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2、限界の・・・仁

仁の行動、性格に問題がありますが、このお話は完全にフィクションです。ご理解ください。

「あのー・・・。そう言う事だったんですね!納得です!」


まだ玲美とは別れていないとふざけた事を島田と言う奴が答えた直後、またインターホンが鳴り、古田のじいさんが予定より早くやって来たのだった。

そして、とうとうソワソワしていた愛美ちゃんが我慢も限界のようで、口を開いた。


「納得って、愛美ちゃん、何?」


洋介が、キモいくらいの優しい声で聞いた。

って、こいつ、相変わらず可哀想な女が好きだよな。


可哀想にも色々あるが。

愛美ちゃんの場合・・・身の程をわきまえられない、可哀想さだ。

若いうちにはありがちな事だけれど、愛美ちゃんの場合それが度を超えている。

それは初対面の時からわかっていて、まぁ、面白いから雇ったわけだけど。


「え、だって。前からこの事務所の名前変だって思ってたんですけどー。このおじいちゃん、所長と犬塚さんの先生なんですよね?だから、先生の顔がブルドッグに似ているから、『オフィスブルドッグ』ってつけたんですよねー。あー、わかってすっきりしたー。」


ぷ・・・これだ。

愛美ちゃん本人は分からなかった事が分かって上機嫌だが、古田のじいさんって、業界では有名な大先生なんだけど?

しかも、滅茶苦茶厳しく、プロ相手にもニコリともしなくて。

だけど、指導力は抜群で、コンサートやレコーディングなどの前には調整してほしいっていう人が後をたたないくらいの実力者だ。

ということでこのじいさん、業界ではかなりの重鎮なんだけど。

ほら、特にビビリの洋介固まってるし、やっぱ面白れぇ。

玲美なんか、あわあわしてるし。

いや、あわあわした玲美も、食べちゃいたくなるくらい可愛いけど・・・。

あ、島田も・・・考えたくないけど、玲美と付き合ってたんだからじいさんの事は知ってるみたいで、こいつも固まってやがる。

うー・・・何か、それだけでムカついてきた。

ていうか、八つ裂きにしてやりたい感じ?


「・・・・・・・・。」


あ、いい事考えた~♪


「ちょ、ちょっと・・・愛美ちゃん、そんな事言っちゃだめだよ。ふ、古田先生――「えっ、古田先生っていうんですか?・・・ぶぶっ、本当にそのまんま、ブル――「愛美ちゃん、ほんと黙ろう!」


いや、だけど。

ここまで空気読まないって、すげぇな、愛美ちゃん。

洋介に口を押さえられて、まだ不満そうな顔をしているけど。


「ふ、古田先生・・あの、愛美ちゃんはまだ事務所に入ったばかりで、よくわからなくて――「俺は、そんなにブルドッグに似ているかなぁ・・・玲美?」


ニヤリと笑いながらじいさんが、必死に取り繕おうとしている玲美の言葉を遮って訊く。

あーあ、絶対にじいさん面白がってんな。

似てるのに、似てねぇって言わなきゃいけない正直な玲美の反応が見たいだけだろ。

本当に、玲美からかって遊ぶの好きだよな・・・って、じいさん玲美のこと滅茶苦茶可愛いんだもんな。

何が気に入ったのかわかんないけど、子供のレッスンなんて、じいさん普通受けないのに。

いくら近所だからって玲美は普通のピアノ教室の様に習いにきていて、最初会った時は、本当に吃驚した。

しかも、レッスンの時は誰に対してもいまにも噛みつきそうなブルドッグ面なのに。


「うん、上手に弾けたなぁ。じゃあ、もう少し今度はゆっくり弾いてみようか?さっきつっかえたところ、ちょっと注意しような?」


って、信じらんないくらいニコニコして、優しい声でレッスンしてた。

最初は、顎が外れるくらい吃驚したんだけど。

玲美のことを本当の孫の様に思ってんだって、そのうち理解した。

・・・って、それが厄介なんだけど!

でも、まあそれも約束の年月とうに越しているから、そろそろ実行してもいいころだろうし・・・。


「え、えーと。に、似てません!先生とブ、ブルドッグなんて・・・髪形も違うし、髭も…そ、そりゃぁ、シワとか・・・たるんでるところはありますけど。め、目も、ちょっとギロッとして、ちいさくて・・・ちょっと間が離れてますけど・・・えーと鼻も・・・・うーん・・・・。」


ほらな、玲美・・・否定しているつもりがだんだん肯定の方になってきて・・・笑える。

仕方がないから、助けてやろう。


「うん、似てないよなぁ。最近はじいさん、シワが増えてブルドッグっていうより?パグっぽくなってきたし。ブル田じゃなくてパグ田って呼んだ方が――「仁さん!!」


玲美が慌てて、俺を遮った。

その慌てぶりが笑える。

じいさんも、ゲラゲラ笑っている。

まあ、玲美が元気か見に来たんだろうから、少し安心したか・・・。

だけど、ホッとしたのもつかの間。


「あー、パグにも似てますよねー。」


愛美ちゃんが、また自由発言をした・・・。

しかも良く通る声で。

どうやら、洋介に自由を奪われて、限界だったらしい・・・。

ていうか、愛美ちゃんの自由発言に、引きつった玲美の顔が可愛い!

てことは。

愛美ちゃんの自由発言も、ナイスってことだよな。

やっぱ、愛美ちゃんを雇って正解ってことだ。


「あー、そうだ。古田先生。俺、マドレーヌ焼いたんですけどー、食べませんか?今、皆でおやつタイムだったんですけど、1個あまっちゃって。よかったら、どうぞー。」


俺が突然、洋介の所にあったマドレーヌの乗った皿を持ちあげそう言うと、玲美が固まった。

ぷ、固まった玲美も可愛いよな~♪

洋介も顔をひきつらせてるけど、愛美ちゃんの口を押さえるので必死だし。

で、当の古田のじいさんは。


「いらん。お前、俺が甘いもん食わないのに、わざと言ってるだろ。」


肩眉をあげて、俺をジロリと見た。

案の定、俺が何かを企んでいるって、思ってんだろうな。

大体、いつもはじいさんって呼んでるのに、古田先生なんて俺が呼ぶから怪しんでいるし。

俺は、内心ほくそ笑んで、島田を見た。


「じゃあ、よかったら島田さん召し上がりませんか?コーヒーを飲みながら話をしましょう。コー、悪いけどコーヒー淹れてくれる?」


絶対に、玲美が淹れたコーヒーを島田に飲ませてたまるか!

そう思って、コーに頼んだ。

玲美が慌てて俺を止めようとしたが。


「玲美、楽譜出来てるか?」


と、すかさず口をはさんだので、玲美の意思を阻止してくれた。

じいさんは、訳ありマドレーヌを俺が島田に食べさせたいんだと瞬時に悟ってくれたらしく、しかも玲美がらみで奴が招かねざる客だとも理解したようで。

俺の希望通りの行動をしてくれた。

相変わらず、策士だよな・・・。



「いやー、旨いですね。このマドレーヌ。手作りなんですよね?」


本来謝罪に来た目的を忘れたかのように、洋介が手をつけなかったマドレーヌを、旨そうに島田が完食した。

玲美と洋介は固まっている。

そして、流石の愛美ちゃんも言葉が出ないらしい。

コーは平然と、島田の様子を見ているし。


「玲美、楽譜はこれでOKだ。もらっていくぞ・・・そうだ、そちらの方。後から来て悪かったな。こちらの用事はこれだけなんで。気にしないで話をしてくれ。玲美、悪いがもう一杯コーヒー淹れてくれ。」


そう言ってじいさんは、チェックした楽譜を打合せテーブルの上にポンと置くと、老眼鏡を外し、目をこすった。

じいさんの言葉に島田はハッとして、コーヒーカップを慌てて戻すと頭を下げた。


「本当に、色々ご迷惑をかけたようで、申し訳ありませんでした。今までも最善の注意を払うよう店の方へは本部から指導をしていたのですが。今後は気をつけて――「今後は気をつけて、って言われましても、今日で3回目です。いくら善処してくださいと言っても、とりあっていただけないようで。今更、親会社の方が頭を下げに来られても、こまります。今までお宅の店からの被害で害虫駆除を7回も行っているんです。先月オープンといっても、今日まででまだ30日にも満たないんですよ?それでこの状況ですか?やはり、一度保健所に相談をさせていただきます。」


余程うっぷんが溜まっていたのだろう、コーが島田にくってかかった。

そして、『保健所』というワードが出た瞬間、島田の表情が変った。


「いや、本当に。うちは衛生面では徹底しているんですよ?害虫駆除も定期的にしていますし。こちらとしてもご近所のご協力なしには営業が成り立たないと思って、一応謝罪に訪れたのですが。はっきり言って、申し訳ないですが、害虫が出たっていわれますが・・・うちの店からの虫だとは限りませんよね?虫に名前が書いてあれば別ですけど。それなのに、いくらなんでも保健所に連絡は酷いんじゃないでしょうか?それだけで、うちは営業停止ですし。オープンしたばかりなのに、そんな状況になったら店の評判はガタ落ちです。」


なんか、滅茶苦茶腹が立ってきた。

だから、駆除した日にうちに害虫が飛び込んできたんだろう?

コーの話によると、Gが大量にうちに出現した今まで3回、全部隣の焼肉店が定休日の日で、薬による駆除を行っていた日だろう?

駆除するならするで一言断ってくれれば、こちらも害虫が侵入しないようにあちこち防御したのに、そういう気遣いもない。

いや、1回目の時にそれを言ってあったはずだし・・・なんだ、コイツ!と思っているのは俺だけじゃなく。


「でも、現に。害虫が出たのって、そちらのお店がオープンしてからですよ!?それに、全部定休日の駆除の日です!それまでこちらはそんなもの1回も出たことなかったし!!」


コーが青筋を立てながら、島田に訴える。

だけど、島田は証拠がないだろと言わんばかりの調子で平然とした態度で。


「たまたま、ではないでしょうか。」


その言葉に、最初にキレたのは、愛美ちゃんだった。

古田のじいさんから話がそれて、漸く洋介が愛美ちゃんの口を塞ぐのを止めた直後で。


「偶々って?あなたは、本当に側でアレが出現したのを見ていないから、そんな冷静なんじゃないですかっ?一度、間近で見たらどれだけショックか!あんなに沢山!!それに・・・見ていなくたって、そこら辺を私達がいない時に・・・歩き回ったとか考えたら、気持ち悪くてっ・・・で、それを知らないで触ってたとか、食器に口をつけたとかっ・・・そんな事を想像したらたまらないんですよっ!わからないんですかっ!?」


愛美ちゃんにしては、珍しくまともな事を言ったな。

まあ、Gに相当ショック受けてたもんな。

本当に苦手なんだよな。

だけど、島田はそんな相手の気持ちも考えず、自分の利ばかりで穏便にすませようとする魂胆が見え見えで。


「それは・・・神経質すぎませんか?見てないものまで、考えなくても・・・見てないのなら、そんな事ないかもしれないじゃないですか。何も、むりやり可能性を考えなくても・・・それに万が一そんなことがあっても、少し位大丈夫ですよ。少し心配症すぎませんか?」


島田が、誠意のかけらもない勝手な言い分を唱えた。

へぇ・・・少し位大丈夫、心配性すぎ、ねぇ。

島田の言葉に空気が皆の怒りで凍る中、俺は冷静な態度で質問をしてみた。


「島田さん、少し話は飛びますが。島田さんは3秒以下って、長いと思いますか?それとも、とるに足らないわずかな時間だと思いますか?」


愛美ちゃんやほかの奴らの上がったボルテージとは随分かけ離れた俺の質問に、島田は怪訝そうな顔をしたが。


「は?3秒以下なんて僅かな時間じゃないですか。あるかないかわからない位の。」


と、答えた。


「そうですか。よかったです。心配性ではない島田さんは、ラッキーです!」


俺はにっこりとほほ笑んで、島田にそう言った。

途端に、俺以外のやつが噴き出す。

その様子に怪訝な顔をした島田は、これからの対策案と改善案を示し、そそくさと帰って行った。

そして、直ぐにコーが立ち上がり、島田がいた辺りをアルコール除菌スプレー片手に拭き掃除を始めた。

今日ばかりは、コーの綺麗好きが役に立っていると思った。







「流石に、旨い肉だな。」


じいさんのくせに、デカい神戸牛のサーロインを旨そうに頬ばりながら、咀嚼するその顔は・・・やっぱり、老犬ブルドッグだよな。


「そりゃ、値段が値段だし。じいさんのおごりだと思うと、なおさら旨いし。」


俺の言葉に、古田のじいさんが片眉を上げた。


「何だと?今日は、お前のおごりだろ?いつも仕事頼んでやってんだからな。接待だ、接待。しかも俺は株主だぞ?」

「なーに言ってんの。しけた楽譜の清書の仕事ばっかで。接待するほど儲けさせてもらってないしー。株主だって頼んでないのに、株主になってやるって言ったのそっちじゃん?それに、今日は何が何でも、じいさんにはお祝いしてもらうんだから。」


前々から思っていた事を、島田の出現で一気に実行する気になったのだ。

だから、善は急げってことで。


「祝い?・・・何の祝いだ?」


ステーキを旨そうに頬張る玲美を、俺はチラリと見てほほ笑んだ。

そして、もう一度古田のじいさんに背を正し、向き直った。


「約束の5年は過ぎた。もう、6年だし。俺ももう限界の域に達してるし・・・そう言う事だ。」


 俺がそう言うと、じいさんは少しムッとした顔をし、玲美もそうなのか?と訊いた。

 突然話をフラれた玲美は、口に入れた肉で片頬を膨らませたまま、キョトンとして首を傾げた。

 って、それも可愛いんだけど!!

 ブルドッグにそんな顔見せる必要ないと思うけど?・・・といってやりたかったけれど、話がややこしくなるので我慢して。

 ただ、現時点の状況を説明する事にしたんだけど。


「じいさん、まだ玲美には話してないから。」


 と、言った途端。


「ぶっ。おまえっ・・・それじゃ祝うものも祝えないだろっ・・・クククッ・・・アホだなぁ・・・ハッハッ・・・。」


 じいさんが噴き出し、俺を呆れた目でみやがった。


 ふん。

 まだ玲美には話していないけど、絶対に今日、玲美を俺のモノにするって決めたんだから、笑うことないだろっ。

 だけど、ひとしきり笑った後、じいさんが。


「まあ、健闘を祈って、今日はおごってやる。」


 と、恩着せがましく言ってきたけど、初めからおごらせるつもりだったし・・・しかも、無理だろって思ってるだろうし。

 だから、見てろよ!・・・って心の中で叫んだら。


「仁さん、何の話ですか?」


 と、タイミングよく玲美が聞いて来た。

 よし、と思って話をしようと思ったら。


「玲美、男は慎重に選ばないとダメだぞ。」


 なんて、水をさすようにじいさんが余計な事を言い出した。

 俺は慌てて、言葉を挟もうとしたのだが。


「あ、さっきの裕の事ですよね・・・。」


 と、玲美が島田のことをじいさんが言っているのだと勘違いした。

 しかも、裕って・・・呼び捨て。

 すっげぇ、ムカついた。

 やっぱ、ラッキー7マドレーヌだけじゃ、気が収まらない・・・。

 俺は、ギリリと奥歯をかみしめた。

 見れば、じいさんがからかうようにそんな俺を見ていて。


「いや、あの男に限らず、これからの事もだ。だけど、あいつと付き合っていたのか?もしかして、高校の時、親から紹介された相手か?なんだっけ・・・ああ、『マリン・・・パーク・・・なんだ?カーニバル・・』だったか、何とかで、優勝したとかっていう、訳のわからない男か?」


「先生、『マリン・パール・コンテスト』です・・・そうです、彼がその人です。」


 じいさん、やけに詳しいじゃんか。

 まあ、コンテストの名称はかなり間違ってたけど。

 まあ、そんなコンテスト聞いたことないもんな・・・。

 だけど、その後に続いた玲美の言葉に、本当に急がないとまずいと思った。


「実は・・・大学を卒業してからほぼ絶縁状態になってる両親から、この所何度か留守電で連絡が入っていたんですが。裕の方と一度連絡をとれって。さっき、裕からもそんな事を言われて・・・。」


 困ったような顔で、玲美が俯いた。

 気が強くてキレると途端に口調が荒くなる玲美は、俺と初めて出会った時は自分の意見をあまり言わない、内気な我慢強い子供だった。

 当時4つ上の兄に重病が発覚し、両親はその兄に掛かりきりだった。

 事情が分かっている玲美は1人で家にいることが多くても、仕方がないと我慢していた。

 そんなある日、いつもは通らない近所の一本奥の道に入り、古田のじいさんの家の前を通りかかった。

 本当に偶然、古田のじいさんのピアノを聞いたそうだ。

 聞けばその兄は出来が良く、その上ピアノを習っていて・・・とても上手で将来有望視されていたらしく・・・。

 丁度病気が発覚する前、次のピアノの発表会用に練習していた曲だったそうで。

 内気な玲美が、じいさんの家に飛び込んで、ピアノを習いたいと窓越しに頼んできたそうだ。

 そこでの細かなやり取りは知らないが、じいさんは有名人で、玲美の両親も普段は絶対に素人やまして子供なんかには教えないという古田のじいさんに習えるという事態を喜んで、玲美はすぐにじいさんの弟子となったのだった。


 丁度その頃、俺は・・・事故で、左肩と鎖骨の複雑骨折をし、将来有望視されていたバイオリニストへの道をあきらめなくてはいけなくなって―――

 親父は早くに亡くなり、もともと自由奔放な芸術家肌のピアニストのお袋は、どんどん荒れていく俺を持て余し。

 お袋の知り合いという、古田のじいさんの家に強制的に下宿させられるという事態になって・・・つまりは、厄介払いだ。

 俺の兄弟達は出来がよく。

 現在、兄貴は親父と同じ教師になり、年子の弟は、バイオリニストとして一昨年デビューした。

 ま、イマイチパッとしないが、親の期待通り努力して、プロになった。

 俺とは違い努力を惜しまない、まっとうな性根の2人・・・そう思って、益々不貞腐れていた時に、玲美と出会ったのだった。

 小学校2年生の玲美は人形のように可愛くて、内気なくせに実は気が強いという内面があった。

 男兄弟だけの俺は玲美が一目で気に入り、妹のように滅茶苦茶可愛がった。

 玲美の家の事情を聞いて、自分と同じように放りだされたんだと、何故か仲間意識も相まって、玲美の世話を自然とやくようになった。

 もう、それは可愛くて、可愛くて。

 世話をやく、というより・・・構いまくった。

 じいさんが忙しいから、普段は玲美のピアノを教えてやったり、宿題を見てやったり、一緒に遊んだり、飯を食ったり、風呂にも入れてやったり。

 実は甘いものが好きだって分かってからは、俺が手作りのおやつをよく作ってやった。

 まあ、それからスイーツ作りが俺の趣味になったんだけど。

 で、結果・・・荒れていた俺の心もいつの間にか治まっていて、つまりは俺の心の隙間を玲美が埋めてくれたのだ。

 一応ピアノは習っていたが、それはまあ、じいさんの所へ預けられる口実みたいなもんで。

特に、バイオリンのような情熱はピアノに持てなかったが。


「仁お兄ちゃんのつくったお歌、すごーく面白くて好き!もっと作って!」


 なんて、玲美が言うもんだから・・・俺はいつの間にか、曲を作ることに魅力を感じるようになっていた。

 じいさんはそこら辺よく見ていて、俺にとっていいように指導をしてくれた。

 で、段々とあちこちで賞をとったりと結果が出るようになって、じいさんの勧めもあって、大学の専攻は作曲科を選んだのだった。

 俺は、そんな事で何とか自分を立て直したのだが。

 玲美は・・・本当に良い子で。

 でも、我慢しているんだと暫くして気が付いた。

 実際、ストレスが溜まってチック症状が出たりして・・・かなり心配した。

 それで、考えた挙句、荒療治をすることにした。

 腹が立った時は、はっきりと相手に伝えろとか、言われっぱなしじゃ駄目だとか。

 結構悪い言葉で、啖呵の切り方も教え・・・結果、随分気の強い性格になったけれど、チック症状は暫くしたら出なくなった。

 でも、古田のじいさんの前だと、以前の内気な玲美に戻る。

 って、いうのも・・・一番古田のじいさんに甘えているって事なんだよな。

 かなりムカつくけど。

 だけど、俺だって、結局・・・何でも言いたい事を言って、わかってもらえる人って言ったら、古田のじいさん、なんだよな・・・。


 結局、俺も玲美も・・・古田のじいさんに救われたわけで。

 今に至るんだけど――





「玲美ー。俺のパジャマは~?」


 ステーキを食べた後、じいさんをタクシーにほり込んで、俺は玲美のマンションに一緒に戻ってきた。

 何故、隣の焼肉屋からの再三の害虫被害に俺が積極的に腰を上げなかったか・・・Gが出るたびに神経質なコーは煙の害虫駆除をする。

 それはもう、やりすぎだろ、と思うくらいの量の駆除剤を使って。

 事務所は、俺の自宅でもあるわけで。

 って、ことは一晩そんな所にいられないから、小さいころから面倒を見てもらってきたお兄ちゃんの俺に玲美は抵抗もできず。

 まあ、色々想定しておいて、玲美のマンションを社宅扱いにしていたから、駆除するたび、俺が玲美のマンションに泊まる事になっても文句も言えず。

 今日で8回目だ。

 ふ、俺って頭いいよなー。

 さほど神経質じゃない俺は、ゴキ駆除で玲美のマンションに泊まれることが嬉しくて。

 だから、あえて保健所に連絡もしなかったのだ。

 だけど、玲美がとうとう気がついて、保健所に電話なんてしたから、本部の人間が出てきたわけで。

 ・・・あいつ。

 島田裕・・・玲美の元彼で・・・多分初めての男。

 玲美とあいつを見た瞬間、それが分かった。

 しかも、親からもあいつに連絡しろって・・・。

 玲美の家は、この地方ではそこそこの規模の不動産関係の会社をやっていて、多分高校の時に親の紹介で知り合ったというのも政略が絡んだ見合いの前提だったのだろうけど。

 結局、玲美が大学に入って別れたから、それっきりだと思っていたんだけど・・・まだ、縁談話は完全に消えてはいなかったのか?


 もう、行動を起こさないと駄目だと、俺は心した。


「えっと・・・仁さん。よく、話が分からないんだけど?」


 玲美が目を見開いた。

 俺が、かれこれ16年も玲美に想いをよせていたなんてやっぱり、気が付いていなかったか・・・ま、そうだよな。

 じゃなかったら社宅とはいえ、自分のマンションに俺を泊めないよな。


「だから、俺は玲美といい加減、恋人になりたいって事。玲美は?俺のことどう思ってんの?」

「ど、どうって・・・仁さんは、仁さんだし・・・今更、恋人とか・・・は、ちょっと・・・。」


 戸惑う玲美。

 ええっ、俺、もしかしてこのままいくとフラれる可能性もあるってことか?

 いや、マジ俺・・・フッたことは数えきれないくらいあるけど、女にフラれたことって、ないんだけど?

 って、今までモテモテだった俺が?

 いや、じいさんとの約束で、ここ6年はきっちりそういうのはないけど・・・。

 玲美が大学に入ったころから、俺はやっぱり玲美じゃないと駄目だと思って、また玲美にべったりの生活に戻ったら。

 じいさんに、玲美に対していい加減なことをするな、本気なら今までのいい加減な生活を改めろ、と一喝されて・・・だから、それからは、身も心も・・・玲美一筋なわけで――


 いやいやいや。

 まてまてまて。

 って・・・このままじゃ、ヤバいってこと?


 焦った俺は、決死の覚悟で勝負に出た。


「わかった。じゃあ、玲美。お前、俺と一生このまま会わなくてもいいんだな?」

「ええっ!?」


 俺の言葉に玲美の顔がこわばった。

 それで、今更ながら安堵する。

 玲美の中で俺の存在は決して小さいものじゃないって、確認できたから。

 こうなったら、後は押しの一手だ!

 俺は、玲美の真正面に立ち、玲美の手を取った。

 子どもの頃から、抱っこしたり手をつないだりしていたので、大人になったって玲美は俺が触れることに抵抗はない。


「だから。お前が俺を受け入れるか・・・お前が俺を受け入れられないって言うなら、俺は事務所をたたんで外国へ行ってお前とは一生会わないけど?・・・どうする?今すぐ、決めろ。」

「そ、そんなっ。仁さん、無茶苦茶だよっ!?」


 俺の言葉に、すごく焦る玲美。

 うん、俺も無茶苦茶なのは、わかってる。

 握っていた玲美の手を外し、俺の手を玲美の肩に移動させる。

 肩から、背中に・・・。


「じ、仁さん・・・冗談だよね?会わないって・・・。」


 俺に問いかける玲美の瞳が揺れている。

 俺は、玲美の背中に回した手にぐっと力を入れて――

 つまり、玲美を抱き寄せた形をとった。


「冗談じゃない。本気だ。玲美、お前・・・俺と二度と会えなくなっても平気か?」


 そう言って、玲美の首筋に指を這わせた。

 ピクン、と玲美の体が反応した。


「へ、平気じゃないけど・・・だからって、恋人とか・・・いまさ――」


 それ以上の否定の言葉を聞きたくなくて、俺は咄嗟に・・・玲美の唇を奪った。

 玲美と夢にまで見た初めてのキスなのに、俺は必死だった。

 玲美に向けられない情欲を、他で発散すべく・・・中学、高校、大学と・・・伊達に、経験を積んできたわけじゃなく。

 今その経験の成果を出さずしてどうするか!の気合で、玲美の唇を貪る。

 俺の激しさについてこられないようで玲美が息を吸おうと口を少し開けたから、そのチャンスを俺が見逃すわけはなく、速攻で舌を入れた・・・ら。


「!!!」


 玲美が固まった。

 これ幸いと、唇を離さず玲美を抱き上げ、ベッドへ運んだ。


「玲美、愛してる。大切にするから。」


 とりあえず、大切なことは伝えて。

 玲美が固まっているうちに、既成事実へと速攻作戦を遂行する・・・。

 ここまで、長かった・・・14年。

 もう、我慢の限界だったし。

 うん。



 やがて、間もなく・・・玲美は落城した。




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