出会ってしまった運命 前編
今は魔王討伐から2年以上経ち、人族領の復興も粗方進んだ。
おかげで、人族領は未だかつてない好景気となっている。
と言っても、王政打倒の反政府組織が活発化している南の国々や、独立運動が盛んな旧陽帝国領などは、まだまだ自国のことで精一杯のようだ。
しかし、それ以外の国――特に魔王討伐メンバーを輩出した国と、最低限の被害で済んだ月の国と水の国は、人族領を牽引する国として凄まじい勢いで発展している。
これまでは、あまり他国同士で協力することはなかったが、徐々に友好関係を築いたり、交易の交渉をしたりしている。
私の住む空の国も例外ではない。
ユリア姫との婚姻により水の国と友好関係を深め、人族領最長の交易路を最短で作り上げた。もちろん、それは環境整備課と私が汗水たらして、上司に恨み言を叫びながら作り上げた血の道である。これにより、空の国に様々な輸入品と人が集まるようになり、王都は以前よりも華々しい。
だが、友好関係になれば、敵対――まではいかないが、緊張状態になる国もある。
それは、月の国だ。
まあ、元々月の国と空の国は仲が良くなかったらしい。人族領一の魔法技術を誇る空の国と、人族領一の軍事技術を誇る月の国。つまりは、人族領のトップを争っている。二国間で戦争をしたことはないので、ライバル関係といったところだろうか。
月の国は現在、風の国と雪の国と友好関係を築いている。三国間で、関税の撤廃やらなんやらと色々な政治政策を行っているらしい……全部ロアナ情報だけど。
そんな訳で、交易路のおかげで税金がうっはうっはなはずの空の王が焦りだし、突如『魔王討伐から2年経ったし、空の国で他国も巻き込んだ復興祭をやろうではないか。より経済も潤い、空の国の力も示せる。妙案ではないか?』と利益主義の発言をしたから、あら大変。
空の国の王宮内は、激務に苦しめられましたとさ。ははっ。
「――って、笑えねーんだよ、クソがぁぁああああ! 毛根更地にするだけじゃ、私の怒りは収まらないからね!」
私は決算書を書き殴りながら、王太子執務室で叫びを上げた。すると、私の傍に控えていた財務局の文官が虚ろな目で呟いた。
「いっそ、不能に……ほら、陛下にはもう必要ないでしょうし……フフフ」
コイツ、あまりの忙しさに闇堕ちしてやがる……!?
私が手を休めずに恐れおののいていると、執務室のドアが勢いよく開かれた。普通ならば、ありえないことだ。しかし、今現在それを咎める者は誰一人いない。
「カナデさまぁぁあああ! 競技場の建設がこのままだと、完成が2年後になってしまうようです! これでは復興祭が終わってしまいます。環境整備課から、応援要請が来ています!」
「知らんがな! 魔法関係だからって、私が必ず協力するとか思うなよ! そんぐらい自分たちでやれ! 本職だろうが! ……はい、財務局の決算書終わり!」
私は最後に宰相補佐様から預かった代理判を押し、闇堕ち文官に押し付けた。闇堕ち文官は私に一礼すると、ふらふらとした足取りで王太子執務室を出て行く。
「そこを……そこをなんとか……環境整備課は、王都の道の整備に駆り出され、競技場の建設にまで力が及ばなのです……!」
「知らないって言ってんじゃん! 纏わりつくな、呪うぞ!」
「その呪い、甘んじて受け入れましょう! だからどうか……御慈悲を――」
纏わりつく文官がうざかったので、私は転移魔法で強制的に競技場へと飛ばした。
私に縋る暇があるのなら、自分でなんとかしろ!
「カナデさぁぁああん! 復興祭に出店したいと申請している各国の菓子店リストがありまして、ユリア姫がぜひ、カナデさんに決めていただきたいとのことです。オーランシュ宰相補佐の代わりに文官を纏め上げている中で申し訳ないのですが……」
「よくぞ重要な仕事を後回しにせず、持って来てくれた! それは私が処理しよう! 貴方は戻っていいよ! ユリア姫には近い内にお伺いしますと伝えておいて!」
お菓子の仕事は最重要だからね!
「あ、ありがとうございます! ――ぐへぇっ」
号泣して頭を下げているユリア姫付きの文官が、新たな来訪者により吹っ飛ばされた。しかし、動揺している暇はない。私は、細々とした物品の請求書に次々と代理判を押していく。
「カナデ殿! 陛下がお呼びです! 他国の使者がお見えということで……」
「あ゛あ゛ん? なんで国王の最強秘宝よろしくみたいなことしなきゃいけないんだよ!」
「いや、どちらかと言えば珍獣最終兵器かと……」
「言ったな、コノヤロー! 泣きながら大怪獣カナデノドンに変身するからな! 王都中、火の海だぞぉ!」
私が半泣きで国王の側近に言うと、彼は目を見開き驚きと恐怖を湛えながら呟いた。
「や、やっぱりできるんですか……?」
「できないよ! バカヤロー!!」
もう、なんなの? 本当に泣きたい。忙しいし、心に傷を負うし……もぉやだぁ……! あと少しで退職するけど、だからこそやだぁ……。それもこれも……。
「ド腐れ国王がぁぁあああ! ちっとは、下の者の苦労も考えろや!」
「カナデ殿。不敬罪で捕まりますよ?」
眼鏡をくいっと上げて私を見る国王の側近を見ていたら、涙がこみ上げてきた。
「真面目か! うわぁぁあああん。不敬罪になったら、捕まる前に空の国のお菓子屋で買占め大事件を起こして、散々迷惑かけてから、他種族の領へ国外逃亡してやるぅぅううう!」
「逃亡したら今月の給料、残業代、特別手当が支払われませんからね。無断逃亡者には、毅然とした態度で挑みます」
「労働基準法の制定を要求する――ってそんな時間ないよぉ」
「それではカナデ殿、使者の出迎えを――」
「絶対に行かないから! そんな余裕ないから! 適当に綺麗で野心のある令嬢でも侍らせとけ! ハニートラップだよ!」
「そんなご無体な……」
国王の側近の嘆きに、私は頑として頷かなかった。
私だって今や中堅魔法使い。はいはい言うだけの新人じゃないんだよ!
♢
結局、この日も残業をした。
帰宅時間は、とっくに日が落ちて、良い子は寝る時間だ。
私が廊下を歩いていると、向かいから第五王子がやってきた。
「カナデ。お前、夕食をとっていないだろう。だからその……」
「こんばんは、マティアス第五王子殿下」
なんだか口ごもっている第五王子を尻目に、私は『そういや、食堂の時間過ぎているなぁ』と考える。
「ロアナは外務局の仕事で他国に行っているし、夜でもケーキセット置いている店に行こうかな」
「そ、それなら俺と――」
「一人でスイーツいっぱい食べよう。げへへ……あっ、お疲れ様でした。私はそろそろ行きますね~」
「おい、カナ――」
私は転移魔法を使い、目当てのお店の前へ転移した。
ちょっと高めな値段設定だが、かなり上質なお酒と美味しい料理が楽しめる庶民に人気のお店だ。ケーキなどのデザートも豊富なためか、客層はカップルや女性客が多い。そのため、夜の遅い時間に女一人で入っても、注目を浴びず、ゆっくりと食事を楽しむことができる。
わたしの目当てはスィーツだけどね!
ウキウキ気分でお店に入ると、とても混み合っていた。私は店前のオープンカフェになっている席へ案内された。本日のケーキと、チョコバナナクレープ、フルーツゼリー、そして珈琲を注文する。
最初に出された珈琲の苦みに顔を顰めながら、ちびちび飲んでいると、ウェイトレスのお姉さんが『店が混んでいるため、相席でもいいか』と聞いてきた。私はスイーツさえ食べられれば良いので、了承する。
そして相変らず苦い珈琲と格闘していると、クスクスと笑う声が聞こえた。
「とても苦そうですね。すみませんが、相席よろしいですか?」
私は間抜けにポカンと口を開けながら、声の主を見る。
中肉中背。空の国の平民に多い焦げ赤茶色の髪に、碧の瞳。顔はどこにでもいる平凡顔だが、穏やかで優しそうな柔和な笑顔が特徴のおそらく20代の男性だ。
……こ、好みドストライクの平凡男子きたぁぁぁああああああああ! なんて落ち着く平凡顔! キラめきの感じないオーラの無さ! 最高すぎだろ!
「ふへぇっ!? は、はい……どうぞ……」
どうしよう!? そんな、こんな普通とは縁遠い私の目の前に、こんな素敵な男性が現れるなんて……。縁結びの神に感謝を!……ってオリフィエルのことじゃないからな!
「失礼しますね。このお店には初めてきたのですが……何かおすすめとかありますか?」
「え、はい。そのケーキが絶品で……」
そこまで言って、私はハッと気が付いた。
何言ってんの、私! 男性は、まだまだお菓子が好きなことを表に出したがらない人が多いのに! この世界のお菓子に対する意識改革にはまだ取り組める段階じゃないのに、ケーキ勧めるとか。バカバカ! この素敵平凡男子がケーキ嫌いとか言ったら、私泣いちゃうよ。
「そうですか。ではそれにしましょう」
私の心配は杞憂に終わり、素敵平凡男子は、店で一番人気のケーキとサンドウィッチ、そして私と同じ珈琲を注文した。
「……ケーキ、お好きなんですか?」
「ええ。軟弱だと思われるかもしれませんが、よく食べますよ」
すすすすす、スイーツ男子きたぁぁぁあああああああ!
私の脳内は空前のスィーツ男子フィーバーに燃えに萌えていた。
新章「復興祭編」開始です。




