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復興祭の始まり

 パーンッパーンッと真昼の空に大きな花火が打ち上げられる。

 魔法で作られているからか、花火は昼なのに色鮮やかな花を散らしていた。


 今日は栄えある復興祭初日である。

 しかし大変残念なことに身体は怠いし、眠いし、私は最悪のコンディションだ。


 私はゾンビのように日の光と花火の音に怯えながら、賑わう王都の大通りの片隅で、充血した目を擦った。回復魔法でもかければ少しは楽になるかもしれないが、それすらも怠い。明け方のギリギリまで魔法を使って会場を整備して、開幕式では近衛騎士と協力して王太子並びに後宮小町の護衛を行っていた。もはや、魔法を使うことすら億劫なのだ。



 「フフフ……ようやっと、この日を迎えられたよ」


 

 ほんの僅かな達成感と幸福感が身体に染みる。

 これがブッラク企業の洗脳というやつだろうか?


 しかし、今日は念願の休暇をもらった。半休だけど。

 そのため、私は今、ロアナとサルバ先輩とワトソンと一緒にいる。ルナリア学園時代で一番一緒に居たメンバーだ。

 卒業してからは国も職業も身分も違うため、全員一緒に集まるといったことは、あまりできないでいた。だからこそ、今日という日を楽しみたい。



 だけど、私の身体が言うことを聞かないんだよぉ!

 


 「……そうね。こうやって他国に恥じない程度の外面を保つことが出来たのは奇跡ね。でもきっと、それらの成果はすべて王家へ行くんだわ。ほんと、もう一回政治介入してやろうかしら?」



 同じようにグロッキーなロアナが、とても冗談だとも思えない血走った目で言った。


 そんなことしたら、外務局勤務の自分で後処理しなきゃならなくなるよ!という冷静なツッコミを私は呑み込む。だって、ロアナが怖いからね。



 「あの……そういう裏事情は知りたくなかったです」



 居心地が悪そうにワトソンが言った。


 貧乏貴族のワトソンが復興祭に来ることが出来たのは、ロアナが外務局権限で招待して、私が宿としてマイホームを提供したからだ。ぶっちゃけ、ワトソンが来たことをカトラに教えてもらうまで、すっかりそのことを忘れていた。


私、どんだけ忙しかったんだよ!



 「いやいや、聞こうよ。私とロアナの泥汗と悔し涙の労働物語を!」



 いくら今回の労働が魔の森爆発のお仕置きだからといって、王太子と宰相補佐様は私をこき使いすぎだと思うんだよ!

 しかも、本人たちも急がしすぎて文句を言う暇もないし、そんな状態の二人に文句なんて言ったら、絶対に私の心が罪悪感で傷つくし。はっ……これが、ブラック企業の経営か!



 「そんなことよりも、色々まわるぞ。さっさと体調を整えるんだ」



 サルバ先輩が薄桃色の――イチゴミルク?――が入った瓶を私とロアナに差しだした。



 「あっ! サルバ先輩、珍しく気が利くじゃーん!」



 私とロアナはありがたくそれを飲み干す。


 爽やかなイチゴの香りとミルクのまろ――やかくねぇっ!?



 「ぐふっ! にゃにこれ……舌が痺れるし、苦いし、甘い。ゲロじゃん!」


 「一生眠っていなさい、サルバドール!」


 「ぐはっ!」



 私はサルバ先輩に抗議の声を上げる。ちなみにロアナはサルバ先輩をぶん殴った。相変わらずのキレ具合である。二重の意味で。



 「カナデ先輩。生物学上は一応……女性なんですから、ゲロとか公衆の面前で叫ばないでください。ロアナ先輩も貴族の淑女なんですから、人を殴るのはどうかと思います。サルバドール先輩は……少しは自重してください。カナデ先輩に次ぐトラブルメイカーなんですから」


 「一応ってなんだ! トラブルメーカーってなんだよ! 私は日々淑やかに生きようとしているのに!」


 「やっぱり、疲れているみたいね。次はちゃんと場所を選んで、証拠を残さないようにするわ」


 「次からは気をつけよう。魔法陣が絡まないかぎりは!」


 「もうやだ、この人たち……」



 ワトソンが何故かしゃがみ込んだ。具合でも悪いのだろうか?



 具合……? あれ、いつの間にか、体調が良くなっている気がする。



 「あの液体に何をいれたの、サルバドール。大人しく白状しなさい」



 サルバ先輩を睨み付けるロアナの隣で、私もこくこくと頷く。サルバ先輩は怯えるでもなく、淡々といつものマイペースで答える。



 「ああ、空の国では馴染みないか。あれは月の国の軍用最高級回復薬だ。やはり、軍事と医療関連については、月の国が人族領で一番だからな」


 「うっそ、本当に!? それって、他国に持ち出しちゃだめなんじゃない?」



 こういった軍事関連のものは、たとえ回復薬であろうと、ある程度の水準のものは、他国への流失を避けるものだ。


 今回飲んだあの液体は、空の国ではお目にかかれない代物である。なまじ魔法使いが多くて魔法技術が優れているせいか、魔力なしの人でも使えるような回復薬はそこまで発展していない。


 魔法薬の開発はお金がかかる。お金のある貴族が魔法薬を必要としていないのだ。空の国で発展しないのは道理だろう。



 「さすがにサルバドールも王宮勤めだもの。そんな考えなしの行動はしないでしょう」


 「いや、無断だが?」



 さもなんでもないようにサルバ先輩がのたまった。

 数秒後、ロアナの伝説の右ストレートが無言で振りかざされる。私とワトソンは他人のフリをした。



 見てないったら見てない。飲んだのは不可抗力だから、私は悪くないもん。



 「……今日のところはこれぐらいにしておいてあげるわ、サルバドール。まったく、サヴァリス殿下にこってりと絞られればいいんだわ」


 「将軍はの説教はねちっこい。それは時間の無駄というものだ」


 「時間の有効活用の間違いでしょう! だいたい、貴方はいつもいつも――」



 サルバ先輩とロアナの掛け合いを放置して、私はワトソンに声をかけた。



 「ねえ、ワトソン。どこ回る? 私が監修を務めた、人族領お菓子商店街は行くよね!?」


 「元気になったらそれですか……。それにしても、僕たち4人だけでいいんですか? サーリヤ先輩たちやカトラさん、それにガブリエラ王妃殿下やサヴァリス将軍も……ひぃっ」



 サヴァリスという言葉を聞いて、私は思わずワトソンを睨んでしまった。あのボッコボコ宣言から二ヶ月経った今も、サヴァリスとは話はおろか文通すらしていない。お互いを許してなどいないのだ。



 「サーリヤ先輩たちは劇団の営業中だし、ガブリエラ先輩……というか、三日月の会のメンバーは権力者揃いだから、復興祭中は外交で忙しいでしょ。カトラにはお小遣いを渡したから、近所のお友達と一緒に楽しんでいると思うよ」



 正直、今回カトラがいたら出血死していただろう。どうやらカトラは、私を主人公にした妄想が好きらしく、ロアナが来たときには脳内百合展開を、ワトソンが来たときには姉弟妄想を繰り広げて、盛大に鼻血を吹きまくっていた。

 だからこそ、今回は刺激が強そうなので別行動なのだ。それに、カトラの社会勉強も兼ねている。



 「そういえば、カナデ先輩はお仕事平気なんですか?」


 「いいのいいの。私は明日に備えての休養だから。御前試合で体調が悪いとか、格好が悪い言い訳したくないし。それに空の国のメンツがあるからね。他国の出身者を優勝させたくないんだよ」


 「確かに、サヴァリス将軍の相手はカナデ先輩しか出来ませんもんね。会場の強度は大丈夫ですか?」



 私は思わずワトソンにジト目を向ける。



 「おい、嘘でもいいから私に応援の言葉を掛けようよ。なんで、会場の心配しているんだよ」


 「あはは! カナデ先輩の心配する意味なんてないじゃないですか!」


 「言い切ったよ! ううっ……後輩が前にも増して冷たいよう」



 私はもっと甘やかされたいし、敬われたいんだよぉ!



 「何、泣いているのよ、カナデ。そろそろ行くわよ」



 落ち込む私に、ロアナが不思議そうな顔で声をかけた。


 もうサルバ先輩への口と手を使ったお説教はいいのかと思って、当のサルバ先輩へと目を向ける。すると、サルバ先輩は暑苦しくも興奮した様子で私に詰め寄ってきた。

 


 「ほら、行くぞカナデ! 展示場でお前のそのおかしな頭脳を生かした見解を聞きたいんだ! そして

、魔法陣のさらなる発展を共に!」


 「私とロアナにあの偽イチゴミルクを飲ませたのは、それが目的かぁ!」



 魔法陣狂いはぶれない。これだから変人は困るんだよ。



 「ほらほら、先輩方。行きますよ」



 ワトソンが手を叩き、言い合いがヒートアップしそうな私たちを絶妙なタイミングで止めた。



 そう言えば、見た目がショタっ子だから忘れていたけど、この中で一番年上なのはワトソンなんだよねぇ。



 自分の実年齢を棚に上げて、私は展示会場へと歩き出した。












 展示会場はいくつかの場所に分かれていて、国ごとに自慢の品であったり、研究成果を発表する場である。簡単に言うと、前世の万博のようなものだ。他国へ技術力や保有資産をアピールする絶好の機会ともあって、どの国も非常に熱が入っている。


 

 「月の国と風の国は何をやっているの?」


 

 私はサルバ先輩とワトソンに尋ねる。



 「色々ありますけど……風の国の目玉は、魔石で走る高速馬車でしょうか? あとは竜騎士の演目とかですかね」


 「竜騎士の演目とか、すごい気になる! やっぱり火の輪くぐりとかするの!?」


 「そんな曲芸師のようなこと、騎士がするわけがないでしょう」



 ロアナは呆れてるけど、実際に見なきゃ分からないじゃん!

 玉乗りする竜とか、空中を自由自在に駆け回る竜とか、竜に餌をやったりとか、とってもキュートで迫力満点だと思うよ!……あれ、騎士とかいらなくない?



 「月の国は、魔法陣を使った自動治療技術の展示、将軍の狩ってきた超級の魔物の素材をふんだんに使った遠距離魔法特化の杖とかだな」



 何それ、怖い。『ウチの国に余計な手出しすんじゃねーぞ? しても返り討ちだけどな。ヒャッハー!』ってことじゃね?

 私の意訳、間違ってないよね!?



 「……完全に空の国を牽制しにかかっているわね。こちらも戦闘用に転用できる大規模花火の魔道具を開幕早々打ち上げているから、月の国を言えることではないけれど」


 「いいんじゃない。月の国と空の国は牽制し合っているけれど、どっちも戦争をしかけたりする国じゃないもん。この二国が人族領のトップにいる限り、安定して平和だと思うよ。抑止力だね」



 私がロアナに言うと、それを聞いていたワトソンが瞠目した。



 「か、カナデ先輩が真面目なことを言っている!? 明日、世界が滅びるんじゃないですか!?」


 「失礼だな! せめて槍の雨が降るとかにしておこうよ」


 「……それもどうかと思うわよ」


 「槍の雨……雨乞いを人為的に起こせる魔法陣とかどうだろうか! いや、吹雪の方がより魔法陣を美しく見せるやもしれ――ぐふるぁっ」


 「お黙り、サルバドール!」



 自動吹雪魔法陣なんていう、いかにも軍事転用されそうな兵器が誕生する未来をロアナの拳が打ち砕いたところで、私たちは展示会場に着いた。




 「始めにどこを回りましょうか?」



 この会場には数カ国の展示物が飾られている。

 ワトソンの言葉を聞いて、ロアナは復興祭案内の地図を開いた。

 

 「……ここから一番近いのは、雪の国ね。展示物もこの会場では一番だわ」



 私は辞書のように分厚くいパンフレットから雪の国の情報を探す。

 

 

 「……あった! 雪の国の芸術家が作った芸術品の展示と、寒冷地や魔素減少地で栽培可能作物の研究発表だってさ。芸術品見たいな!」



 一瞬だけあのドM王女の姿が頭に浮かんだ。しかし、仮にも彼女は王女。こんな人の多い場所にいる訳がない。外交に精を出しているはずだ。



 「作物の研究ですか!? すごいなぁ……うちの領地でも転用できる研究なのでしょうか」


 「魔素という絶対的な自然界の力を使わずに作物を育てるとは興味深い。魔法陣発動時の魔力削減研究の参考になるか?」


 「文化と芸術の国である雪の国の芸術品であれば、今後の流行の発信源になるかもしないわね。ぐっふふ……芳しいお金の香りがするわぁ、ゲヘヘ」


 「じゃあ、雪の国の展示で決まりだね。4人の休みが被るのは今日しかないから、いっぱい回りたいし、ちょっと別行動する?」



 私が提案すると3人は頷いた。

 なんて個人主義なんだ!……私もだけど。



 その後、私とロアナは芸術コーナーへ。ワトソンとサルバ先輩は研究発表コーナーへと別れた。


 私はスキップしながら、鼻歌を歌う。



 「うっふふーん♪ はらっははーん♪」


 「お菓子でもないのに機嫌がいいわね」


 「だって、芸術品だよ? 娯楽だよ、娯楽!」



 この世界は娯楽が少ない。

 まあ、大多数の人が生活することが精一杯で、娯楽に割く時間がないのも理由だが。



 「カナデに芸術を楽しむ心があるなんて、思いもしなかったわ」



 ロアナが驚きで目を見開く。

 私は腰に手を当てて、憤慨する。



 「失礼な。私にも芸術品を楽しむ心はあるからね! それに、ロアナのこそどうなの。お金儲けのことしか考えていないでしょ」


 「当たり前じゃない!」


 「胸張って言わないでよね!? 芸術に謝った方がいいよ」


 「あら、お金がなければ芸術は花開かないのよ」



 よく言うよ、大金持ったらすぐに消える貧乏神のくせに。……ロアナが怖いから口に出さないけどね!



 「お菓子の城とか芸術的にアリだと思うんだよねぇ。ほら、芸術は爆発だとか言うじゃん」


 「言わないわよ。芸術って言えば、何でも許されるわけじゃないわ。まあ、ある意味、実家の森を爆破して激務を押しつけられたカナデが言うのは、説得力があるわね」



 あの爆破の件でロアナは、エルフの隠れ里に行った私の代わりに各方面へ謝ってくれていたのだ。なんてデキる女。さすがは私の嫁。



 「……そうでございました。ごめんなさい。もうしません、ロアナさん」



 私はロアナに逆らえない。完全に尻に敷かれている。



 ふっ……嫁の尻に敷かれているぐらいがちょうどいいの。情けないとか思っているのは、青二才の考えることだよ。……あれ、なんかおかしい?


 まあ、気のせいか。



 「……あの人、カナデに用があるんじゃない?」



 ロアナの指を差した先は芸術コーナーの入り口だ。


 

 「ワア……ゲイジュツヒンガ、タノシミダナァ」


 「現実を直視しなさい、カナデ。どこからどう見ても彼女、カナデに用があるわよ」


 「………………分かったよ」



 うんざりしつつも再び目を向けると、迫力ある艶やかで気品ある美人――というか、雪の国の第二王女フローラが手を振っていた。



 「カナデお姉様ぁ! カナデお姉様ぁ! こちらですわぁ! 早く来てくださいましぃ~」



 私の名前を連呼する雪の国の第二王女。美人がはしゃぐと、元の綺麗さと普段見せない可愛さが混じり合って、エラいことになる。実際、彼女に見惚れている人が多数だ。そしてそんな美人が感情を向ける相手は私。



 嫉妬と羨望と好奇と同情の目が私へと一心に注がれている。

 視線が痛い。痛すぎる。




 「どうしてだろう。あんなに大変だった仕事が恋しくなってきた」


 「それ病気よ。……諦めなさい」



 私の視界の端には、待ちきれなくなった雪の国の第二王女が走り出すのが映った。


カナデのスペック

実年齢……1034歳

精神年齢……永遠の17歳(禍津神なので成長はない)

身体年齢……117歳(一度縮んだ経験あり。魂が入ってからは17年)

人生経験……34年


だったりします。

寿命がないため、精神年齢も覚醒時で止まっています。

本人的には永遠の17歳です。



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