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迷える初恋 前編

 ここ数ヶ月の私と第五王子の遭遇率は酷いものだった。

 王太子の書簡を届けに行った先々に第五王子がおり、職員用の食堂に行けば隣の席に第五王子が座ってくる。仕事が終われば、私を待ち伏せている。まるで、城中の人々が示し合わせたかのような嫌がらせだ。

 さらには、部下に列ばせて買ってきた、非常に食べづらいお菓子を送りつけてくるという、地味に精神的に辛い嫌がらせまで仕掛けてきた。


 もう、なんの恨みがあるんだよ! お菓子はきっちり食べたけど!


 そういう訳で、私はそろそろデカイ嫌がらせを第五王子が仕掛けてくると思っていたのだ。手汗が滲んだ汚い果たし状を送りつけてくるとは思わなかったけど。



「カナデ先輩。もしかして、手汗で文字が滲んで文章がおかしくなっているんじゃないですか?」


「ワトソンの懸念は尤もだわ。カナデ、ちょっと手紙を貸しなさい」


「はーい」



 私はロアナに果たし状を手渡した。ロアナは果たし状に目を通すと、眉間を指で摘まみながら、疲れた目でワトソンを見た。



「競技場の前で待っている……ですって」


「それだけですか!? いや、それだけだからこそ、カナデ先輩が勘違いを……」


「あれだけ学生時代、目の敵にされていたのにマティアス殿下に親身になるなんて優しいな、ワトソン」


「だってサルバドール先輩。さすがに不憫すぎるというか……同情通り越して憐れっていうか……勝負する前に敗北が決定しているというか……」


「訂正しよう。なかなか酷いヤツだな、ワトソン」



 サルバ先輩とワトソンの訳の分からない会話を無視して、私はロアナから手紙を帰して貰った。



「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。行かないと後々面倒そうだし。私のことは気にしないで、三人は復興祭を楽しんでて」


「分かったわ。……カナデ、気をつけてね」

 

「早く戻ってこい」


「カナデ先輩、よぉーく考えて行動してくださいね!」


「はいはい、分かってますよ~」


「分かっていない。このひと、絶対に分かっていない……!」



 まったく、失礼な後輩だな。

 私は口をとがらせつつ、転移魔法を展開した。











 

 競技場の前は混雑していた。


 今は、明日の御前試合の予選会をしているはず。私のような魔王討伐の英雄がゴロゴロと試合には参加するのだ。一般参加者の枠は取られているけれど、それなりの実力者でなくては死ぬ、確実に。だからこその予選会。実力者の振り分けをし、明日の試合を平穏に終わらせるのだ。


 それに明日の本戦よりも予選会の方が観戦チケットは安いため、たくさんの平民が競技場に押しかけていると思う。



「えっと、第五王子は……あ、いた」



 こんな人混みだというのに、第五王子はすぐに見つけることが出来た。そうそうお目にかかれない美形な上に、半径5メートル以内に人が近寄っていないのだから、目立つ目立つ。

 

 そして第五王子に近づく機会を虎視眈々と狙い伺う女性や商人が、建物影などに隠れ潜んでいた。……あからさますぎるだろ。



 うわぁ……近づきたくねぇ……。

 もうさ、果たし状の件は忘れようかな。私は貰っていませんって言ってシラを切ろうか。……うん、無理だ。大勢の前で受け取っちゃたしね。下手な言い訳出来ないや。トホホ。



 立ち止まっていたのがいけなかったのだろうか、第五王子が私の存在に気づいた。そして、しかめっ面でこちらへにズカズカと歩き出す。


 なんか、鬼気迫っていて怖いよ!



「ま、待ったぁ……?」



 私は片手を上げて愛想笑いを浮かべる。

 第五王子は私の前にまで来ると、顔を薄らと赤く染めながら、尊大な態度で腕を組んだ。



「おそ――い、今来たところだ!」



 遅いって言いかけたよね?

 今来たばかりなのに遅いって何様なの? いや、王子様だけどさ!



「あの、それで……これからどうするんですか?」


「安心しろ。俺が案内してやる。……それと、今日はぶ、無礼講だ! 昔のような口調を許す。か、感謝しろ!」



 ……ふむ。対等な立場で私をぶっ潰すってことだね。受けて立とうじゃないか!



「分かった。後悔しても知らないからね!」


「ふんっ。後悔など誰がするか!」



 鋭い声とは裏腹に、第五王子の顔はふにゃふにゃに緩んでいた。どこかに愛玩用の猫型魔物でもいるのだろうか。周りを見渡すが、それらしい姿も見えず、気配も感じない。


 ま、気にすることでもないか。



「ねえ。一人で来たの? 護衛は?」


「そんな無粋な者を連れてくる訳ないだろう!」


「……マジか」



 おいおい、随分とやる気じゃ無いか第五王子。でもさ、ここの状況で第五王子に何かあったら私の責任だよね?第五王子が空の国一番の武芸者だからといって、き、気が抜けねぇ……。



「そろそろ行くぞ。その……なんだ。人がいっぱいいるから……はぐれないように……」


「手錠で連行!?」


「違う! そうじゃなくて、はぐれないように手を……手を……つな」


「じゃーん。そんな時にお役立ち、迷子防止糸ぉ~」



 わたしは亜空間から、小さな子供をもつ主婦の間で大人気の魔道具を取り出した。

 

 これは糸電話のような形状の魔道具で、電話にあたる部分が肌に張り付くパッチになっている。パッチの色は赤と青に分かれていて、赤い方のパッチは青いパッチを貼り付けた人じゃないと外せないようになっている。糸は魔石のエネルギーを使った魔力の線みたいなもので、刃物や攻撃魔法では切れず、実体はないので絡まることもない。


 この世界は何かと物騒で、人攫いとかが頻発している。迷子なんて格好の獲物。その状況にロアナが目を付け、私が魔道具を開発し、設計図を贔屓にしている商会に売ったのだ。平民も貴族も関係なしの大ヒット商品である。


 糸の伸びる範囲は半径500メートル。継続時間は3日から1ヶ月と様々だ。ちなみに私が今持っているのは高級魔石が練り込まれている自家製のもので、継続時間は約3年である。


 

「それじゃあ、貼るねー」



 第五王子の腕に触ると、ヤツは露骨に身体をビクビクさせた。


 ほう……そんなに私に触られるのが嫌か。しかし、我慢して貰おうじゃないか!


 私はわざと第五王子の腕に触りまくった。






 そして――――第五王子の鍛えられた二の腕と自分のぷよぷよとした二の腕を比べて、心に大きなダメージを負った。




 き、筋肉なんていらないし! 引き締まった腕なんて、羨ましくなんてないし!



「…………」


「なんで無言なんだ!」



 第五王子の二の腕が悪くないのは分かっている。しかし、乙女心は複雑なのだ。私はどうにも恨みがましい目で第五王子を見上げてしまう。



「し、仕方ない。ジュースでも奢ってやろう。感謝しろ!」



 そう言い放つと、第五王子は立ち上がり、人混みへと突進していった。

 第五王子に子供用の赤いパッチを貼ったのは、英断だったと私は思う。



 10分後。疲れた目をした第五王子が戻ってきた。手にはジュースが入っているであろうジョッキが2つあった。ジョッキには木のストローが入っている。



「か、買ってきたぞ……」


「ありがとう!」



 私は第五王子からジョッキを受け取り、早速ちゅうちゅうとストローでジュースを飲み始める。

 この世界のジュースは基本的に生搾りだ。物によっては地球世界で飲むよりも美味しいジュースが飲める。第五王子が買ってきたジュースはさすがというか、とっても美味しい。



 ……あれ、ちょっと待って。なんで果たし状を貰った相手にジュース奢って貰ってんの?

 もしかして毒入りとか? いや、敵に塩を送る的な? それとも、相手を太らせてから食べる?



 第五王子を見ると、私のことをじっと見つめていてジュースを飲んでいない。

 


 もしかして、平民の私といればジュース飲んでも咎められないと思ったとか?

 それとも、毒味待ち?……あ、なんかそれがシックリくるわ。王族だもんね。



「そのジュース。毒味しようか?」



 私が提案すると、第五王子は動揺し始める。

 毒味して欲しいの図星だったんだな。



「貸して」



 私は第五王子の持っているジョッキに顔を近づける。そしてストローを咥え、一口分ジュースを吸った。解毒魔法を使えば一発だが、第五王子の買ってきたものにそれをするのは失礼だろう。それに、第五王子は優秀な魔法使いでもある。こっそり魔法をかけたとしても、一発で見つかる。



 第五王子のジュースも、私のジュースと同じ味がした。苦みや変な臭いもしないし、たぶん大丈夫だろう。緊急事態になれば、私がどうにかすればいいだけだ。



「あ……なに……カナデ……かんせ、つ……キ……」



 第五王子が俯きながらボソボソと何か言っている。



「ああ、他人の唾液だめな人? 確かに嫌だよね。ストロー洗ってくる?」


「ひ、必要ない!!」



 第五王子は誰にも渡さないようにジョッキを抱え込み、私に背を向けてジュースを飲み始めた。



 ……相変わらず、負けず嫌いだなぁ。





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