逆ハーレム計画
風に靡く葉の音と夜行性の魔物の遠吠えが聞こえる。
私が今いるのは魔の森と呼ばれている実家だ。御爺ちゃんの魔法関係の資料なんかが散らばる実験部屋で、私は大きな魔法陣を描いていた。今日は月明かりのない日なので、光魔法で生み出した光球で部屋を照らしている。
「これ、意外と重労働だよね。それに難しい。サルバ先輩に相談したほうが良かったかなぁ。でも、今からやるのは、どう考えても人族が見ていいものじゃないし。……サルバ先輩が飛び跳ねて喜びそうだけど」
高純度の魔粉をブレンドしたオリジナル塗料を、木の棒の先に付けた布に浸し、少しずつ魔法陣を完成させていく。やっとすべての魔法陣を完成させたときには、始めてから二時間が経過していた。
床に描かれた魔法陣は、中央に大きなものが1つ。その外側に6つの小さな魔法陣がある。私は中央に降り立ち、マニュアル本を開く。ちなみにこのマニュアル本には『神様の常識&秘術』と書かれている。著者はオリフィエルだ。ぱらぱらとページを捲り、眷属・天使の作り方という題目を開く。
「やっぱりオリフィエルの書き方は適当だなぁ。おかげで、自作の魔法陣で補助しなくちゃいけなくなったし。ええっと……なんか力が溜まっていそうな場所に来たら神力を解放し、ザクッと自分の肉体を切りつけます。この時、電話帳が切れる程度のナイフでは傷を付けられないので、自分をぶった切れるくらい切れ味のよいものを用意しましょう。……物騒すぎるよっ!」
マニュアル本にツッコミを入れた後、私はオリフィエルに貰った制御ペンダントを外した。そして亜空間から特別製の神様も切れるナイフを取り出す。そして震える手で自分の手首へと添えた。
「うぉぉ……めっちゃ怖い。でも頑張るんだ。女は度胸!」
目を瞑り、思いっきり手首を切りつけた。ドクドクと血が流れ、魔法陣を濡らしていく。やがて血は魔法陣の塗料と混じり合い、金色に輝き出す。その頃には、私の手首の傷は塞がっていた。
「い、痛かった……禍津神の治癒力に感謝だね。そして次の工程は……誕生させたい生物を思い浮かべ、魂の叫びを上げましょう。そうすれば、あら簡単。あっと言う間に貴方だけの天使が完成します。……料理番組みたいなノリ止めろよ」
魔法陣から少し離れ、呆れつつも思いっきり息を吸い込み叫ぶ。
「いでよ、超絶癒し生物。エンジェルパンダァァァァアアアアアアア!」
思い浮かべるのは、地球でひたすら笹を食べてゴロゴロしている動物園のパンダだ。あのけだるい感じ……お勤めご苦労様っすパンダ先輩!と言いたくなる魅力があった。それに羽が生えるとか可愛くない?もはや、生物兵器じゃない?
折角、神になったんだ。オリフィエルは、天使とか眷属とか作らない主義らしいけど、私は違う。魅惑のもっふもっふ逆ハーレムを作り上げるのだ。ふぁっはっはっ!
魔法陣は金色の光を強くさせる。閃光弾かと思うほどの光の強さだ。
「まっぶしっ! でも、神々しくて期待大だねっ」
やがて光は落ち着いた。私はわくわくしながら、エンジェルパンダがいるであろう魔法陣の中心へ行く。しかし、そこにはエンジェルパンダの姿は無かった。
「なんですの……コレ」
真っ黒い炭みたいな手のひら大の塊がうにょうにょと動いている。なんかナマコみたい。
「キモっ! なにこの暗黒生物。お呼びじゃないんだよぉぉおおおお!」
私は暗黒ナマコを掴み取り、窓に向けて放り投げる。気が動転していたため、うっかり窓が閉まっていたまま投げてしまった。暗黒ナマコはバリンッと音を立てて窓ガラスを割りながらも、森の奥へ飛んで行った。禍津神の筋力、恐るべし。
「ふぅ……これで一件落ちゃ――」
――ドギャーーーーン
耳を劈くような爆発音と同時に、地響きが起こり空気が震えた。私は焦りながら、割れた窓から外を見る。
「ひ、火柱が立ってる!? げ、芸術じゃないのに、爆発しやがったぁぁぁあああああ!」
どうやら、とんだ危険生物を生み出したようだ。爆発したけど。
「というか、こうしちゃいられないよ! 後始末!急いで後始末しなきゃ。お兄ちゃんにバレたら、正座で3時間お説教の刑になっちゃう」
この後、私は明け方まで後始末に奔走することになる。
私は破壊と呪いの禍津神。どうやら、生物創造に関しての才能は皆無のようだった。
悲しいことに、魅惑のもっふもっふ逆ハーレム計画は失敗に終わったのである。
※感謝祭SSをSS集にて投稿しています。詳しくは活動報告をどうぞ。
新章「隠れ里編」開始です。




