黒の天使は巨人島に舞い降りた
村長視点です。
巨人族は存亡の危機を迎えておった。
貿易を止められ、魔物に脅え、明日の食べ物を心配し、心が疲弊していく守るべき村民たち。貿易国からは、手のひらを返したかのような条約を突きつけられて、未来を悲観する息子にすら何も言ってやれない。村長として父親として何も出来ない自分が堪らなく情けなかった。
一縷の望みを託し、魔王討伐に参加した国々に助けを求めたが望みは薄い。そもそも住んでいる場所が違うのじゃ。魔王の侵略を免れた国々は大陸の上側に集中しておる。そんな国々が、南の端にある巨人島を助けるために動くことはないじゃろう。そうなると飢えをしのぐために貿易国の突きつけてきた条件を呑まねばならない……あの、巨人族を奴隷のように扱う事を確約させた条約を。
儂は海を眺め、来るはずのない助けを待った。今日で何日目じゃろうか?あと何日こうしていられるだけの猶予があるじゃろうか?村長として巨人族の未来を選択せねばならない時間は迫る。
辺りが宵闇に染まった頃じゃった。
「あのーすみません。援軍の要請を受けて空の国からやって来ました、魔法使いのカナデです」
突然の声に驚き振り向くと、真下に1人の少女がおった。220年生きてきた巨人生の中で、見たこともない黒の色彩を持つ少女。
しかし儂はその色彩を持つ少女のことを知っておった。
少女は儂の生涯の戦友であったポルネリウスの忘れ形見。最後に会った10年前に散々奴が孫自慢していたから良く覚えていた。黒髪黒目の女児で、お菓子が大好き。そして、いずれ奴をも超えるだろう魔法の才を持つと。
ポルネリウスは始めて出会った時、自らを天才魔法使いと称した。それは事実じゃ。辺境の巨人島にまで響く名声を得て、歴史に名を刻んだ並び立つ者のいない魔法使いに奴はなりおった。その奴が認めた才を持つ少女。そして何より、奴の最愛の家族。他の誰でもない、この少女ならば巨人族に手を差し出してくれるじゃろう。
「おやー、これは驚いたの。こんな御嬢さんがやってくるとはのぉ。儂は巨人村村長のジャックじゃ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。これ、紹介状です」
「紹介状?そんなものはいらんよ。御嬢さんが来てくれたことが紹介状みたいなもんじゃ」
人間の中で一番信用できるのじゃから、紹介状なんていらんのう。
「ありがとうございます。お話を色々聞きたいのですが、夕方なので明日でもいいですか?」
「構わんよ。滞在中は儂の家に泊まるといい。人間が宿泊できるようにもなっているからのう」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
ポルネリウスとは違う穏やかな笑顔……これはもう天使じゃ!黒の天使!!これは丁重におもてなししなくてはのう。お隣のリリちゃんに料理を頼まなくては。頬がゆる――いかんいかん、最初に出会った巨人に変な印象は持たれたくないからのう。キリッとした頼れる村長の姿を見せるのじゃ!
そうして儂は肩に天使を乗せ、村に戻ったのである。
♢
天使は儂の予想以上の結果を残してくれた。
到着した次の日には魔物の肉を村に提供し、以後も無償で食料を援助してくださった。それに儂の息子が所属する自警団を超級の魔物を狩れるぐらいまで鍛えてくれた。これで貿易国への牽制になるじゃろう……尤も貿易国と言っても直ぐに関係はきれるじゃろうが。あんな条約を突きつけられても友好関係を続けるほど巨人族は愚かではないわい。そうじゃ、今回狩ったワイバーンの頭部でも村の入り口に飾っておこうかの。きっと奴らのいい顔が見れるに違いない……ふぉっふぉっふぉっ。
天使は『軍曹』の愛称で巨人族に親しまれておる。人間を見下すものが多く、天使が馴染めるか不安じゃったが、儂の杞憂に終わった。巨人族は強い者を尊ぶからのう。それに天使のおかげで飢えの恐怖から脱却出来た。村の有力者である婆も随分と感謝しておった。天使にはずっとこの島にいて欲しいぐらいじゃ。しかし天使は人間。やはり人間の国にいるのが一番じゃろう。儂の息子がもっと小さければ嫁に来てもらえるのに残念じゃ。今は天使の姿を目に焼き付けておくとするかのう。
「みんなー、盛り上がってりゅ~?」
「「「いえーい!!」」」
「まだまだ寝るの何て早いよ。今日はサタデーナイトフィーバーなんだからね!」
「さたでーなんとかってなーに?」
「さぁ、判らないわ」
「「今が楽しければいいぜ」」
「次の曲行ってみよ~!!」
何曲目になるじゃろうか?異国にはたくさんの歌があるんじゃのう。
「ふぅ~、軍曹殿最高だぜ!!」
「「「 ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆ 」」」
皆元気に踊りだしているのう。よし、儂も参加するか……若いもんには、まだまだ負けんぞ。
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
青い布を振り回し、儂は天使を応援した。んん~きゃわゆいのう!!何じゃろうか、この胸の奥がキューンとなって天使にお小遣いをあげたくなる気持ちは……って一緒に踊る?合いの手じゃと?皆で盛り上がる一体感がいいのう!
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆
「おいおい、村長が鼻の下伸ばして踊っているぜ」
「さすが軍曹殿だぜ……」
「でもよ、村長みたいに青い布振り回すのはいいな。軍曹殿の服の色と一緒だし」
「俺らもやるか?」
「「ああ」」
「「「 せーの、ぐ ん そ う ☆ ぐ ん そ う ☆ 」」」
宴は明け方まで続けられ、天使はその日の午後に惜しまれながらも国に帰った。
次の宴までに鈍った体を鍛えねばならないのう。ああ~生きる活力が湧いてくるわい。天使を応援するグッズでも作ろうかのう。
そして儂は2日後に数十年ぶりの筋肉痛で動けなくなるのである。
マジで巨人族危機だった裏話。
本編の中で「何じゃろうか、この胸の奥がキューンとなって天使にお小遣いをあげたくなる気持ちは」と村長が独白していますが、この気持ちは『萌え』です。村長は立派なアイドルファンになりました。この世界の最先端ですね。
次回は後日談(空の国)です。コメディーがログアウトしそうな予感。王太子&宰相補佐が出ます。先に言っておきますが、この二人は側室持ちと妻子持ちです。
この小説は逆ハーにもアダルトな不倫関係にもなりません(笑)
それでは気長にお待ちください。