種族会合 前編
手紙に同封されていた地図を元に、私は隠れ里に向かった。
隠れ里と言われるだけあって、辿りつくにはかなり苦労した。地球世界でいう赤外線センサーのような魔力の糸が張り巡らせられていて、ちょっとでも触ったら強烈なかゆみが全身に奔るような仕組みだ。痛みじゃないところに製作者のこだわりを感じる。
他にも、香辛料がべっとり付着した板が飛んでくるトラップや、魔物を誘惑する魔法薬が溶け込んだ湧水などなど、かなり変わった視点から攻めて、メンタルと肉体を恐怖に陥れるものばかりだ。
「ぜぇ……ぜぇ……この……トラップを作った奴の親の顔が見てみたいよ!」
木の棒で身体を支えながら私は叫ぶ。
そう。私は全てのトラップに引っかかっていた。蚊のいない世界なのに全身がかゆいとのた打ち回り、変な地面を踏んだと思ったら香辛料の板が顔面に直撃。痛さとかゆさと辛さで朦朧としながら湧水で口をゆすいぐと、目の前には息を荒くした魔物たちが。
ひ、酷い目にあったよ! もうやだ。精神的に泣きたい……。
治癒・解毒・洗浄と絶え間なく魔法を行使し続け、どうにか危機は脱した。魔物は元々発情しないので、襲い掛かって来てもべろべろに舐めるだけだったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。臭いは強烈だが。
「あれ……でぐ、ち?」
遠くに光が見える。木の棒を捨てて、私は駆け出す。
「出口はあったんだ、だ、だだだだだだだ!?」
突如、地面が崩れ落ちる。落とし穴にはまったんだと理解し、下を見る。底は見えず、真っ暗な闇だけが広がっている。音の反響から、相当な深さがあると推測された。
「なんじゃこの底なし落とし穴は!」
最後の最後でお約束かよ!と心中でツッコみながら、浮遊魔法を展開する。特に問題なく地上に戻った私は、より注意深く進んだ。そして、ようやく光の先にあった出口に到着した。
「ふふっ……私は成し遂げた! ヴィクトリー!」
さながら、気分は人類未開の地に到着した冒険家である。完全に妄想だが。
「あらあら。すっかり元気ね。カナデちゃん」
「久しぶり、ティッタお姉ちゃん!」
Yの字になっている私の前に現れたのは、しばらく合っていなかったティッタお姉ちゃんだった。ここ最近――というより、私が解呪した後に1回会ってからから、半年近くティッタお姉ちゃんには会っていなかった。思えば、種族会合とやらの準備で忙しかったのかもしれない。オリフィエルの手紙に、隠れ里にはエルフと妖精が住むって書いてあったし。
「わたくしの作った罠はどうだった?」
「アレ作ったのティッタお姉ちゃんかよ!」
地団駄を踏む私を、ティッタお姉ちゃんは頬に手を当てながら穏やかに見つめる。
「今度、男は強制女装、女は恥ずかしい秘密を3個強制暴露させる罠を実装しようと思っているのだけれど、どうかしら?」
「や、やめてあげてよぉ! 今で十分だから!」
「そうねぇ。やっぱり、維持費用の問題でダメよねぇ」
そこじゃねぇよ!? ティッタお姉ちゃんの発想がマジ怖い!
「それで……カナデちゃん。今日はどうしたの? カナデちゃんには、わたくしが隠れ里に住んでいるなんて言ったことはなかったはずだけど……」
「事前報告もしていないのかよ、あの駄神。……あのね、ティッタお姉ちゃん。今日はオリフィエルの変わりで来たんだよ。お兄ちゃんから聞いているでしょう? 私がオリフィエルの娘だって」
「え? それってタナカの冗談じゃなかったの? 普段から冗談を言わないから、なんてヘタクソな冗談をいうのかしらねと内心で嘲笑っていたのだけど。本当だったのねぇ~」
「ビックジョークで済まされたの!?」
「カナデちゃんが創造主の娘……全然、驚きがないわ」
「あ……うん。私、色々やらかしていたもんね」
忘れたいのに忘れられない黒歴史たちが脳内を駆け巡る。
「カナデちゃんは自分のことを、普通が普通で普通なんだと思っていたものね!」
「止めて! 追い打ちだよ!」
「カナデちゃんをいじるのはこの辺にして。……ようこそ、創造神の名代様。エルフ族と妖精族は貴女を歓迎するわ。他の種族の代表はもう到着済みよ。このまま会合に連れて行きたいところだけど……まずは、お風呂と着替えかしらね。カナデちゃんは昔からお転婆さんなんだから、ぷぷっ」
私の遭難者のような姿を見て、ティッタお姉ちゃんは悪戯が成功した子供のように無邪気に笑っている。かなり腹が立つ。……ティッタお姉ちゃんが怖いから強くは言わないけれど。
「いや、こうなったのはティッタお姉ちゃんの悪辣な罠のせいだからね!」
自分の趣向がどれほど過激か自覚のないティッタお姉ちゃんに導かれ、私は人族未踏の地である隠れ里へと足を踏み入れた。
♢
身体をピカピカにした私は、ティッタお姉ちゃんプロデュースのフリフリワンピースを着るという姉サービスをしていた。
……ティッタお姉ちゃんって少女趣味なんだよねぇ。まあ、見た目も少女なんだけどさ。
準備が終わった後、私は隠れ里の林の奥にある会合場所へと案内された。そこには、10名ほどが円になって座っており、タナカさん、アイル、オネエ竜など知った顔ぶれも混じっている。竜族など人型には遠い姿の種族は人化しているようで、パッと見ただけでは人族の集まりだと勘違いしそうだ。
タナカさんは分かるとして、なんでアイルまで? あと、全員が美しすぎやしませんか? 美形のゲシュタルト崩壊が起こるよ!完全に平凡顔の私が浮いているんだけど!?
世の理不尽さに耐えかねてハンカチを噛みたい衝動を抑えていると、酷く興奮した様子の青年が飛び出してきた。顔は美形中の中(何を言っているか分からないかもしれないが)。そして耳が尖っていることから彼はエルフ族だと予想を立てる。
前世ではファンタジー作品の常連種族である生エルフを見れたことに内心で小躍りしていると、それと相反するように嫌悪と侮蔑の視線が青年から向けられた。
「ティターニア様! 何故、呪われた忌まわしい色を持つ者などを、この神聖なる隠れ里に招き入れたのですか! しかも、よりにもよって人族など……! この疫病神めが!」




