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迷える初恋 後編

 第五王子に連れられてきたのは、なんか雰囲気のある荒野ではなく、風の国の展示会場だった。



 ……え、ここで戦うの?



 私が疑問に思って首を傾げていると、迷子防止糸の先にいる第五王子が振り返った。



「チケットは入手してある。いくぞ!」


「はいはい」



 尊大な態度の第五王子に連れられてきたのは、野外ステージのVIP席だった。眼下にはステージを見るためにすし詰め状態の人々。隣を見れば、深紅のドレスを着た上流階級の美熟女が、ふっさふさのファーがついた扇を優雅に操っている。ふわりと甘い香水が私の鼻孔をくすぐる。



 ……なんだこれ、居づらい。嫌がらせか? 嫌がらせなんだな!



 地球世界では中流階級、クランヴォール世界では平民の私にはいささか刺激が強い。落ち着かない。禍津神だけど。



「これから竜騎士の演目が始まる。こんないい席、平民のカナデじゃ取れないだろう? 精々、俺に感謝することだな!」



 嫌みか! いや、平民はこんなVIP席取れないけどね……。権力の差を見せつけおって……! ふんがぁぁあああ!



「あ~、はいはい。アリガトウゴザイマス」



 私は内心を隠して大人な対応をした。



「折角用意したのに……なんだその態度は!」



 ……何故、怒られたし!?



「おやおや。随分とお若い二人だこと。時に坊や。押しつけがましいのは、嫌われますわよ」


「なっ!」



 美熟女が上品に扇を口元を隠しながら第五王子を窘めた。



 そうだそうだ! 美熟女さん、もっと言ってやってくだせぇ!



「ふふふっ。若いっていいわね。勢いがあって、キラキラしているわ」


「奥様だってキラキラしていますよ。私が男だったら口説いています!」


「まあ! 英雄の女魔法使いさんに口説かれるなんて光栄だわ。でも、ごめんなさい。わたくし、夫一筋なの」



 あっ、私のこと知っているんだ。私、外見が特徴的だもんね。



「綺麗で気品があって一途な奥様を持ってるなんて……旦那様が羨ましいです! まさに、人生の勝ち組!」


「うふふっ」



 満更でもない美熟女さんが可愛い。幸せオーラがいっぱいだ。こんな結婚がしたいなぁ。




「俺を置いて盛り上がるな!!」



 何だよ。折角、美熟女さんと会話が盛り上がっていたのに……。


 私は口を尖らせて第五王子に抗議の視線を向ける。しかし第五王子は私を不機嫌に睨み付けるだけだ。



「そうね。若い二人の逢瀬に水を差してしまってごめんなさいね?」



 ……おうせ?



「か、カナデ! ほら、竜騎士の演目が始まるぞ!」


「本当!」



 私は難しいことは頭の片隅に放り投げ、ステージへと目を向けた。

 ステージには竜騎士と専用の鞍をつけた、トリケラトプスみたいな竜が4体ほど出てくる。



「あれは地竜だ。竜の魔物の中では大人しい部類に入る」


「へぇ、詳しいんだね」


「軍事に関わる者にとっては常識だ」



 ……常識なのかよ。王太子の警護とか魔物狩りとかしているけど、私は知らんぞ。



 竜騎士が地竜に跨がり、ステージを練り歩く。地竜たちは竜騎士に従順だ。やはり調教された魔物のようで、魔素竜であるアイルのような高い知性は感じられない。



 ……まあ、イルカショーやサーカスだと思って楽しむか。



 突如、大きな影がステージにかかる。地竜にばかり目が行っていたため、その存在に気がつかなかった。



「飛竜だな」



 上を見ると、大きく翼を広げた飛竜たちがぐわんと旋回していた。竜騎士たちが編隊を組み、一糸乱れぬ精密な光景。私は手すりに身を乗り出し大きく手を振った。



「うっひょぉぉおお! すごい! すごい!」



 私が手を振ったのに気がついたのか、竜騎士の一人が敬礼してくれた。



「第五王子、ありがとう! ちょー楽しい!」


「そ、そうか。だが、見ず知らずの男に手を振るのはどうかと思うぞ!」


「あ~、はいはい」



 ……ペンライト欲しいなぁ。それか私も魔物に跨がりたい。やっぱりモフモフ逆ハーレム計画は続行するべきかな。諦めたくない、モフモフを!



 竜の演目は続いていく。火の輪くぐりや玉乗りはなかったが、飛竜のスピード競争や地竜の力比べなど、観客を飽きさせない趣向が散りばめられていた。会場のボルテージは最高潮だ。


 そして最後に、竜騎士代表の声が響く。



「この中で竜に乗りたい人はおりますか!」


「はい! はいはい!!」



 私は我先に手を上げる。隣を見ると、美熟女さんも控えめに手を上げている。



「あの人、夫なのよ」



 そう言って美熟女さんは微笑んだ。

 夫だという竜騎士代表は真っ先にVIP席に来て、美熟女さんを攫っていった。



 何あれ、ちょー羨ましい。私も攫いたい。……幸せそうだ。



 VIP席にいるせいか、私のところにも飛竜に乗って若い竜騎士が来た。周りを見れば、子供も大人も竜に乗っている。私が乗ってもおかしくはないようだ。



「それでは、こちらにどうぞ」


「ありがとうございます!」



 竜騎士が私へ紳士的に手を差しだしてきた。私が喜んで竜騎士の手をを取ろうとすると、第五王子がそれをはじき返した。いくら王子とは言っても、失礼すぎる態度じゃないか?



「ちょっと待て……俺も乗る」


「え、私も乗りたいんだけど!?」



 横取りする気か!



「い、一緒に乗ればいいだろう! おい、お前。定員は何人だ?」


「さ、三人ですけど……」


「では問題ないだろう」



 そう言って無理矢理第五王子が飛竜に跨がった。こんなに駄々をこねる王子を下ろすこともできないので、最終的に私・第五王子・竜騎士の順に飛竜に跨がる。何このサンドウィッチ。


 竜騎士がムチをしならせる。すると、飛竜が一瞬屈んで助走をつけ、勢いよく飛び立つ。乱気流のように風がなびき、私の黒髪も舞い上がった。


 風が収まる頃には上空に着いていた。あちらこちらを飾り立て、賑わう町並み。大勢の人々。飛行魔法を自分で使うのとは違う、高揚感。


 ああもう……我慢できない!



「ぐぁはっは! 人がゴミのようだ!」


「他国の人間の前でなんてこと言っているんだ!」



 某大佐の真似をしたら、第五王子から真っ当なお叱りを受けた。……だって、言いたかったんだよ!

 


「……ええっと、少し飛竜で回りますか?」


「はい! えっと、ジェットコースター……じゃなくて、急旋回、急降下でお願いします」



 私がお願いすると、竜騎士は心得たように頷いた。



 やっぱりスリルは大事だと思うんだ。竜を操るのは人族の竜騎士だから、アイルみたいに顔面の皮膚が突っ張るぐらいの猛スピードとか、身体に負荷がかかるほどの浮遊感とかはないよね!


 楽しまなきゃ、損じゃん!



「分かりました。では、しっかり捕まっていてください!」


「うっひゃぁぁああああ! ふぅぅうううう!」


「やめろぉぉおおおおお!」



 私の喜びの叫びと、第五王子の情けない絶叫が空に響き渡った。












 竜騎士の演目の後、私と第五王子は人気の少ない路地に来ていた。ただでさえ竜酔いしているのに、人酔いするのは可哀想だと思ったからだ。



「……酷い目に遭った」


「ごめんってば。これ、レモン水。飲むとすっきりするよ」



 第五王子は私から冷えたレモン水を受け取り、一気に飲み干す。


 少々はしゃぎすぎた私は竜騎士に色々なお願いをしてしまった。……一回転とか、高速後ろ向き飛行とか。第五王子はどうやら絶叫系アトラクションが苦手なタイプらしく、私と竜騎士が艶々とした顔で地上に降り立ったとき、死人のような顔をしていた。……反省してる。



「果たし状を送ってきた相手が自分の策にハマるってどうよ」


「……策? 果たし状? ……おい、カナデ! まさか……おぅぇっ」

 

「落ち着きなよ」



 私は甲斐甲斐しく第五王子の背中を擦った。



 ……酔いに回復魔法って効くのかな? 試してみる価値はありそう。



「ねえ、第五王子。効くか分からないんだけど、回復魔法をかけてもいい?」



 私の問いに第五王子は真っ青な顔で口を押さえながら、こくこくと頷いた。許可をとったので回復魔法を展開すると、第五王子の顔色は徐々に血色を帯びていく。


 そして元気になった途端、私の肩を掴みかかった。



「カナデ! 俺とのデートをなんだと思っていたんだ!!」


「そりゃ果たし合い――って、デート!? はぁ!? でででデートですとぉっ!?」



 おい、ちょっと待て。果たし合いだと思ったらデート? 

 い、いつの間に私は……初デートを第五王子に捧げていたんだ!?



 驚いた私は真っ直ぐに第五王子を見た。

 第五王子は最初は「しまった!」とばかりに戸惑っていたが、徐々に覚悟を決めた顔になった。なんか、目が据わっていて怖い。



「デートだ! ……俺は……俺は……カナデのことが……す、すす……好きなんだ!!」


「何その、やけっぱち感!」


「俺は本気だ! ずっと……学園に居たときからカナデが好きだったんだ!」


「何ですとぉぉぉおおおお!?」



 初耳だよ! え、私のこと目の敵にして虐めていたじゃん!? あれって、愛情表現だったの? 私って鈍感…………あんなので察せられるか、ボケェ!



「好きだ、カナデ! どうか、俺と結婚して欲しい」


「無理!!」


「……何故だ!?」


「さすがに初対面で地面に押してけてきたり、私をぶっ倒すためにドリームチーム組んで襲ってきたり、魔王討伐で役立たずだったり、私を労働環境を悪くさせるような人を好きになれないというか……」



 第五王子はがっくりと膝をついた。というか、絶望のポーズだ。



 ……すまん、第五王子。だけど、面食いでもドMでもないから私も許容できないんだよ! でも、期待を持たせる悪女みたいなことをするより、バッサリ言ったほうがいいよね!?



「あのさ、私よりも、もっといい女の子いっぱいいるよ。ぶっちゃけ、趣味悪いよ」



 私はしゃがみ込んで第五王子に言った。

 第五王子はゆっくりと顔を上げる。その瞳は潤んでいて弱々しい。いつもの上から目線な態度が嘘のようだ。



「……カナデよりも好きになれる女なんて現れない。俺はカナデと一緒に、いずれ兄上が治めるこの国を守っていきたかった。そして死ぬときまで……ずっと、カナデと笑っていたかったんだ」



 ……子犬みたい。拾わないけど。



「ごめんね。私は人と一緒にはなれないんだよ」



 肉体と精神の寿命が違う。それだけで、開ける未来も変わる。時の果てに愛情が憎しみに変わることがとても怖い。



 お爺ちゃんとティッタお姉ちゃんも、こんな気持ちだったのかな……?



 愛し合っていながら、愛の告白はしなかった二人。お爺ちゃんは精神の寿命が尽きて死んだ。最後に何を思って死んだんだろう。ティッタお姉ちゃんは、ずっと人化した姿で過ごしている。それは、お爺ちゃんが好きになってくれた自分を忘れないためだ。二人が後悔しているのか、満足しているのかは分からない。



 私は死が今でも恐ろしい。だから、どんなことがあっても永遠の時を生きるつもりだ。でも、愛した人を憎みながら生きることも、時の流れに忘却することもしたくない。



 私は愛する人を死に奪われるなんて絶対に嫌だ……!



「……だからね。さよならだよ、マティアス」







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