神殺し…かもしれない少女
サヴァリスに宣戦布告した後、私は転移魔法も使わず、夜の王都を練り歩く。
もう日付をまたいでいる時間帯ではあるが、空の国の王都はまだまだ眠らない。酒場や地球世界でいうキャバクラ的な場所は特に賑やかで活気がある。
「ああ、もうムカつく! サヴァリスの変態戦闘狂!」
怒りで熱くなった頭を冷ますように夜風に当たるが、一向に冷めない。
「……もう帰ろうかな」
カフェで包んでもらったスイーツと、途中、酒場でお土産に買った骨付き肉をを見て私は呟く。
こんなときは早く寝るに限る。
そう思った私は、そのまま繁華街近くにある居住区へと歩き出す。
やがて赤い屋根の中々立派な家が見えてくる。
王宮の仕事を辞めるのを見越して、最近借り始めた私の家だ。
……いつまでも寮には居れないからね。
「あれ? 火を使っているのかな?」
家の煙突からモクモクと煙が出ている。
私は家に入ると、大きな声で呼びかけた。
「ただいま!」
「お帰りでござる、主様!」
私を玄関で出迎えてくれたのは、ダークエルフの長であるカトラだ。
本当は他のダークエルフたちと一緒に浮遊島に行くはずだったが、主である私を守るのだと侍魂を発揮して面倒くさいことになったので、私の侍女としてこの家の家事全般をお願いしている。
「今日は仕事が遅くなるから先に寝てていいって言ったよね?」
「しかし……主様よりも先に寝るのは……」
そう言って俯きながらモジモジと手をこすり合わせるカトラ。
……真面目か! これ、私が一週間とか家に帰らなかったら、ずっと起きているんじゃないの? 侮れねぇ、侍魂。
「いやいや。起きていられる方が私の心が落ち着かないからね」
「やはり主様はお優しい……!」
「やめて、そのキラキラとした目を向けないで! 私の汚れが浮き彫りに……」
まるで私を聖なる女神のように崇拝するカトラには、未だに慣れない。
というか、腹を出してソファに寝っ転がったり、私が色々やらかして家に来たロアナに正座でこっぴどく叱られている姿も、カトラは見ているはずなのだ。
それなのに、私への幻想は止まらないらしい。
「主様はこの世界の誰よりも優しく気高いお方でござる!」
「いや……私って、アホだし、歩く最終兵器だし、菓子狂いだし……カトラの思うような存在じゃ――」
「うむ。親しみやすさも兼ね備えている。さすが、主様は完璧な御仁でござるな!」
……いたたまれないから、ちょっとは私に幻滅してよぉ!
「……もういいや。それでさ、カトラ。帰ってきてからずっと気になっていたんだけど……その格好なに?」
私は深い心理的ダメージを負いながら、カトラの服に目をやる。
今朝、家を出たときは普通の服を着ていたはずなのだ。それなのに、今のカトラは何故かメイド服を着ていた。
しかも、私の記憶違いでなければ、あれは幼馴染みのカズくんに借りた某恋愛シミュレーションゲーム――所謂ギャルゲー――のサブヒロインが着ていたメイド服じゃないか?
あの無駄についたフリルが特徴の若い女の子しか着ることが許されないデザインと、汚れやすそうな薄い色の生地、仕事に支障をきたすであろうスカートの短さ。間違いない。なんでクラシカルなメイド服じゃないんだよ!あざとすぎて逆に萌えねーわ!と画面にツッコミをいれたからよく覚えているのだ。
こんな馬鹿丸出しなのに、無駄にあり得ないことをするのは一人……いや、一神しかいない。
「あ、主様の出迎えで忘れてござった! 主様の父上、創造神オリフィエル殿がお見えでござるよ」
「……オリフィエルゥゥゥゥウウウ! うちの可愛い眷属に、何してくれとんじゃぁぁあああ!」
私はリビングへと駆け出した。
そして勢いよく部屋の扉を開ける。そこには私が先日二時間並んで買ったイチゴプリンを優雅に食べる駄神がいた。
「やぁ! 久しいな、我の可愛い娘よ!」
「ふっざけんなよ、ボケナス神! 私の……私のイチゴプリンが……後で食べようと思っていたのに……」
私は喪失感でがっくりと床に膝をついた。
そして、オリフィエルがそっと私の肩を叩く。
「うーん。ごめんねぇ?」
「天誅ぅぅぅうううう!」
「ぐふるぁっ!」
正拳突きと身体強化、さらに雷魔法を併用させた、少年漫画の主人公の必殺技ような強烈な一撃をオリフィエルにお見舞いする。そしてオリフィエルは回転しながら部屋の壁に叩きつけられた。しかし、この家全体には常時結界が張っているので(カトラを守るため)、壁をぶち抜くことはない。
「なんか……前よりも威力上がっていない?」
そんなことを言ってはいるが、オリフィエルはまだまだ余裕な表情をしている。
……最後にオリフィエルへ直に拳をぶち込んだのって、この世界に来る直前だっけ。
「まったく、何年も前のことを言われても困るよ。私は日々進化する女なの!……で、今のは私の怒りの分。そしてこれは、お前に食べられてしまったイチゴプリンの分だぁぁぁああああ!」
「ちょ、蹴りはさすがに……蹴りは……止めてぇ!」
――ゴリィッ
制御ペンダントを投げ捨て、オリフィエルへかかと落としをお見舞いしたが、寸でのところで避けられてしまった。そして禍津神の力を振るったせいで、床が砕けてしまう。さすがにカトラに怒られてしまうと思って振り向くが、彼女は恍惚とした表情をしている。
「主様、やっぱり最強でござる……!」
「……やっぱり、いたたまれないよぉ!」
「ふむ。これは珍しい。己の一部から生まれた眷属でもないのに、こんなに従順とはね」
オリフィエルは立ち上がると床を神力で直して、カトラを興味深そうに見る。私はカトラの前に立ち、オリフィエルを睨み付ける。
「うちのカトラに何かしたら、オリフィエルでも……いや、オリフィエルだからこそ容赦しないからね! 絶縁だから!」
「パパに対して絶縁だなんて……。ぱ、パパは絶対に許さないからな!」
オリフィエルは涙目になった。
しかし、私は容赦はしない。イチゴプリンの恨みは末代まで祟るのだ。
「というか、イチゴプリンの恨みもまだ晴らしてないんだけど! 絶縁だ! 今すぐ絶縁だよ!」
「ウチの娘が思春期! でも、可愛いし面白い!」
「私は本気だからね!」
そう言って脇をしめて再び正拳突きの体勢になると、オリフィエルは慌てた様子で両手を挙げて降参のポーズをきめる。
……たとえ血を分けた父親だとしても、私は倒さなければならない。なんて悲しい運命なの! それでも私は……オリフィエルの屍を越えていくよ。だって、私はイチゴプリンの敵を取るって、あの星に誓ったんだから!
脳内で一人茶番を繰り広げた後、私は無抵抗のオリフィエルへ拳を放つ。
慈悲?そんなもん、地球世界に置いてきたわ!
「奏! 我が死んだら、お土産に買ってきた地球産チープ菓子も一緒に消えるぞ!」
私の拳はオリフィエルに当たるギリギリのところで止まる。
「……チッ。命拾いしたな。ほら、さっさとブツをだしな」
「娘が反抗期だよ~」
私が荒々しくリビングテーブルを指さすと、オリフィエルは口を尖らせながら指をパチンッと鳴らす。すると、テーブルいっぱいに山のようなお菓子が積み上がる。
「わぁ! マール、コアラのレクイエム、バッキー、わらびの森……ハイパーカップまである! カトラ、どれ食べたい?」
地球世界で大好きだったチープ菓子たちに、私のテンションはうなぎ登りだ。
「拙者もよいのでござるか!?」
「一人じゃ食べきれないし。なんなら、浮遊島のダークエルフのみんなに送ろうか」
お菓子は一人で食べるより、みんなで食べるほうがおいしいからね。
「主様、かたじけのうござる!」
「いいよいいよ。後コレ、私のお土産の骨付き肉とスイーツね。悪いんだけど、冷蔵庫にいれてきてくれる? それと、お茶を入れてきて欲しいな。カトラのとっておきのやつね」
「承知!」
カトラはアイスクリームや私が買ってきたお土産を抱えてリビングを出て行った。カトラの入れるとっておきのお茶は、大体10分ぐらいかかる。その間、この部屋には私とオリフィエルだけだ。
私は迷いながらも菓子の山からバッキーを手に取ると、箱を開けて一本取り出し食べ始めた。
「んまぁー! 前と変わらない味だね。懐かしいなぁ」
「もう怒っていない!?」
「……許すのは今回だけだからね」
良かったと言いながら、私の向かい側のソファーにオリフィエルは腰を下ろす。そして、オリフィエルはお菓子を食べる訳でもなく、にこにこと私を見つめている。
……やっぱり、無傷じゃん。腹立つ。
オリフィエルは私の制裁から逃げ回ってたが、あの程度は脅威ではないのだろう。というか、私がいくらオリフィエルに攻撃をしかけようと、彼にとっては子供が暴れているに過ぎない。それほどまでに、私とオリフィエルの力量さは明白だ。
だから、さっきのことだって、じゃれ合いぐらいに思っているに違いない。
「……それで。わざわざ教えてもない家に来て、何の用?」
「ん? 娘の顔を見に来ただけだよ」
「本当に?」
訝しげに訪ねると、オリフィエルは満足げに頷いた。
「うん、元気そうで良かった。眷属を作ったり、仕事を辞めたり、奏が動いているからね。気になっていたんだ。それに、我が外から覗くことの出来ない世界樹で、タナカと密談していただろう?」
オリフィエルは笑顔のままだ。しかし、私の背はゾクリッと一気に冷え、手は小さく震えている。殺気とはまた違う、オリフィエルの創造神としてもオーラというものだろうか。私はそれに圧倒され、初めてオリフィエルを怖いの思った。
「……私が何をしようと関係ないじゃん。いい加減、子離れしたら?」
内心の恐怖を押し隠し、私はいつもの調子でオリフィエルに答えた。
「子離れはあり得ない。だって、我は娘が欲しくて奏を創ったのだから。それに、我は奏にこの世界をあげると約束した。だから、奏がこの世界で何をしようと関知しない。たとえ……世界を壊そうと、栄えさせようとね。我にはもはや関係のないことだ」
「……この世界の滅びの運命を変えるために私を送り込んだのに、壊れてもいいんだ?」
「いいさ。もう、我の世界じゃない」
「この世界をくれるのは、私が人生を終えたらって話でしょ」
「おや? そうだったね。うん。そうだった」
どこまで……いや、全部知っているの?
惚けた様子のオリフィエルに、私は警戒を強めた。
「そう怖い顔しないで、奏。我はパパなのだから。奏の味方だ」
「よく言うよ、警告しに来たくせに。……まあ、生き直させてくれたのは感謝してるし、父親だとも思っているけどね」
「それならばパパと呼んでごらん! さあ、パパだ!」
「うざい」
「お茶が入ったでござるよ!」
オリフィエルが両手を広げて私に迫ったところで、カトラがお茶を持ってリビングに入ってきた。カトラはオリフィエルの残念な美形ぶりに目もくれず、テーブルの上にお茶を置いた。紅茶とは違う、薄緑色の緑茶のような色のお茶だ。
オリフィエルはカップを手に取ると、戸惑いもなく口を付けた。
「悪いね。いただくよ――ぶっひゃっ!」
オリフィエルはカトラ特製のお茶を飲んだ後、間抜けな声を上げて顔面をテーブルに叩きつけた。そしてピクリとも動かない。
「どどど、どうしたでござるかぁ!?」
「ふははっはは! 見たか、ウチのカトラの殺神級飯マズスキルを! ざまぁ!」
高笑いが止まらないよ!
カトラは料理が出来ない。いや、見た目は完璧なのだが、何故か出来上がるものすべてが激マズ――というか、劇物なのだ。
それは、禍津神の私が意識を失うほどのものである。それはお茶にも発揮されるのだ。
カトラが気合いを入れれば入れるほど、凄まじい劇物が生産される。今回は私の父であるオリフィエルに出すとだけあって、カトラは張り切ったようだ。
「ふふん♪」
私はバルミロ先輩特製の魔法塗料を亜空間から取り出し、筆に馴染ませる。そして意識を失ったオリフィエルを横に寝かせて、その綺麗すぎる顔に落書きをしていく。まずはマールおじさんのような丸髭からだ。
こうなると、人智を越えた美形も形無しだね! ふっふふ、愉快愉快!
「あわあわっ! 主様の父上が突然寝てしまったでござる。お疲れであったのに気づかないとは……カトラ、一生の不覚でござる!」
「……カトラ、客室の準備しておいてくれる?」
「承知!」
客室を準備するためにカトラがリビングを飛び出していく。
「カトラ、飯マズの自覚ないんだよね。……殺されないように気をつけよう」
私の眷属は末恐ろしい。