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2015年/短編まとめ

歪んだ姉妹愛ですね

作者: 文崎 美生

特に用事もないから、早く帰れる日。

先日買った新刊のミステリー小説があったから、それを読もうかな、なんて少し楽しみにしていた日。


家の扉の前に立ち、鞄の中から戦国武将家紋シリーズのキーホルダーが付いた鍵を引っ張り出す。

重いそれを鍵穴に差し込んで回せば、確かな手応えと音がして、さっさと玄関に滑り込み、後ろ手で鍵を掛ける。

ガチャンッ、と鍵の閉まる音を聞いてから、足元を見ると、見慣れた靴と見覚えのない靴が一足ずつ並んでいた。


今日も両親ともに仕事で、まだ帰って来るには早い。

そうなると姉以外に考えられないのだが……。

ジッ、と靴を見詰めればサイズの違いが良く分かり、見覚えのない靴の方は男物だと気付く。

姉の靴は大体二十三ぐらいだったはずで、隣にある靴は二十六は余裕である気がする。

女の人でそのサイズはなかなかいないだろう。


立てられる全ての予想を立てて、向かう先は姉の部屋。

音を立てるとか立てないとか、そんなことはどうでもいいと、いつも通りのペースで階段を上がって行って、一番手前の扉。

シンプルな薄いピンク色のプレートが掛けてあって、そこにはローマ字で姉の名前。


「姉さん、入るよ」


ノックなしで声を掛けて、直ぐに扉を開く。

普段なら絶対にこんな強行突破みたいなことはしない。

むしろ、姉の部屋に入ろうとすること自体ないし、極力関わりたくないと思っているところだ。


「え、きゃあっ!」


ギシッ、と耳障りなスプリング音に顔を顰める。

音だけじゃなくて視覚的にも問題があるために、耳障りかつ目障りだと思う。

私が顔を顰めた先にあるのは、二つの裸体。

目を丸めた姉と青ざめた男。


見覚えのない靴だったけれど、その靴の持ち主らしい男の方は、靴よりは見覚えがある。

確か同じクラスの何とか君だ。

……残念ながら、人の顔と名前を覚えるのは苦手――と言うか興味がないので覚えていない。


それでも、同じクラスだと言うことを覚えていた理由は至極簡単で、先日彼から告白されたからだったりする。

高校に入る前から何度かあったことであり、高校に入った後も無駄に増えたような気がする告白。

付き合うとか恋人とか、正直に言って理解し難い行為なので、全て丁重にお断りしているが。


「……あのさぁ、男漁りなり女漁りなり、好き勝手してくれて構わないんだけれどね。私の家で、私の部屋の隣で、そういうことをしないで欲しいんだけど。てか、するな」


真顔で淡々と言っていたが、最後の最後にドスを効かせて睨みながら言えば、二人の方が大袈裟なまでに跳ねる。

取り敢えず服着ろよ、と言いたいが、面倒なので思い切り扉を閉めて、床を踏み抜く勢いで自分の部屋へと向かった。


私は彼氏だ何だ、には興味が無いが、姉の方はそこら辺に関して、自分の欲求に素直な方だと思う。

それもいつか、刺されるんじゃないか、とこちらが危惧してしまう程度には。


ただいつ頃か、毎度悪趣味だと思っていたそういう行為が、私に告白してきた男とするようになっていって、悪趣味さが増している。

どういうつもりかは知らないけれど、あんなのが姉だと思われるのは、正直に言って恥以外の何者でもない。

私に告白してきて、私に振られて一週間程度で事に持ち込める素早さは、ある意味尊敬にも値するが、同時に軽蔑の対象となるのを、姉は知っているのだろうか。


読書する気も失せて、ここにいることすら不快に思いながら、鞄をベッドの上に放り投げると、姉の方の部屋の扉が開く音と、バタバタと忙しない足音が聞こえた。

あぁ、逃げたんだな、とほぼ確信のように思う。

これもまた毎回のことだと、パターンが読める上に、どんなに相手の男に覚悟のない、欲求的動物的本能で動いているのかが分かる。


それで男が出て行った後は……。

目を細めて次のパターンを考えてながら、ネクタイに指を掛けたその時、もう一度姉の部屋の扉が開く音と、こちらに向かって来る足音が一つ。

自然と溜息が漏れる。


「怒った?」


「……何が」


キィッ、とノックもなしに隙間が開けられた扉の奥、廊下の方から声が掛けられて、私は振り返りもせずに答える。

外したネクタイをベッドの上、鞄の上に投げた私は洋服ダンスの中から部屋着を引っ張り出す。


「取っちゃって……」


申し訳なさの一つも混じっていない声だった。

言いにくそうにタメがあったけれど、言い切らなかったけれど、語尾が楽しそうに震えていたのだ。

泣いているんじゃないか、と想像するのは勝手だが、姉妹なのだ、数え切れないほどにあったことなのだから、間違えるはずがない。


現に、部屋着を引っ張り出して、そちらを見てみれば垂れた髪から覗く口元が、僅かに釣り上がっている。

三日月型のそれを見ながら、くだらない、と心の中で毒を吐き捨てた。

取ったも取られたもないだろう、そもそも。

あの男は私の彼氏でもなければ、私はあの男が好きだったわけでもない。


「どうでもいいんだけど」


Yシャツを脱ぎ捨てて、無地のTシャツに袖を通す。

姉は勢い良く顔を上げて、私の顔を凝視している。

その顔には笑みがなく、目を丸めて驚きを顕にしていた。

いつもと違う展開に驚いているのだろうけれど、私からすればそんなことすらどうでもいい。


スカートを足元に落として、ショートパンツに足を通しながら姉の顔を見る。

昔から似てるとは言われていたけれど、双子ってほど似てるわけじゃないし、性格も違うから、似てると言う人達の気持ちが良く分からない。

少なくとも私は、姉なんかに似たくない。


「欲しいならあげるよ。私のではないけど……」


スカートを拾い上げてベッドの上に、ネクタイ達と同じようにベッドの上に放り投げる。

結い上げていた髪を解けば、微妙な癖が付いていて、指を通しながら絡まっている部分を解いていく。


「そういうのは好きにしていいけど、私が帰って来る瞬間にしているのは不愉快。それ以外はどうでもいいし。……後は、私のことだけは好きにはさせるつもり、ないから」


Yシャツとソックスを拾い上げて、姉の横を通り抜ける。

姉の甘ったるいバニラ系の香水と、男物のシトラス系の香水と、汗の匂いが混ざって鼻を突く。

不快な匂いに顔を顰めながら、廊下に踏み出せば、歯軋りの音が聞こえた。


割と整った顔なのに、化粧で固めたがる姉の顔が、苛立ちとか嫉妬とか、醜い感情で歪むのを見ているのは面倒だ。

まぁ、姉の相手をするのも面倒なのだけれど。

あの人の愛情表現はどう考えても歪んでいるし、愛情表現以前に恋愛感情そのものが歪んでいると思う。


階段を下りている時に聞こえた壁を殴る音。

私然り、男の方も被害者なんだよなぁ、と他人事のように考える私も私で、歪んでいるような気がしなくもない今日この頃。

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