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いつかきっと、忘れられない思い出になる

「ああっ……カナデお姉様ぁ! わたくしを抱い――ブフォッ」



 満面の笑みで私へと飛びかかってきたフローラを、私は万能結界で弾き飛ばした。



「それ以上近寄らないでくれるかな?」


「ああんっ、痺れるぅ! 久々のお姉様の罵倒と、魔法の痛み……なんて心地よいの……」



 コイツ、何度弾かれても懲りねぇーな! 

 それに気持ち悪さも前より増している気がするよ。



「う、噂には聞いていたけれど、実物の破壊力は凄いものがあるわね。……本当にこの方が、泣く子も快感で頬を染めると言われている王女なのかしら?」



 ロアナはドン引き顔でそう言った。相手が他国王族であろうと、さすがにこの光景を見て表情を取り繕うことは出来ないらしい。


 うん、その反応は正常だよ、ロアナ。



「ん?……そちらの女は……いったい誰ですの!?」



 ロアナの存在に気づいたフローラがキッと睨み付けた。敵意と殺意が入り交じった凄まじい眼力ではあるが、禍津神という存在を尻に敷くロアナには全く効いていない。


 しかし、相手はこんなんでも王族だ。私の見ていないところでロアナに圧力をかけられても困る。私はロアナの前に守るように立つ。



「私の大事な親友に手を出したら、雪の国の第二王女なんていう身分なんて関係ない。……力の限りを持って、アンタの全部をぶっ壊すからね?」


 

 私が本気の殺気を込めてフローラを睨み付ける。すると彼女は自分を両手で抱きしめてプルプルと震えだした。



「なんて誘惑なの……? お姉様の親友に手を出せば、わたくしを壊すぐらいお仕置きしてもらえるなんて! ダメよ、フローラ。甘美な誘惑に負けては。お姉様はわたくしを試しているの。耐えるのよ!」



 なんですごい葛藤してんの、このドM王女は!




「初めまして、フローラ王女殿下。わたしはロアナ・キャンベル。カナデの親友ですわ。それ以上でもそれ以下ではないので、安心してください」



 ロアナはこの状況で普通に自己紹介をした。

 初対面のときに、第五王子の権力に怯えていたなんて、今ではとても考えられない。


 

 ……だいたい私のせいだよね! ごめんね、ロアナ。こんな逞しい女子に成長させちゃって!



「親友という名の従僕やペットではありませんの?」


「違います」


「まさか、まさか、まっさーか! ……妹の座をすでに……!?」


「あり得ません」



 ロアナが今までに聞いたことがないほど、冷たく刺々しい声で言った。

 しかし、フローラはロアナの言葉を聞いて、顔を緩ませて安堵の溜息を吐き出す。



「……ふぅ。そうでしたの。お姉様は、全人族が逆立ちしても敵わない魅力的な御方。てっきり、貴女はわたくしのライバルかと思ったわ。お姉様の大切な人はわたくしの大切な人でもある。わたくしは雪の国の第二王女フローラ。ロアナ、これからどうぞよろしく」


「ええ、よろしくお願いいたします。よろしければ、昔のカナデの話などをお教えいたしますわ」



 さっきと打って変わって、ロアナは営業スマイルを浮かべた。



「お姉様の刺激的な武勇伝が聞けるなんて……これは、長時間録音可能な魔道具の開発を急がせなくてはいけないわ! 後生にも、永久にお姉様の素晴らしさを伝えるのよ!」



 フローラは拳を握り、宣言する。

 私はその光景を見て震え上がり、ロアナに詰め寄った。



「ちょ、ロアナ! 私を売る気? お金のために私を売る気でしょー!!」


「別にいいじゃない。フローラ王女殿下は、カナデ個人を見ている人だもの。売ったところで、カナデに多少心的負荷がかかるだけよ。そして、わたしは雪の国の流行情報と流通の伝手が得られてウハウハよ!」


「やっぱりそれが目的か。この裏切り者ぉぉおおお!」



 半泣きで私が叫ぶと、鼻息を荒くさせたフローラが私の足に纏わり付いた。



「お姉様! 打つなら、どうかわたくしを使ってくださいまし! さあ、存分に!」


「打たねーよ! このドMが!」


「ああんっ、カナデお姉様ぁ!」


「打ってないからね! 勘違いさせるよな声を上げないでよ!」


「……ほら、遊ぶのは止めなさい。いい加減に行きましょう」


「なんでロアナが常識人みたいな顔してんの? 元の原因はロアナだからね!」


「はいはい」



 なんか解せぬ!



 そう思いながらも私は――ついでにフローラも――ロアナに引きずられて美術展示の中へと入っていく。











 フローラの登場で身構えていたが、美術展示は意外とまともなもので、見ていて飽きない。地球世界で言うと、中世や近世の絵柄だろうか。さすがに現代のような絵柄はないが、色々なものがあって面白い。



 ……月の国は、芸術品といったら肖像画ばっかりだもんね。あれ、プリクラ以上に詐欺だし。



 肖像画はお見合い写真のような位置づけだ。それ故、見栄っ張りなのか、人生かかっているから必死なのか分からないが、本物とかけ離れた美しさで描かれるのだ。本人に会って肖像画との違いに驚くことは珍しくない。



 まあ、王太子や第五王子みたいに修正の必要のない人もいるけどね。宰相補佐様は……め、目付きさえどうにかすれば、ダイジョウブダヨ!



「ロアナ、ロアナ! こっち! 見て、雪の国の城だって。赤い城だよ、なんか意外だね」



 私はロアナを手招きした。そして一緒に雪の国の城が描かれている絵画を見る。



「画家があまりお金にならない風景画が描けて、さらに評価されるなんて……さすがは雪の国ね」


「我が国の芸術家支援制度は優秀ですわ。それと、城の色が赤いのは、一年の多くを氷で閉ざされている雪の国では火の色である赤、そして白を塗りつぶす黒が尊ばれているのですわ。つまり、お姉様はまさに我が国の理想の御人……嫌よ! わたくしだけのお姉様でいてぇ!」


「いや、お姉様じゃないし。私には妹はいないよ。弟しかいないから」



 どこからか湧き出てきたフローラに冷静なツッコミを入れつつ、私は再度絵画へ視線を向けた。



「お菓子の城の参考になりそう。イチゴクリーム? クランベリームース? それとも飴でコーティングかなぁ? やっぱり、私はお菓子作りは専門外だね。……ねえ、フローラ。これ参考に写真を撮ってもいい? あ、著作権的にはアウトかなぁ」


「シャシン? チョサクケン?」



 王太子、雪の国にはカメラの魔道具輸出していないんだね。まあ、空の国の友好国じゃないし、地理的にも離れているもんね。それにこの世界には著作権はまだないんだね。



「写真はね、この魔道具のことだよ」



 私は亜空間から自作のカメラを取り出す。そして適当に床を写真に収め、転写して出てきた写真をフローラに見せた。



「……なんて、素晴らしい技術なのでしょう! まるで時が移し込まれているかのようですわ!」


「こんな感じでこの絵を撮りたいの。いい?」


「構いませんわ。ただ……条件と言うよりも、お願いなんですが……お姉様、わたくしと一緒にこのシャシンを撮っていただけませんか?」


「そんなのでいいの? いいよ。ただし、フローラ個人で持っていてね」



 お安いご用だよ! さすがに条件軽すぎる気もしないけど!



「勿論ですわ! わたくしからシャシンを奪おうとするものは、ズタズタのメタメタにして、心も体も再起不能にしますわ!」


「あ……うん。ちょっと、手加減してあげようか」


「わたしが撮るわ。カナデ、魔道具を貸してくれる?」



 私はロアナのにカメラを手渡し、フローラの隣に立つ。

 そしてカメラに向けてピースサインをした。



「お姉様、その手は何か意味があるのしょうか?」


「これ? えっとね。勝利とか平和とか……まあ、楽しさを表すものだよ。ピースサイン!」


「ピースサイン……お姉様とわたくしが!」


「はいはい、撮りますよー」



 カシャリッとシャッター音が響く。

 写真はすぐさま現像され、ロアナがそれをフローラに手渡した。



「家宝にしますわ!」


「いや、ただの写真だし。あっ、そうだ。はいこれ。絵の作者さんと、雪の国に」



 私は亜空間から自作の魔道具と素材をいくつか取り出した。



「これは……?」


「写真を撮らせてくれたお礼。お金を渡すと問題がありそうだし」



 いくら明確な著作権がない世界とはいえ、創作者には敬意を払わないとね。



「カナデお姉様ぁぁああああ!」


「それ以上近寄らないでくれるかな?」



 懲りずに私へ飛びかかるフローラを万能結界で弾き飛ばす。



「ああ、幸せですわぁ……」



 フローラは恍惚とした表情で床に倒れ込む。

 私はそれを無視して、ロアナへ問いかける。



「結構時間経ったよね? サルバ先輩たち、どうしているのかな」


「待ち合わせとか決めていなかったわね」



 ワトソンがいるとはいえ、サルバ先輩が暴走しかねない。その場合、合流は不可能ではないか。そうロアナと考え悩んでいると、ワトソンの情けない声が私に届く。



「か、カナデせんぱぁーい……ロアナせんぱぁーい……もう、無理です……」



 私の目に映ったのは、なにやら独り言をマシンガントークしているサルバ先輩を必死に引き摺るワトソンだった。その目は涙で濡れている。



 サルバ先輩の暴走しても見捨てずに連れてくるなんて……男らしくなったね、ワトソン!



「ううっ……後輩の成長が嬉しい」


「助けてあげるのが先輩としての優しさだよ思うわよ」


「いや、ここはあえて心を鬼にして……」


「どっちでもいいから、助けてくださいよ!」



 サルバ先輩が面倒でワトソンに押しつけようとしていたのが、バレてしまったようだ。



「はぁ……いい加減にしなさい、サルバドール!」


「ぐふっ!」



 ロアナがサルバ先輩を一発KOして、この場は直ぐに収まった。



 さすがですぜ、ロアナさん!




「それで、ワトソン。研究発表は楽しかった?」


「とても勉強になりました。研究者の方に会えないのは残念でしたが」


「致し方あるまい。研究者の名は伏せられてはいたが、あれは雪の国の第一王女の研究だろう。復興祭に訪れている王族は、どの国も今は忙しくしている」



 ……ここに一人、王族のくせに幸せそうに寝ているヤツがいるんですけど。これはいかに。



 私とロアナの視線の先にいるフローラに漸く気づいたワトソンは、驚きを露わにして私の後ろに隠れた。


 次の瞬間、フローラの目がカッと見開いた。



「はっ! お姉様のそばに侍るのはわたくしですわ!」


「いや、誰も侍らせないからね」


「はうんっ!」



 ワトソンに襲いかかろうとして、フローラは私の万能結界に弾かれる。

 お願いだから、いい加減に学習して欲しい。



「カナデ先輩……また妙な人に好かれて……」


「私は悪くないからね!」



 後輩が私を冷たい目で見るの。誰か助けて!



「折角だし、4人で写真を撮りましょうよ。記念になるわ」



 私の願いが通じたのかロアナが場の雰囲気を変えるように提案した。さすが私の嫁だ。



「撮ろう! はい、フローラ。撮影係よろしくね」


「お姉様の願いならば、喜んで」



 フローラはロアナからカメラを受け取り、構える。写真を撮る動作は簡単なので、フローラも混乱した様子はない。



「サルバドール! 少しは身だしなみを整えなさい!」


「そんな労力があれば、魔法陣の研究に費やす」


「僕、変じゃないですよね?」


「安心して、ワトソン。今日も素晴らしい合法ショタっぷりだよ!」


「僕は男らしい成人ですからね!?」 


「では、撮りますわ」


「え、ちょっと早い!」


 フローラの声に私は慌てる。

 そのせいで自分の足を自分で踏んでワトソンの方へ倒れ込んでしまう。

 そしてそれはロアナ、サルバ先輩と連鎖していく。



「ちょっと、カナデ! 危ないわ!」


「カナデ先輩!」


「倒れるぞ?」


「うわぁ!」



 ――カシャリッ



 シャッター音と共に私たちは床に崩れ落ちる。

 なんとも締まらない。記念撮影になってしまった。



「フローラ、もう一回おねが――」


「カナデ様! カナデ様はいらっしゃいませんか!」



 フローラにもう一度写真撮影を頼もうとすると、私を探す声が会場に響いた。何事かと思ってその人物を見ると、どこかで見たことがあるような気がするが、知り合いではない男性だった。



 知ーらない。放っておこう。私、休みだしね。



「……カナデ。あの人、マティアス殿下付きの従者だわ」



 無視を決め込むつもりでいると、ロアナが眉間に皺を寄せながら私に言った。



「うへぇ!? 早くに逃げようよ!」


「無理よ。気づかれたわ」



 そうして、私の元に第五王子の従者がやって来た。



「カナデ様、探しましたよ。いやー、見つかって良かった」


「あはは……で、何か用? 仕事は王太子殿下を通して欲しいんだけど」


「仕事ではありません。私用です。こちらの手紙を預かって参りました」



 第五王子の従者は私に一通の手紙を渡した。赤とピンクの封筒だが、従者の手汗で血みたいに赤色が滲んでいる。元は高級紙なんだろうが、非常に見栄えが悪い。



「では、確かに渡しましたからね!」


「ちょっと、待って!」



 私の言葉を聞かず、第五王子の従者は走り去っていった。



 主人がアレなら、従者も人の話を聞かないな!



「……しょうがない。読むか」



 手紙に目を通す。

 そして読み終えると、私は目を瞑り、内容を頭の中で反芻させる。



「カナデ、どんな内容だったの!? 大丈夫?」


「ロアナ先輩。恋文にきま――」


「これは果たし状だよ!!」


「「え?」」





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