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異世界から運ばれた手紙

月の国に勇者召喚された異世界人。

佐藤勇樹 視点です。

 視界を埋め尽くすのは、満開の桜。はらりはらりと薄桃色の花弁が風に舞う。その光景を夢心地に感じていると、花弁が一枚狙い澄ましたように鼻をくすぐった。



 「……ぶぅぇくしょいっ! あぁー、ここは……校庭か?」



 桜の絨毯に寝ころんでいた身体を起こし、学ランにへばり付いた花弁を叩き落とす。何故こんなところに寝ころんでいたのか。その答えを確かめるように、ポケットを探る。


 出てきたのは、細かい装飾が施された魂が震えるほどカッコいい魔炎大蛇丸のペンダント。そして、異世界の友人から託された手紙だった。そして頭上の桜を見上げれば、枝がへし折られた後があった。



 ……やっぱり、異世界に行っていたのは夢じゃなかったんだな。



 平凡な日本の男子高校生である俺、佐藤勇樹は、校舎の二階から転落したと思ったら異世界に勇者として召喚された。そこでは、ボサボサな髪に眼鏡のマッドサイエンティストっぽいヤバイ奴と、嫉妬するのも馬鹿らしくなるほどのイケメン王族軍人に迎えられ、言葉も分からない中、丁重にもてなされた。


 俺チーレム!と期待に妄想を膨らませていたところに現れたのは、カナデという少女だった。カナデから、魔王は既に倒されていて俺は争いの種になると聞かされた時にはかなり不安になったが、その後、何日かしてから送還魔法で異世界に送り返されたのだ。



 不謹慎だけど、結構楽しかったよな。



 カナデは前世が日本人という、テンプレみたいな主人公設定のヤツだったが、海産物に目を輝かせる変わった女子だった。異世界に来て心細くて不安な俺を気遣ってくれたし、遠慮しない物言いが小気味よかった。サヴァリス兄ちゃんと3人で海に行って、魔物をバッサバッサと薙ぎ倒していくのには、ちょっと引いたが。



 「今は……午後の1時か」



 カナデとの別れ際に渡された手紙。そこに書かれている住所は隣の市で、電車で30分ぐらいの場所だ。



 ……早く届けてやんねーとな。



 異世界では16歳だったカナデは、日本に生きていた頃には17歳で死んだと言っていた。だがどう言う訳だか、俺とそう変わらない時代を生きていたようだった。もしかしたら、時間の進み方が異世界と地球では違うのかもしてない。ファンタジー作品では、よくある設定だし。



 「今日は職員会議で午後の授業は休みだし、今から行くか。ええっと……宛名は家族と、友人か? 差出人の所は……相原奏か。なんか、聞いたことあるような……まっ、いいか」



 教室に荷物を取りに行き、カナデから預かった手紙を仕舞った。俺が異世界に行っていたなんて露ほどにも思っていないクラスメイトからの遊びの誘いを断り、駅に向かう。そして電車に揺られながら、スマホで『相原奏』を調べる。ツィッターやSNSなんかで、何か分かるかもしれないと思ったからだ。


しかし、俺は後悔した。大手検索エンジンが導き出した結果。一番上に会ったページは、どこぞの新聞社のネットニュースだった。半年前に書かれたその記事の見出しはこうだ。



 『白昼堂々起こった銀行立て籠もり事件 幼い少年を命懸けで守った、勇気ある女子校生』

 


 一瞬、頭が真っ白になった。


 半年前。隣の市で立てこもり事件があった。人質の様子などが犯人グループによって動画サイトに投稿されるなど、世間をしばらくの間騒がせていた。怪我をしたのは何人かいたが、死んだのは当時17歳の女子校生一人だけ。奏の名前に見覚えがあったのは、死亡者としてニュースのテロップに出ていたことと、勇気ある女子校生と少しだけ騒ぎになったからだ。確か、お涙ちょうだいな内容だったと思う。俺はこのニュースを見て、『割と近くでこういう事件も起こるのか、怖いなー』ぐらいの感想しか俺は持ち合わせていなかったはずだ。



 「……そんなこと、一言も言っていなかったじゃねーか」



 カナデは死因について何も言っていなかった。いつも明るくて楽そうなカナデが、こんな凄惨な過去を背負っていたなんて……。いや、俺と同い年で死んでいるんだ。突然、理不尽に死んだ確率の方が高いに決まっている。



 「勇者になって調子にのって、俺はバカか。……すげぇ、カッコいいヤツだったんだな。カナデ」



 スマホの画面をスクロールする。記事では、カナデの行動を称賛し、カナデの死が必要だったかのように書かれていた。俺がカナデと無関係ならば、ただの勇気ある女子校生として見れていないかったと思う。だけど、今の俺はカナデの友人だ。



 「……死んで欲しくなかった、な」



 その呟きは誰にも聞かれる事もなく、閑散とした車内に消えた。













 「迷った……」



 カナデの手紙の住所通りに歩くが、一向にカナデの家に着かない。地図アプリで検索するが、目印の少ない住宅街では、土地勘のない俺にはよく分からなかった。


 当てもなく歩いていると、制服姿の3人組を見かけた。女子2人に男子1人。両手に花で、非常に妬ましい。普段ならば遠くから睨みつけるだけだが、男子が俺と同じ学ランを着ているのに思い当たり、声をかけることにした。


 

 心底、妬ましいけどな。……リア充爆発しろぉぉおお!



 「あの、すみません。この辺りに、相原さん家ってあります?」


 「ああ、相原家なら――」


 

 気前よく答えようとした男子が、ショートカットの女子に乱暴に袖を引っ張られた。何それ、羨ましい。



 「ちょっと、馬鹿か一彦(かずひこ)! 前みたいに奏っちのことを、根掘り葉掘り聞きに来たヤツだったらどうするんだよ!」


 「いや、でも前は大人だったし。今回は、同じ学校の後輩みたいだし……」


 「コスプレした社会人だったらどうするんだよ!」


 「んな訳あるか!」



 俺はどうやら酷い勘違いをされているらしい。同世代の女子校生にコスプレ野郎と間違われるって、どんな拷問? 俺、なんにも悪いことしてねーよ……。



 「まあまあ、利香さん。落ち着いてくださいね」


 「優子っち……」



 ショートカットの女子を、ロングの女子が諌めた。おっとりとしたお嬢様風でなかなかの巨乳……タイプだ! 心のメモリアルブックに焼き付けようと必死にポーカーフェイスを気取っていると、ロングの女子――ショートカットの女子曰く優子さんが、くるりと回って俺の方へ振り向く。



 「この近くにある相原さんは、ちょっと特殊な事情がありまして。大変失礼ですけれど、何が目的で相原さんの家へ行きたいのか聞いてもいいですか?」


 「あの、こちらも聞きたいんですが……皆さんは、カナデの友達ですか?」



 俺の質問に3人は顔を暗くした。しかし、それも一瞬のことで、いち早く立ち直ったショートカットの女子が声を張り上げる。



 「親友だし!」


 「わたくしも……奏さんとは、親友です」


 「幼馴染だな」



 ハッとした様子の他の二人もそれに続いた。ふと思い出し、俺はカナデから託された手紙を数枚取り出し、宛名を確認した。そこには、利香・優子・カズくんの名前がある。



 ……女子二人は確定として、カズくんは……この先輩男子のことなのか? 



 「これ、奏っちの文字だよ!」


 

 横から手紙を見ていたショートカットの女子――利香が驚きの声を上げる。それを聞いた優子さんと、先輩男子も手紙を覗き込んだ。



 「本当です……奏さんの文字……」


 「さっぱり分からない」


 

 利香に同意する優子さんに対して、先輩男子は疑問符を浮かべている。



 「あのカズくんって……先輩のことなんですか?」


 「そうだが?」



 おい、この歳でカズくんって呼ばれていたのかよ! 


 動揺する俺に、利香が追い打ちをかける。



 「奏っちのことは、カナちゃんって呼んでいたよね?」


 「ああ」


 「クソがっ! 爆発しろ!」



 思わず俺は人生の不条理を叫ぶ。

 勝気少女にお嬢様、あげくに幼馴染。どんなギャルゲー主人公だよ!



 「それはさておき。何で、君が奏っちの手紙を持っているの?」


 「実は渡してほしいと頼まれて……たぶん、理解できないことだと思うので、カナデの家族の元へ連れて行ってほしいです……」


 「分かったけれど、あたしたちもついて行くからね?」




 そして俺は利香たちに連れられて、相原家に向かった。そこには、気がよさそうで普通なカナデ母と、テスト期間で早く帰宅していた中学生の弟がいた。カナデから預かった手紙があると言うと、カナデ母はどこかに電話を掛ける。緊張した面持ちでお茶を飲んでいると、数十分後にはスーツ姿のカナデ父が帰宅した。



 「俺の名前は、佐藤勇樹。カナデの友人です」



 利香たちとカナデの家族に一心に見つめられ、俺の胃は緊張とストレスでキリキリと痛む。しかしそれを必死に耐え、俺は語りだした。荒唐無稽な異世界での話を。





 話終えると、すごく痛々しい沈黙が流れた。一人だけ、先輩男子は興奮していた。この奇妙な空気を打ち破ったのは、相原家の大黒柱。カナデ父だった。



 「異世界で、私の娘に会って手紙を預かった。その話を信じろというのか……?」


 「……はい」


 「ねぇ、おば様。一彦と同類の臭いがするよ」


 「そうねぇ、利香ちゃん」


 「俺は中二病だけど、軽傷だ!」



 俺を見ながら、女共はヒソヒソ話始めた。耐えきれなくなった俺は、鞄から手紙を取り出す。一枚を抜き取り、それ以外を各々の前に差出す。そして抜き取った一枚、頭がおかしいと思われたら大きな声で読むことと書かれた手紙を取り出し、朗読する。



 「今、勇樹を痛いヤツだと思っている、みんなへ。勇樹の言っていることは真実です。私は異世界に転生して、先日、16歳の誕生日を迎えました。魔法学園に入学したり、宮廷魔術師として酷使されたり、魔王討伐に赴いたりしましたが、私は元気です……って俺、まだ痛々しいままなんだけど!?」



 不安になり焦る俺に、カナデ父が神妙な面持ちで続きを促す。おそらく、カナデ書いた宛名に気が付いたのだろう。



 「お願いだ。続けてくれ……」


 「はい。……先日、勇者が他国に召喚されたと聞き、国王になんとかしてこいと仕事を投げられました。そして、謀らず勇者召喚をしてしまった月の国へと赴き、そこで勇樹に出会いました。勇樹と話す内に、そちらの世界では、私が銀行強盗に殺されてから、さほど時間が経っていないように感じました。この出会いは偶然です。でも、別れを告げることが出来ずに離れてしまった人達に思いを伝えられるかもしれない奇跡にめぐり合わせたのです。私は、この奇跡に縋ろうと思います」



 心がジンッと熱くなる。利香やカナデ母は、すでに涙を浮かべていた。



 「まずは、響介(きょうすけ)。本棚の2段目、漢和辞典。お姉ちゃんは、胸の大きさが女の子の全てだとは思わないな」


 「ブフォッ……何故、それを……姉ちゃん!!」


 

 ……可哀相にな。



 おそらくこれは、エロ本の隠し場所だ。しかも、内容をガッツリ実の姉に把握されていた。同じ男として同情する。何、読んでんだよ、カナデ……。



 「次にお父さん」


 「お、おう。かかって来なさい……」



 額に仄かに浮かぶ脂汗が、カナデ父の緊張を物語っていた。



 「福引で当たったって言っていたボトルシップの組み立てセット。あれ、15万円したんだよね。レシート、家の廊下に落ちていたよ」


 「……あ・な・たぁ?」


 「スミマセン! ほんの出来心だったんです!」



 カナデ母の威圧に耐えきれず、カナデ父が土下座した。



 ……こうはなりたくねーな。結婚って恐ろしい。



 「最後にお母さんは……何も悪いところはないです」


 「まあ!」



 俺が朗読すると、カナデ母は嬉しそうに笑う。微妙にカナデの文字が震えているのは、この際気にしないことにした。



 「以上が一枚目の便箋に書かれた内容です」


 「本当に……奏からの手紙なんだな」


 「オレ、心を抉られた……」



 カナデ父と弟には、かなりダメージがあったらしい。心なしか、やつれている。



 「あの子、昔から変な子だったけれど、異世界に行っても変わらないのね」


 「奏っちは昔から変だったからねぇ。近所の犬猫をモフりまくって支配下に置いたり……」


 「妙な伝説をいくつも作っていたな」


 「わぁ! わたくし、もっと聞きたいです!」


 「オレ、中学に入学した時、あの相原の弟ってすごい教師に警戒されたんだよ……」



 カナデの思い出話に花を咲かせる。



 ……やっぱり、前世でもカナデは変人だったんだな。



 「それが便箋の一枚目だと言っていたが、二枚目も何か書いてあるのかい?」


 「ああ、はい。読みますね……」


 「これで勇樹の話が真実だと分かったと思います。後は、私の書いた個人宛ての手紙を見て下さい。そして最後に。私はあんなところで死ぬなんて思ってもみませんでした。突然いなくなってごめんなさい。生まれ変わってもお父さんとお母さんの娘になりたいと言いたかったですが、私は異世界に転生してしまいました。親は分かりません。ですが、血の繋がらない大切な家族がいます。親友と友人たちがいます。私は幸せです。だから私は大丈夫。私のいなくなった世界で、みんなも幸せになって下さい。ただ、それだけが私の未練です。相原奏を愛してくれてありがとう。私もみんなが大好きです。いつかまた、出会える奇跡を願って。 カナデより」





 「どうして、先に逝ってしまったのよ……」



 俺が朗読を終えると、カナデ母が嗚咽交じりに泣きだす。他の皆も、それぞれ涙を流していた。


 早すぎる奏の死。忘れることは出来ないだろう。それでも、一歩一歩、歩いて行くしかない。カナデがそう、望んでいるのだから。



 「佐藤くん。ありがとう……奏の手紙を届けてくれて。相原家を代表して感謝する」



 そう言ってカナデ父は俺に頭を下げた。カナデ弟もそれに倣う。



 「ありがとうござます、佐藤さん」


 「ありがとう。さっきは、変質者扱いしてごめんね」

 


 利香と優子さんにもお礼を言われた。正直に言って居心地が悪い。



 「いや、俺の方こそカナデにお世話になりましたから。こうして日本に帰って来たのも、カナデのおかげですし……」


 「奏のいる世界は随分とファンタジーみたいだが、その……大丈夫だろうか……?」



 心配そうなカナデ父に俺は胸を張って答えた。



 「大丈夫ですよ! カナデはチート魔法使いだし、超絶イケメンの王族軍人のサヴァリス兄ちゃんがロックオンしていたから!」



 何気に、サヴァリス兄ちゃんに牽制されていたんだよね、俺。思い出しただけでも身震いする。あんな強い人に守ってもらえるのなら、安全だろ!



 「なんだってぇぇええ!?」



 安心させるつもりで言ったことだが、カナデ父の怒りに触れたようだった。我を忘れたカナデ父は、俺の襟首を掴み、ガクガクと揺らす。



 「あばば、おぇっ! しまっ! おぇっ!」


 「娘は、娘はやらん!」


 「イケメン……羨ましいよ、奏っち!」


 「魔法について詳しく! もっと詳しく!」


 「静かにしましょうね、一彦さん」


 「お茶、追加で入れますよ」



 その後、俺はカナデとの思い出話を何時間も語らされる。解放されたのは日が完全に傾いた頃だった。カナデの個人宛ての手紙は、みんな大事そうに抱えていた。たぶん、1人になった時に読むのだろう。



 満点の星空の下。カナデ母に持たされた、ブロッサムとかいう店のチーズケーキの箱が入った紙袋を振り回す。



 「……約束は果たしたぜ、カナデ」



 遙か遠くにいる友人に語りかける。

 そして勇者だった俺は、幸せな日常に戻るのだった――――






※※活動報告にて、SSリクエスト受付を行っています※※

良かったら、覗いてください。


本編でちょいちょい出ていたカズくん登場です。

恋愛フラグは誰にも立っていませんのでご安心を。

たぶんカズくんへの手紙には、「貸していたギャルゲーあげるね」とか書いてありますw


勇樹に手紙を出したころは解呪前なので、カナデは自分が転生者だと思っています。

そして、地球世界は巨人島編らへんで修復が完了し、時が動き出しました。

時間の進み方はクランヴォールと一緒です。


真相編はこれにて終了です。

次回からは新章です。お待ちくださいませ。

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