父と娘。時々メイド戦士
明くる朝。私が作ったホットミルクを客室で飲みながら、オリフィエルがふぅーっと息を吐く。
私はオリフィエルが項垂れているベッドの端にちょこんと座り、自分の分のミルクを冷ましながら、げっそりと青ざめたオリフィエルの顔を見る。
「……死ぬかと思ったぞ。というか、死にかけた。我、創造神なのに」
「さすがは究極進化体のダークエルフだよね。ゴッドスレイヤー?」
「それはそれで面白いな。我の顔の落書きの塗料もだが、落とすのが大変だった。いやはや、生物の進化はいつも驚かされる。まあ、進化しすぎて、自分たちの力を制御できずに滅びるのがお決まりであるが」
「さらっと怖いこと言うなし。あの塗料は私の学生時代の先輩が、面白半分に作ったものなんだよ。折角だから、何か有効利用できないかって相談されて、犯罪者にぶち当てたらどう?ってアドバイスしたらヒット商品になったみたいで、定期的に送ってくれるんだよねぇ。ほら、コンビニに置いてある、強盗に投げつける丸いカプセルみたいなヤツだよ」
現在、水の国王配であるバルミロ先輩は、魔法薬学科を歴代最高の成績で卒業した。そして学園では数々の薬――というか、危険薬物ばかり作っていた。今回の塗料も遊びの延長で出来上がったのだ。しかし、その性能は抜きんでていて、無駄にハイクオリティーなのである。
サルバ先輩を見ていても思うけど、どうして天才って変な物ばかり作りたがるのかな? それに天才って、変人ばっかりだよね。才能の無駄遣いだよ。
「ああ、なるほど。それをパパの顔への落書きに使うなんて……やっぱり、我の娘は面白い!」
「あ……うん。さすがに怒られるかと思ったけど、そんなことはないんだね。オリフィエルっていつも笑ってばかり」
「それは当たり前だろう。我は喜怒哀楽の『楽』の感情が分裂して出来た神だからな」
「え、楽? 分裂? 何それ」
私は首を傾げて疑問符を浮かべる。
そんな私を見たオリフィエルはそっと微笑んだ。
「うーん。ザックリ言うと、我は楽の感情しか持っていない。嘆いたり、落ち込んだりして見せるが、あくまでフリだけだ。本気な訳ではない。だから、絶望も憎しみも知っている奏には興味が尽きないんだよ。我とは違いすぎるからね」
「ザックリ過ぎだし、意味不明。少しは私に教えてくれてもいいじゃん」
実際のところ、オリフィエルは父親ではあるが、私は彼について何も知らない。私のことは覗き見をしたりして勝手に知っているのに不公平だと思う。
……というか、オリフィエルのやっていることはストーカーと変わんないし。地球世界なら6か月以下の懲役、または50万円以下の罰金だよね。あ、でも隠蔽工作も神力でごり押ししそう。
もしかして、私にオリフィエル自身について詳しいことを話さないのは、何か凄惨な過去が……?
「え~、昔のことなんて話すの面倒だよぉ~」
「うん、分かってた! オリフィエルってこんなヤツだよ。適当神!」
「パパと言いなさい、パパと!」
そう言って、ガバリッとオリフィエルは両手を広げた。その勢いで、オリフィエルの持っていたカップからホットミルクがベッドにまき散らされる。
「おぃぃいい! ふっざけんな、誰が掃除すると思ってんだよ!!」
「何をそんなにカッカしているんだい、奏。掃除するのはカトラくんだろ? 我に奏が怒るのはお門違いさ!」
「うっゃぁぁあああ! ムカつく! 肉団子にしてやるよ!」
「あ~れ~、止めてくださいまし、お代官様~」
殴りかかろうとオリフィエルに馬乗りなる。するとオリフィエルは、時代劇の美人町娘Aのような台詞を吐いた。身体をくねらせながら目を潤ませていて、非常に腹立たしい。
「ムカつく、ムカつく、ムカつく! その無駄な色気はなんだ! どうして私にその顔を遺伝させなかったんだよぉぉ」
「え、まだそれ根に持っていたんだ?」
「根に持つわ、ボケェ! 何もかも思い通りにいくような、人生イージーモードが良かったよ!」
私は悔し涙で視界を歪ませながら、オリフィエルの襟首をつかみ、力任せにガンガン降りまくる。
「うわぁぁああん! もう何もかも、オリフィエルのせいだ。仕事は溜まるし、サヴァリスは変態戦闘狂だし、私は禍津神だしぃぃいい!」
「あー、奏。そ、その、我もさすがに……きも、ちわる、これが、二日、よ……い」
――バタンッ
「創造神殿。朝でござるよーう?」
元気良い声と共に、カトラが部屋に入ってきた。服は昨日とはまた違うメイド服を着ていて、手には洗濯カゴを持っている。
カトラは私とオリフィエルのことをボーッとたっぷり30秒ぐらい見ると、顔を真っ赤にさせて両手で隠した。
何やってんの?この子は。
「おはよう、カトラ。洗濯カゴ落としたよ?」
あれ、反応がない。
気分が悪いのかと思ってベッドから降りようとすると、カトラが両手をだらりと下ろした。しかし、依然カトラは顔を俯かせたまま。
しばらくすると、漸くカトラの小さな唇が震え出す。
「……あ」
「「あ?」」
私とオリフィエルが聞き返すと、カトラはガバッと顔を上げた。その顔は恋する乙女のようでいて、肉食獣のどう猛さも兼ね備えている、なんとも言えないものであった。
「朝からお楽しみでござるぅぅぅうううう! はぁうんっ!」
「え、カトラ? どうしたのいきなり!? お楽しみ違うからね!?」
「いや、お楽しみだったね~。父と娘のコミュニケーションさ」
「オリフィエルは黙ってて!」
「はぐっ!」
オリフィエルに一発拳をキメて、私はカトラの元へ駆け寄ろうとする。しかし私は、直ぐに動きを停止してしまった。
……鼻血を出しながら泣いていやがる!? どうしたの。私の可愛いカトラちゃんはどうしちゃったの!? なんか気持ち悪いよ!
「父と娘……安心してくだされ、主様! 拙者には偏見はござらぬ! いや、むしろ……アリでござる。そうこれは……萌え! 萌え萌えでござる!」
「いや、その偏見は大事だからね。急いで拾っておいで、カトラ!」
というか、萌えって地球世界の言葉だよね!? どこからそんな言葉を覚えてきたの、カトラちゃん!
「創造神殿のお土産にくださった、高度文明の書にも書いてあったのでござる。同性愛に異種愛、禁断の恋だからこそ燃え上がると。近親愛は倫理的に禁止されておりまするが……主様は禍津神ゆえ、許容範囲かと」
いや、許容できないよ!? それに高度文明の書って……
「可愛い娘の眷属だからな。参考書に同人誌や商業漫画を少々」
「やっぱりお前かぁぁああ! うちの子に何してくれてんの!? 純白の心が一晩で腐ったぁぁああ!」
白い絵の具に黒を混ぜれば純白に戻れないように、一度腐ったら戻れないんだぞ!? この責任どうしてくれる!
「大丈夫だ、奏。成人向けは渡していない」
「そういう問題じゃねーよ! オタク文化はこの世界にはまだ早いから! 時代が追いついていないから!」
「何事にも先駆者が必要だ」
「先駆者も何も、地球世界から輸入しているだけだろうが!」
私は再びオリフィエルに掴みかかる。すると背後に悪寒を感じた。
「うふ、ふふ、ふふふふ。拙者は……拙者は……幸せ者でござるぅぅうううううう!」
「あ、待ってカトラ! 誤解だから、妄想フィルターかかっているからぁ!」
盛大に鼻血を噴き出しながら、カトラは部屋を飛び出していった。
私はそれを追いかけようと慌てて走り出す。
「奏。神力は自分の願いを具現化する力。それを忘れてはいけないよ」
部屋を出る直前にオリフィエルが私へ言った。
その言葉は妙に私の耳に残る。
……願いを具現化?
カトラへの誤解を半分ほど解いた後。
先ほどの言葉の意味を問いただすために再び客室に戻ったが、そこにオリフィエルの姿はなかった――――




