姉びっくばん
「びっくばんあたーっく!!」
何の脈絡もなくそう言って片手を突き出した格好のまま僕の反応を見てるのは僕より一つ年上の義姉さんです。
「びっくばんあたーっく!」
ちなみに僕は高校一年生で今日は平日、つまりは健全な学生として学校に行かなければいけません。
「びっくばんあたーっく」
今は朝です。やはり健全な学生としては朝ごはんは欠かせませんよね。しっかり食べないと元気が出ませんし。
ちなみに僕も義姉さんもパジャマのままです。義姉さんにいたっては長い髪に軽く寝癖が付いています。
「びっくばん……ぅく、あたっく…………ひく」
…嗚呼、ごめんなさい! 泣かないで下さい!
朝ですし、ごはん食べてますし、なにより何の前触れもなくあんなことを言い出したんで反応に困ってたんですよ。
…なんで急にそんなことを言い出したんですか?
「きのうサキにドラゴン○ール借りてきたんだ―!」
サキさんは確か僕以上に義姉さんの扱いがうまい姉さんの友達だったはずです。
…それにしても義姉さん、偉いですね。ちゃんと伏せ字を使ってるなんて大人の事情を理解してるんですね。
「びっくばんあたーっく!」
えぇ、どうせならそこも伏せ字を使ってほしかったのですが今さらなので黙っておきましょう。
…あとそんな大技、都合五発も撃ったら地球が穴だらけです。僕はまだ生きたいですから止めてください。
「じゃあ早くごはん食べてよー!」
食べ始め、すぐさま邪魔しにきた人の言葉とは思えませんが言われた通り食べるペースを上げます。
…先に着替えてきたらどうですか?
「うん、わかったー」
そう言ってトテトテと音を立てながら自分の部屋に帰る義姉さん。
元気になりましたね……。
義姉さんの後ろ姿を見て不意にそんな感慨に更けました。
僕たちはいわゆる孤児でした。
物心ついたころから施設の中にいて、ぎこちないながらもそこで過ごしていました。
施設暮らしに慣れた頃、僕たちを引き取った夫婦がいました。
つまりその人が僕たちの里親となる人なのですが、息子である僕が言うのもおかしな話ですがかなり変わった人たちでした。
夫の方は幾つもの会社を興し、そのすべてを最新のコネと情報で成功に導いていく男。一言で言えば頭に「超」がつくようなやり手の社長。周りの人たちにはそう写ったのかもしれません。
妻の方は良妻賢母をそのまま顕現したような汚れを知らない聖母。常に夫の一歩あとをついてくるような理想の女房。周りの人たちにはそう写ったのかもしれません。
その実態は妻の尻にひかれる夫と、夫を傀儡とかし会社を経営する妻という、まぁなんて形容すればいいのかわからない変わり者夫婦でした。
その変わり者夫婦の間にはなぜか子供が生まれなかったため、孤児である僕たちを引き取りにきたようなのです。
当時の僕は泣き虫でしたし、臆病でしたからいつも『現』義姉さんの後について回っていました。
義姉さんはそんな僕を腰ぎんちゃくのようにいつも後ろにくっつけながら遊んでいました。責任感が強かった義姉さんは僕のことを他の子から守ってくれることもしばしばでした。
そんな僕たちの様子が微笑ましかったのか、はたまた他の理由があったのかは定かではないですが『現』両親に二人まとめて引き取られることになったのです。
けど、すでに二人ともこの世にいません。
飛行機の事故、らしいです。子供心に絶対に死なないんだろうなぁ、と思っていた二人は容易く目の前からいなくなってしまいました。
優しくしてもらいました。
お説教もしてもらいました。
何より拾ってもらった恩がありました。
泣いて泣いて泣いて、それでも立ち直らなきゃと思って、踏ん張らなきゃと思って、涙を拭い終わった頃『ソレ』が始まりました。
遺産相続の問題です。
醜いと形容しても過言ではない手練手管の数々に僕たちでは抵抗すらままならずに全てをとられてしまいそうになりました。
何よりもついこの前まで親身に話を聞いてくれた人たちが狂ったように残った遺産を食い荒らしていく姿には純粋に恐怖を感じました。
しかし、義父さんの側近のうちの一人が僕たちのかわりに最低限学校生活を営める程度の権利と今住んでいるこの家だけは死守してくれたので何とか今のように生活をすることが出来ています。
その時にも義姉さんは僕をまもるために常に矢面に立っていました。
罵詈雑言の喧騒が届かぬように、その心無い言葉で弱い僕が傷つかぬように、と。
しかし、義姉さんもまだ子供でした。不意に倒れ、意識不明の状態になってしまいました。
原因なんて考える必要もないほど明らかで、弱い僕は弱い僕自身を呪いました。
僕は寝たままの義姉さんの手を握ってあることを反芻しながらつぶやいていました。
「何やってるのー?何でまだごはん食べてるかなぁ?」
僕の回想はそこで途切れました。
…いろいろ考えていたら手が止まっていました。
「まったくー、早くしないとまた私の『びっくばんあたっく』をお見舞いしちゃうよー!」
…ええ、早くしますからそれだけは勘弁してください。無視したらまた泣くんですから。
早々に朝ごはんを食べ終え、ものの数分で仕度をします。遅くなれば後ろから精神壊死効果のある『びっくばんあたっく』が飛んできますしね。
僕と義姉さんの通っている高校は別なので一緒に通学するのは最寄り駅までです。
やたらめったに義弟の心配をする義姉さんをなだめながら僕は下りの電車に乗り込みます。
なんでも星占いで僕の星座である『射手座』が最下位だったそうです。
そんなこと程度でいちいち心配していたら身体がもちません。髪の毛も倍速で抜け落ちるというものです。
ちなみに義姉さんの乙女座は一位だそうです。といいますか義姉さんが朝のニュースを見たときには絶対に乙女座が一位です。
義姉さん、あなたはもしかして運命干渉とかできるのでしょうか…?
そんなことを考えているうちにあっという間に学校に着きました。
小説と言うのは便利ですね。
学校生活では常に何でもそつなくこなすことを意識しています。また、目立ちそうなことは出来るだけ避けています。
面倒なことには巻き込まれないに越したことはありませんからね。
放課後になり友人に別れを告げてさっさと学校を飛び出します。
…今日の夜ごはんは僕の当番でしたね。ここはベタにカレーでしょうか? それともオムライスにしましょうか? 悩みますね。
そんなことを考えているといつの間にか最寄り駅に着いていました。
小説ってやっぱり便利ですよね。
安いと評判の『にっこりマート』で買い物を済ませて帰路につきます。
…タイムサービスに当たったしまったので買いすぎてしまいました。
結局、カレーの材料もオムライスの材料も両手に持って(鞄は肩にかけてます)道路を歩いているとくぐもった叫び声が聞こえた気がしました。
嫌な感じです。
声の震源はすぐそこの路地裏です。面倒事は避けたいのですが……
…さすがに見てみぬ振りはできませんよねぇ。
「……――めなさいよ!」
「……―るせーよ。黙っとけ!」
路地裏に近づくにつれ男女が言い合う声がはっきりと聞こえてきます。
ヒョイと路地を覗きこむとそこには見慣れた制服の女の子が二人、見慣れね制服の男子が五人、何やらもみ合っています。
そのまま路地に入っていくとさすがにあちらも気付いたのか男子の数人がこちらへ向き直ります。
「なんだてめー?」
「さっさと消えろよ! ぶっ殺すぞ!」
…ガラが悪いですねぇ。そんなんだと異性に嫌われますよ?
男子二人がこちらを睨みつけながら歩いてきます。
位置取りが変わって奥にいる二人の女の子の顔が見えるようになりました。
…予想通りといいますか、なんと言いますか。なんでこんな所にいるんですか? 義姉さん、サキさん。そしてなんで義姉さんは眠っているんですか?
こんな状況だというのに義姉さんはサキさんの肩の上で安らかに寝息を立てているのです。
「あはは、これはね……」
「オイ! なに無視してんだよ!!」
「…………っざけんなよ!」
苦笑いをしながら言い訳をしようとするサキさんの前を無視されたと感じたのか向かってくる男子が悪罵しながら歩いて来るスピードを上げます。
…嗚呼、ナイフなんて出さないでくださいよ。僕は両手がふさがってるんですよ?そんな状態でそんなもの出されたら
手加減、できませんよ?
それだけ呟くと向かってくる男子の手の甲を左足で蹴り飛ばしてナイフを落とさせます。
…ナイフ握るんだったらもっとしっかり持たないと。簡単にこぼしちゃいますよ?
動揺しているその男子のアゴを上げたままの足で薙いで意識を刈り取ります。
相方を倒されて呆然としているもう一人がはっとしたようにナイフを突き出してきます。
それを脇で挟むようにして動きを止めると一気に間合いを詰めてヒザを出します。
股間に。
なにか潰れたような気がしました。右手に持った10個入り150円の特売卵を見ますが…良かったです。無事でした!
「……てめぇ! 何者だ!?」
もんどりうって倒れる男子から身をかわしたところで奥にいたリーダー格の人に唸るように聞いてきます。
…そこで眠ってる人の義弟で、ただの通りすがりの高校一年生ですよ。
僕が格闘技全般に通じているのは引き取られた家の性質上(僕たちを誘拐をしようとする人があとをたちませんでした)、自分の身くらいは自分で守れるようにと教えこまれたからなのですが、そこまで説明する必要はないでしょう。
得体のしれない僕の登場に男子たちは若干逃げ腰になっています。
そのまま逃げてくれるとうれしいのですが…。
「そいつらがコーヒーに変な薬をいれたのよ!」
サキさんが男子たちを指差しながら僕に言います。
主語が抜け落ちていますが何となくは把握しました。
…そうですか、あなたたちは義姉さんに薬を盛ったんですか。じゃあ一つだけ聞きますね。
どんな死に方がいいですか?
夕日がアスファルトの路面を照らす頃、僕は両手に買い物ぶくろ、カバンを肩にかけながら義姉さんを背負うという端から見たらずいぶんと滑稽な格好で歩いていました。
…夕日が目に痛いですね。目がチカチカしますよ。あ、義姉さん、いつまで寝たふりしてるんですか? もうサキさんは帰りましたよ?
「……えー、ばれてたの?」
…バレバレですよ。まあ気づいたのはついさっきですが。
あの時は恥ずかしながら逆上していたので気が付かなかったのですが、えらく勘がいい義姉さんが簡単に薬なんて盛られるわけがありません。
「勘がいいのはお互いさま―。けど信じてたからね!」
…信じていた? 何をですが?
僕がそう言って義姉さんに聞くと怒ったように頬をふくらましています。
「忘れたの? あの時の約束」
…嗚呼、怒らないでくださいよ。ウソですよ。ちょっとした冗談です。
久しぶりに年相応のしゃべり方で怒る義姉さんにさすがに焦ります。
…といいますか、あの時、目を覚ましていたんですか?
「目は開けられなかったけど声は聞こえてたのよ」
…首、絞まってますよ。死んじゃいます。わりと本気で死んじゃいますよ、義姉さん。
首にまわされた腕にだんだん力が入ってきます。肺に残った空気でなんとか言葉をつなぎます。
…あなたは僕がまもりますよ。何にかえても。
首にかかっていた力が抜けると今度は耳に息を吹きかけられます。
…それは勘弁してもらえないでしょうか。力……抜けます。
「覚えてたんだねー。けどまだ怒ってるんだからねー! ヒロ」
…なんだか名前呼ばれたの久しぶりです…ぇ! ちょ、それ本当に勘弁してくれませんか? 僕は耳と脇が弱いのしぃぃっ!
耳に息がかかる度に声が裏返ります。我ながらみっともないです…。
「久しぶりに私のことも名前で呼んでくれなきゃゆるさないよー。ほれほれー」
…ちょぉぉぉお! 荷物持ってますからね! タマゴ入ってますからね!?
どうしようもなく身をよじっている僕を見ながら義姉さんは今度は脇を指でつつきます。
初号機に取りついたサキエルのように、くっついて離れない義姉さんを剥がすのをあきらめた僕はふかく息を吐きます。
久し振りだとなぜか緊張しますね……。
「……アキ、勘弁してください。いい加減死にそうですよ」
「…………にゃ、にゃははは!! 久しぶりに名前で呼んだねー! 懐かしいねー」
少しの間の後、義姉さんが脱皮する蝶々のように僕の背から離れると僕の目の前に躍り出ます。
その顔が少し赤くみえるのは夕日のせいでしょうか?
「さ、いこ! 家はすぐそこだよ!」
そう言ってこちらに手を伸ばしながら微笑する義姉さんにはからずしもドキリとしてしまいます。
…そうですね、帰りましょうか。あ、ところで今日のご飯は何がいいですか?
「オムカレー!!」
…計ったようにいいタイミングですね。いいでしょう。僕の持てる限りの力を使って最高のオムカレーを作りましょう! カレーは辛口ですけどね。
「な、なんだってー!?」
甘口カレーしか食べられない義姉さんの悲鳴が辺りに木霊しました。
短編二作目です。んんんっごいライトかつベッタベタな作品に仕上げてみましたがどうなんでしょうか?
文体はいろいろ考えた結果、こういった書き方になりました。かえって読みづらかったり…?
なんか思わせぶりな終わり方で終わったんですが今後の展開はまるっと何も考えていませんw書きやすかったんですがね〜。
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