毛玉精霊とじょうおうサマ
「ほれほれ。おやつだよー」
空の国の王宮。王太子執務室から出られるバルコニーで、私は空中にお菓子を蒔いていた。種類は、キャンディーやクッキーなど小粒なものばかりだ。食べ物で遊ぶなと怒られるかもしれない。しかしこれは遊びではない。餌付けである。
それにしても、王太子と宰相補佐様が珍しく遅いなぁ。
「もえるでぇ!」
「あまいのー」
「かくほ……ふひっふひひひ」
私の投げたお菓子を毛玉のような精霊たちがキャッチしていく。その場で食べる精霊もいれば、毛の中に押し込む精霊もいる。
普通の人族が見たら、お菓子が勝手に消えているように見えるんだろうなー。私って本当に普通じゃないわー。
オリフィエルに貰った制御ペンダントをつけてるが、私の目には精霊が見えるようになっていた。もしかしたら、自分が普通だと思い込む呪いが解けたから見えるようになったのかもしれない。普通の人族に精霊は見えないし。
「お菓子食べたら、ちゃんと魔素を出すんだぞー。サボるんじゃないぞー」
魔素は精霊によって作られる。しかし、精霊は気まぐれだ。違う属性の精霊たちが万遍なく魔素を作り出すことはない。遊んでばかりで魔素を作ることをしなくなることも珍しくないのだ。魔素はこの世界の源。魔素が満ちていないと、オリフィエルが以前に予測した未来のように世界が崩壊するのだ。
「しょうち! まがつかみサマ」
「はいなのー。じゃしんサマ」
「しょうだく……はかいしんサマ」
「ちょっと待てぇぇええい!」
禍津神?邪神?破壊神? それって、もしかしなくても私のことだよね!?
私、精霊たちにはもちろん。お兄ちゃんたちにも、私が破壊と呪いを司る神だってこと言っていないよ!
「誰に聞いたの?」
「「「そうぞうしゅサマ」」」
「オリフィエルの馬鹿野郎!」
あのボケナス神! 勝手に人の秘密しゃべりやがって……。
「精霊たち。私のことはもっと普通に呼ぼう。できれば人族らしい呼称がいいな」
「「「じょうおうサマ?」」」
「何故そうなる!? カナデでいいよ。カ・ナ・デ。ちゃんと言える?」
「「「カナデサマ!」」」
「よろしい。他の精霊たちにもそう呼ぶように言っておいて。もしもそれ以外の名前で呼んだら……すり潰すからね?」
「「「いぇっさー」」」
そう言うと一斉に精霊たちが蜘蛛の巣を散らすように逃げ去った。何事かと訝しんでいると、突如こめかみに衝撃が奔る。
「いた! いだだだだ! やめ、グリグリするのやめて!」
「ユベール。もっとだよ」
「はい。エドガー様」
「ふんぎゃぁぁああああ!」
こめかみの痛みに耐えながら目線を動かすと、どす黒いオーラを放つ王太子がいた。それに背後から聞こえた声から察するに、私のこめかみを拳でグリグリと押しているのは宰相補佐様だ。
「……もういいかな。ユベール、名残惜しいけど止めて」
「承知しました」
やっと宰相補佐様の攻撃が終わった。今だ鈍痛が続くこめかみを押さえつけながら、二人を見上げる。
「ひっ!」
「人の顔を見て脅えるなど、失礼ではありませんか?」
「いや、いつもの十倍怖すぎだから!」
ちょっと見ない内に宰相補佐様の強面偏差値が急上昇していた。戦々恐々としていると、いつもの十倍微笑んでいる王太子が私の前に立ち見下ろす。
「カナデ。よくもやってくれたね……? どうせ自分が何をやらかしたのか分かっていないだろう。王太子である僕直々に説明してあげるよ」
「ええっと……私目は何をやらかしてしまったのでしょう?」
王太子と、その後ろに控える仁王のような宰相補佐様にビクビクしながら問いかける。
「昨夜……と言うよりも今日だけど、魔の森で大規模な爆発が観測された。それを受けて、空の国は急ぎ騎士団を向かわせ、事態の収拾に向かった。しかし、そこに広がる森は、爆発の後など欠片もない。騎士団は混乱。何も起きていないのに上級貴族と王族は緊急に城へ呼び出され、情報伝達の不備なんかの課題が浮き彫りになるし……簡単に言うとね。君のせいで王族や重要役職の者たちが死ぬほど忙しくなったんだよ。ユベールなんかは、当分家に帰れないぐらいにね」
マジかよ、爆発ばれてた!
爆発が観測されたと言っているから、おそらく魔の森を監視している人が居るんだと思う。あそこは魔物が多く出るし、所有者の私は不在しがちだし。爆発を見た監視者が驚いて、早馬で王宮に知らせに言ったのだと予想される。
どうせなら、爆発を消して森を元に戻すところまで見届けて欲しかったけどね。
「大変申し訳ありませんでした!」
私は素直に土下座した。プライドはない。さすがにうら若き乙女が額を擦りつけているのを苦く思ったのか、王太子はそれ以上の追求はしなかった。土下座の威力パネェ。
「……もういいよ。カナデがいると余計な手間がかかりそうだから、一週間の仕事を休んでもらうよ」
「一週間の休暇!?」
「ただし、休暇後は馬車馬のように働いてもらいます。文句は言わせませんよ?」
「ひっ!」
喜んだのもつかの間。すぐに宰相補佐様の威圧で私は縮こまる。
せ、戦略的撤退! ほとぼりが冷めるまで……余生――じゃなくて、休暇を楽しむよ!
「で、では、私目は邪魔のようなので、退散いたしまする!」
そそくさと転移魔法を使い、私は離脱した。
「ああ怖かった……」
鳥肌の立った腕をさすりながら、わたしは王都の下町を歩く。気分を晴らし、臨時休暇の計画を立てるために、クレープのおいしい馴染のカフェへ向かうことにした。そして人通りの少ない路地を曲がった瞬間――
「ぶっ!? 何……てが、み?」
顔面に張り付いた手紙を取る。落し物かもしれないと辺りを見渡すが、人はいない。仕方ないので宛名を見ると、そこには『我の娘。カナデへ』と丁寧な文字で書いてあった。
「すんごい嫌な予感がするんだけど。……見なかったことにしよ」
ポイッと手紙を捨てて、再びカフェへ向かおうと足を進める。しかし数歩進むと、さっきと同じように顔面に手紙が張りついた。
「ぶっ!? ああ、もう……見ればいいんでしょ! 呪いの手紙かよ!」
嫌々手紙の封を開ける。桜の模様が描かれた地球産の便箋に書かれた文字を目で追った。そこにはこう書かれていた。
我の愛する娘。カナデへ。
やっほー、パパだよ☆ 元気してるぅ?
昨日、眷属作りに失敗したみたいだけど、元気だして。
カナデは、我みたいに創造の才能がないんだから、エンジェルパンダは諦めた方がいいよ!
というか、エンジェルパンダはないよ。クスクス。我の娘は本当に面白い。
話は変わるけど、明日、種族会合がありまーす。
1万年に1回開かれるんだけど、我の代わりに出席してくれないかな。
我はかれこれ100回ほどサボっているんだけどね!あははっ。
今回ばかりは出席したかったんだけど、地球世界の管理が大変でね。あー、忙しい忙しい。
種族会合については、タナカから聞いて。
場所はエルフと妖精が住まう隠れ里だから。地図は手紙に同封してるよ。
それじゃ、よろしくぅ!
多忙な愛されパパ。オリフィエルより。
「あのド畜生が! どうせ仕事してないんだろ。次会ったら、私が喜んで自ら社畜になる呪いをかけてやるからなぁぁあああ!」
本当は、気にせず臨時休暇をエンジョイしたい。でも、お兄ちゃんが関わっているということは、このまま無視することもできない。あの駄神のせいで今一番苦労しているのはお兄ちゃんだ。妹の私が手伝わない訳にはいかない。私の臨時休暇は儚く消えた。
「許すまじ……オリフィエル……豆腐の角に頭ぶつけて特大五円ハゲになれ……」
遙か遠くでほくそ笑んでいる元凶へと怨念を込めて呟いた。




