出会ってしまった運命 後編
平凡顔でスィーツ男子とか、私限定のチートかよ!とか思いつつ、私は冷静を装い、ウェイトレスのお姉さんが運んできたスィーツを優雅さを意識して受け取った。
ぐっへへ……どれから食ってやろうかのう。
悪代官のようなことを内心で思いながら散々迷ったあげく、チョコバナナクレープからいくことにした。紙で包まれたクレープを持って食べるのもいいけれど、こうしてナイフとフォークを使って食べるのもまた一興。
どちらかがいいんじゃない、どっちもいいんだよ。
そんなお菓子博愛主義を脳内で論じながら、私はクレープを切り分ける手を休めない。そしてクリームもバナナもチョコレートも全部均等に味わえるように一口大に切ると、そっと口に運ぶ。
もっちりと厚めの生地だが、端の方はパリッとしていて食感の変化に富んでいる。その生地が包み込み隠していたフレッシュなクリームと、ねっとりと甘く濃厚な完熟バナナ。そして時折、トロリと流れるビターなチョコの絶妙なハーモニー。
なんて、なんて……幸せなんだろう! 生きててよかったぁ。
まさに幸せの絶頂を堪能していると、すっかり意識外に置いていた平凡男子が控えめに笑っていた。
「ああ、失礼。女性を笑うのはいけないことだと分かっているのですが、あまりにも幸せそうなので。つい微笑ましく思ってしまいました。本当にお菓子が好きですね」
「大好きです! 私の生きがいですから!」
思わず拳を握りながら力説すると、平凡男子はそれも笑って受け流してくれた。
普段ならごく一部の信者を除いて、冷たい目を向けられるのに!?なんて、心が広いんだ!マジ紳士!って、これ本格的にヤバくない?私の好みドンピシャなんですけど!?
私はちょっとばかしブラコンである。それは仕方のないことだ。艶サラな毛並みで優しくて頼もしくてカッコイイ紳士の兄なのだから。
しかし、だからこそ私の異性に対する条件は跳ね上がったと言えよう。
何故なら、私の好きな異性のタイプは、平凡な容姿でスィーツ好きの紳士だからだ!!
どこの世界に、私のような普通じゃない、むしろ異常を具現化したような存在に近づく一般人がいる!?
いないよね?
私も他人だったらダッシュで逃げるよ!半径20メートルに近づかないし。
自分で言ってて悲しいけどね!
「やっぱり、貴女は面白い人ですね。それに可愛らしい」
「かわっ……」
好みの顔にカワイイって言われるとか、乙女ゲームか!?いや、現実だよ!……そうだよね?私の頭がついにおかしくなった訳じゃないよね!?
私は混乱を誤魔化すようにクレープを口に運ぶ。なんだかさっきよりもクレープがおいしく感じるが、平凡男子のカワイイ発言とは関係ないだろう。絶対にだ!
「ああ、私のも届きましたね」
平凡男子の目の前には、ボリュームたっぷりなサンドウィッチとこの店一番人気のガトーショコラ、そして珈琲が置かれた。このガトーショコラは冷たいままでもおいしいのだが、温めるとまた違ったおいしさになる。至極の一品だ。
平凡男子は先にサンドイッチを食べ始めた。
サンドイッチをナイフで食べ始めるようなお嬢様チックなことはしないが、どこか品があるように感じた。片手で食べているのに。もしかしたら、中流の中でも裕福な家庭の出身なのかもしれない。
「おいしいですね。いくつか持ち帰りを頼みましょうか……」
おいしそうにサンドイッチを食べる平凡男子を見ると、激務ですさんだ心が癒やされる。それに、やっぱりカッコイイ。……私基準で。
「……野菜や肉は食べないのですか? 差し出がましいようで申し訳ありませんが、お菓子ばかりでは、あまり体には良くないと思いますよ?」
ロアナとワトソンには昔からよく言われることだけど、それを指摘されると痛い。
私は苦い顔をしながら、慌てて弁解する。
「きょ、今日は……仕事で疲れて、その……特別なんだよ! スイーツデーなの!」
そもそも、私は禍津神なんだから、野菜なんて必要ないんだよ!
お菓子100%でも十分生きていけるの!
しかもオリフィエルに成長過程を固定されているから、太らない素敵な身体なんだよ。
どうだ、羨ましいだろ! その分……胸も大きくならないけどね。
「お仕事が大変なのですね。でも、そのおかげで貴女に出会えたので、私は感謝せねばなりません」
「私はすごい疲れました」
「では、労わなくては。はい、どうぞ?」
そう言って、平凡男子はガトーショコラを切り分け、一口分をフォークに乗せて私の口元に運ぶ。
「な、な、なななな!?」
おぃぃいいい!?
これは、バカップルがやっていたら殺意が芽生えることベスト3の『あーん』じゃないか!?
何故、こんな私には絶対に縁のない事象が目の前で起こっているんだ!
「どうぞ?」
フォークを差しだしたまま、有無を言わさない笑顔を向ける平凡男子。もしかしたら、平凡だけなのは顔だけなのかもしれない。恋愛経験値が高めな気がするよ!
私は羞恥で赤くなった顔を隠すこともできず、パクリッと目をつぶりながらガトーショコラを食べる。
「おいしいですか?」
「……恥ずかしいです」
「それは良かったです」
しっとりとほろ苦いガトーショコラは、やっぱり絶品だ。でも、恥ずかしい。
「その……意外に意地悪なんですね」
「すみません。貴女の色々な表情が見たかったので」
このひと、本当に私と同じ平凡顔なの!?
めっちゃ、口説き慣れしている気がするんですけど!?
恥ずかしげもなくサラッと言いのけた平凡男子に、私は戦慄した。そして、顔の赤みが一向に引かない。まあ、好みの顔に言い寄られて顔を赤くしない女子がいるかと聞かれれば、答えはNOだ。そこまで私は枯れていない。というか、現役だから!
「あの……そういうことは、特別な人にした方がいいですよ?」
「貴女は私の特別ですよ」
「軽々しく、そんなことを言っちゃ駄目ですよ!」
私は眉をつり上げて、抗議する。
確かに平凡男子は私の好みドンピシャだけど、恋とかじゃないと思う。初恋とかまだだけど、そんな感じがする。逆に私は、一目惚れされるような容姿をしていない。顔の平凡さには自信がある。私のように特殊な嗜好を持っている人なんて、滅多にいないだろう。
私は平凡男子を侮っていた。この人の紳士な態度は飾り。おそらく、どう猛な虎のような野獣性を心に秘めているのだろう。地球世界で言うベーコンアスパラ男子というヤツだ。
実にあざとい! けしからん!
「軽々しくないのですが。もしかして、貴女には既に恋人が?」
「恋人!? そんな人いる訳ないですよ!」
私がそう言うと、平凡男子は目を細めた。
「本当に? 噂では、第五王子といい雰囲気だとか。王太子付きの女魔法使いカナデさん?」
「私のこと、知っていたんですか……?」
「黒髪の女性は、この世界に貴女しかいないでしょう? 有名人ですから、知らない方がおかしいですよ」
……確かに。歩きながら身分主張しているようなもんだよね。
「それで、質問には答えてくれないのですか? ……恋人でないのなら、貴女の片思いなのでしょうか?」
「第五王子殿下は、同級生ですけど……それだけです! 私が好きな人は――って好きな人?」
今、何を言いかけたの?
私には好きな人がいないはずなのに、口は勝手に好きな人をしゃべろうとした。
え? 私、もしかして好きな人がいるの!?
焦る心の中に思い浮かんだのは、大好きなお兄ちゃん……というオチではなく、私が回避すべき美形の戦闘狂――サヴァリスだった。
おい、ちょっと待て、私! やめとけ、ソイツだけはやめとけ!
そう思う心も確かにあるのだが、サヴァリスの私を見る真剣な目が思い出されて、頭の中が混乱する。
「あっ、うー、ちが、でも……もう訳わかんない!」
「ああ、クリームが口元に付いていますよ、カナデ」
混乱の元凶である平凡男子を涙目で睨み上げる。すると平凡男子は、それを気にせず私の口元についたクリームを指でぬぐい、それを自分の舌で舐めとった。
私は一連の色気のある仕草に頬を染める訳でもなく、違和感を感じていた。
あれ? 女の人みたいにキレイな手なのに、なんだかゴツゴツしていたような?
私は訝しむ視線を平凡男子に送るが、彼は微笑んだままだ。この常に微笑んでいる感じ、なんだか見覚えがある。
え? まさか、そんな……あり得ないよね?
そう思いながら、魔法使いとして私は彼を注意深く観察する。そして見つけた。ほんの僅かに魔力を放つ指輪を右手にしているのを。十中八九、魔道具だ。
「その魔道具……高度な隠蔽の魔法がかかっている? それ以外にも複数……しかも、私にも簡単には読み取らせない複雑な魔法構築。これ、かなり燃費悪いよね。それを常時発動して平気な顔をしているなんて……」
私の脳内には、魔道具を開発したであろう魔法陣狂いの天才魔法使いと、人智を越えた魔力を持つ英雄の姿が浮かぶ。しかも、私はその二人は、近しい関係にあることも知っていた。
平凡男子は、微笑みを崩さない。私の怒りの沸点はそこで超えた。
「何やってんの、サヴァリス!」
「やっと気づいてくれましたね、カナデ」
私が指輪をむしり取ると、素敵平凡男子の幻影は消え去り、誰もが惹かれずにはいられない美貌の将軍が現れた。サヴァリスは先ほどの幻影よりも高い視点から、私を嬉しそうに見下ろす。
「私の純情を弄んだね!? あんな、カッコイイ姿で誘惑して欺して……サイテー! ふざっけんなよ!」
「は? カッコイイ姿……?」
サヴァリスが困惑しているようだが、私の知ったことではない。
「私の萌えを返せ! あと、私、ものすんごい怒っているからね!」
「怒っているのは、私もですよ。わざわざ空の王宮でカナデを指名したのに貴女直々に断られましたし、マティアス殿には馬鹿にされ、空の王には牽制と挑発を受けました。挙げ句城下では、カナデとマティアス殿の婚約は秒読みだと噂されている。カナデは私の本気を知っているのに酷い話です。……怒りたくもなるでしょう?」
「私は仕事が忙しかったし、サヴァリスが来たとは言われていない! それに、噂話を信じるとかありえないよ!」
「身に覚えのない噂を流されるなんて、危機感が足りていないのではないですか? 外堀を埋められても遅いですよ?」
サヴァリスは微笑んだままだけど、私を威圧してきた。
美形が笑ったまま怒るとか、マジ怖い。
こんなの一般人が受けたら卒倒ものだよ!? 私は禍津神だから平気だけども!
「何それ。私が外堀を埋められたぐらいで、利用されるような馬鹿だとでも思ってるの?」
そう考えると、サヴァリスの言っていることは、かなり私に対して失礼だと思う。
「あまり王族を嘗めるものではありませんよ? 王族は国のために動きますが、根っこは強欲ですからね。自分が思うように事を進めるために、陰で動くことを得意とします。私を含めてね?」
まるで幼子を窘めるようなサヴァリスの言葉に、私は益々怒りを強めた。
「子供扱いしないで! 幻影を纏って私に近づいたのは、欺して説教するため? 動揺する私を見て楽しんでいたの? だとしたら、質が悪すぎるよ」
「……そんなつもりはなかったのですが、そうは思いませんよね。お互いに」
私とサヴァリスはお互いに殺気を放つ。
「あ、あの……店内での乱闘はご遠慮いただいておりますぅっ!」
私たちの間に乱入してきたのは、ウェイトレスのお姉さんだった。トレーを持つてがガタガタと震えている。
ハッと我に返った私は、周りを見渡す。オープンカフェのスペースにいたおかげか、店舗内は無事だったようだ。しかし、同じく外で食事をしていた人たちはテーブルの下に隠れているし、通行人は全力疾走をして私たちから離れよう躍起になっている。
……か、かなり迷惑かけてる?
どうやら私とサヴァリスの殺気は一般人にはかなり刺激的だったようだ。このまま店を出禁になってスイーツを食べられなくなるのは勘弁願いたい。私はキッとさらにサヴァリスを睨み付け、不作法に人差し指を向けた。
「今日のところは見逃してあげるけど、私は怒っているからね!」
「私も怒っていますよ?」
ウェイトレスのお姉さん乱入後も一触即発の雰囲気は変わらない。
私は覚悟を決めて、サヴァリスに向き合う。
「……私たちは話すよりも戦った方が早いよね」
何せ、サヴァリスは戦闘狂で、私の精神の本質は破壊と呪いを司る禍津神だ。
「ですが、私たちが本気で|殺≪や≫り合えば、国が吹っ飛ぶどころでは済みませんよ?」
「そんなことは分かっているよ! だから……三ヶ月後の復興祭で行われる御前試合で決着をつけよう。私が直々の魔法を組み込んだ競技場でやるから、周りを気にする必要はないよ。他の魔王討伐の英雄も出るけど、サヴァリスなら関係ないよね?」
小鼻フンッと膨らませ、挑発するような視線をサヴァリスに向ける。
御前試合の出場は王太子に頼まれていたことだ。私は復興祭後に退職が決まっているから参加する気は更々なかったが、こうなっては仕方ない。正々堂々、サヴァリスをブチのめせる絶好の機会だ。利用しない手はないだろう。
もちろん、禍津神の力を解放するなんて大人げないことはしない。制御装置をつけたまま、勝ってみせる。
「私がカナデのおかげで英雄になったような連中に遅れをとるとでも? 逆に私はカナデの方が心配です。お菓子で買収されて負けるのではないかと」
「そんな子供みたいな手に引っかかるわけないじゃん! やっぱり、私のこと馬鹿にしているでしょ!」
「子供扱いも馬鹿にもしていませんよ。信じてもらえないのでしたら、そうですね・・・・・・大人らしく、賭けでもしましょうか。勝者が敗者に一つだけ命令権を持つ、とかどうでしょう?」
「上等! 首を洗って待っていなよ。ボッコボコになってから後悔しても遅いんだからね!」
そう言うと私はくるりとサヴァリスに背を向けて歩き出す。
私たちは戦い合う運命だったんだよ! 敵と書いてライバルとは読まないからね!
そんな私の心中を知ってか知らずか、サヴァリスは私へ穏やかな声音で呼びかけた。
「カナデ。残ったスイーツを持ち帰らなくて良いのですか?」
「あっ、いや、その……それぐらいで勝った気にならないでよね!」
私はウェイトレスのお姉さんに騒ぎを起こしたことを平謝りすると、残ったフルーツゼリーとケーキをお土産用に包んでもらった。
そして終始笑顔だったサヴァリスに殺意を募らせるのだった。
怪獣大決戦、開催決定です。
いつも冷静なサヴァリスですが、今回は第五王子と空の王にイライラしていたことと、明らかに外堀を埋めようと流されている噂、そしてカナデが迷宮攻略以降どこか人と距離を置き始めたこと対して焦ったため、カナデに八つ当たり気味になってしまいました。
しかし、途中で冷静さを取り戻して自分の望む方向に誘導。カナデと戦えることに内心ウハウハです。戦闘狂やべぇ・・・・・・。




