで・・・自業自得とも思えるんだけど。

と、冷めた気持ちで質問したのだけれど。


「あー、あいつね・・・マザコンなんだよ。」

「はっ!?」


全然思いもよらない答えが返ってきた。


「マザコン・・・ていうか・・・あいつ精神やられててさ・・・お袋さん、結構美人なんだけど男運悪くて、あいつの親父さんが亡くなってから、結構苦労続きで。あんまり詳しくきいてないけど、壮絶な感じだったらしくて・・・あいつが支えて頑張ってたみたいなんだけど。あいつが高校入るときに金持ちのじいさん捕まえて、お袋さんあっさり幸せになっちゃったらしくて。で、そこからあいつちょっと壊れてなー。高校から一緒だったんだけど、そりゃあもう・・・女に走って。でも、不幸な女しかダメで。それが上手く、不幸な女捕まえてくるんだよ・・・あ、だけど、皆、人間的にはいいコなんだよなー。あいつそこだけは、見る目あるんだよ・・・まあ、色々あって、現在に至るんだけど。愛美ちゃん、結構上手くいくかと思ったけどな・・・あいつがああ見えて一番苦しいんだよ。そこらへんわかってやって?」


思いもよらない洋介さんの話に、私は如何に思いやりがなかったか・・・反省した。

何事も、起きた事柄だけが真実ではないし、必ずその裏には人の気持ちが隠れているのに・・・。

洋介さんが帰ってきたら、洋介さんの好きなブラックコーヒー率先して淹れてあげよう。





「ちーす!・・・あ、遠慮しなくていいからねっ!?入って入って?」


丁度話題に上っていた、洋介さんがやってきた。

なんか、滅茶苦茶明るい・・・。

で。

その後ろに続く、リクルートスーツ姿の女性は誰だろう・・・。

顔立ちは悪くないけど・・・痩せていて、顔色が悪くて、滅茶苦茶辛気臭い。

何となく、嫌な予感がするけど・・・。


「あ、仁。このコ、藍ちゃんっていって。大学出て就職浪人5年目らしいんだけどー。何か、就職試験にまたオチて落ち込んでたところにばったり会っちゃってー。ほら、愛美ちゃん辞めたから、とりあえずバイトなら、って連れてきたんだけどー。」


やっぱりか・・・。

仁さんが立ち上がって、藍さんのところへ行った。


「藍ちゃん?俺、ここの事務所の代表で、青井仁っていうんだけど。フルネーム教えて?」


優しい声で、仁さんが尋ねた。

のだけれど。


「・・・・・。」


答えない・・・。

えーと、新しいパターンだな。

だけど、洋介さんが猫なで声で、大丈夫だよ?と優しく声をかけるパターンは・・・おきまりで、見飽きている。

私だったら、胡散臭さが鼻に着くと思われる優しいく背中を撫でるボディタッチも――

はい、もうここで・・・どんなに、思いやりがないと思われようと。

私は、優しく自主的にブラックコーヒーを淹れることはできなくなった・・・。

洋介さん、やっぱり無理です・・・。


だけど、藍さんにはそれが有効だったらしく。

藍さんが頬を染めて、洋介さんに頷いた。

上目づかいで。

だから、どこに頬を染める要素があるっていうのか――

はあ・・・。

ブルータス、お前もか・・・と、言いたくなったけれど。

藍さんがそれで、ようやく口を開いた。


「・・・ぉ・・ぉぃ・・ぁぃ・・・で・・・す。」


声、ちっさ!!

そりゃあ、就職活動上手くいかないよね・・・。

だけど――


「うん、大井藍ちゃんだね。よろしく。」


仁さんが、笑顔で採用を決定した。

藍さんが、信じられないという顔をした。

だけど、ここは・・・復活の場所――


だから、私も。


「藍さん、これからよろしくね?・・・ようこそ『オフィスブルドッグ』へ――」





【完】






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