迷宮の裏事情
Kiss♡で解呪大作戦だって……?
なんつー、馬鹿なことしてんだよ、このアホ神は!
私は蔑んだ目でオリフィエルを見つめる。しかし、オリフィエルは気にした様子はない。
くっ……サルバ先輩並みの鋼メンタル! 腐っても神か!
「こらこら。パパにそんな目を向けない!」
「どうして、そんなことしたのかな……オリフィエル?」
オリフィエルは調子に乗るタイプだと理解した私は、父と呼ぶのを止めた。呼ぶのは、ほんっとーに、たまにだけにする。流石に私が怒っているのに気が付いたのか、オリフィエルは口をとがらせながら、しぶしぶといった感じで話し出す。
「パパなのに……。我だってね、随分と我慢していたんだよ。基本的にプライバシーに配慮して見守るだけだったし、運命に関しては手を出さないようにした。精々、奏が学園の武芸大会で優勝した時に空に虹の橋を架けたり、奏のトラウマを刺激して苦しめたカス共を足止めするために、大雨を降らせたぐらいだ」
「おい、ちょっと待て。勝手に覗いている時点でプライバシーもクソもないし、天候に関しては……分かる訳がないでしょうが!」
何、変な事をやってんの?
「我って、我慢強いよね。まあ、そんな訳で、我は奏の人生に手を出すつもりは、これっぽっちも無かったんだよ。でも、状況が変わった。奏も思い当たることがあるだろう?」
「状況……?」
まったく心当たりがないんですが……?
ハテナマークを浮かべる私に、オリフィエルは呆れた視線を向ける。心にグサリと鉄の矢が刺さった気がした。これはキツイ。
「魔法使いに預けられた初期よりも、力が大きくなっているのを感じないかい?」
「力……あ、確かに前よりも魔法が同時に沢山使えるようになったり、危機感を覚えるほど魔力が減ることがなくなった気がする」
最初の頃は3つぐらいしか同時に魔法を展開出来なかった。けれど今は、望むままに展開できる。それに魔武会の時は、ガブリエラ先輩の最上級魔法を防ぐのに凄い苦労したけれど、今なら余裕なぐらいの魔力保有量を持っている。確かに、力が上がっている。
「そもそも、奏が魔力だと思っているものは、神力だ。奏の場合は禍津神だから、力の種類は我と逆だけれど、大した違いはない。神力は、望みを叶える力だからね。奏は、人族として適応するために、神力を魔力へと無意識に変換している」
「神力を魔力に変換していることと、オリフィエルが出張ることが関係あるの……?」
「いや。それは関係ない。問題だったのは、奏が信仰対象になったことだ」
「信仰対象……まあ、お菓子の神だとか、武神だとか言われているのは知っているけど」
非常に不本意だけどね……!
「菓子職人たちにお菓子の神として、巨人族には武神として信仰されている……だけじゃない。魔族領では、あまりの強さに魔神と敬意を込めて信仰されているし、人族領の一部では、豊穣の神としても信仰されている。そして、ごくごく一部……主に裏社会に生きるものからは、畏怖を込められて死神と崇められている」
「ちょちょっ、魔神と豊穣の神と死神は初耳だよ!?」
「やっかいなことに、神の力は、持って生まれた資質に信仰度合が上乗せされる。つまり奏は、神力を増幅させていった。おかげで、我が施した記憶と力の封印が解けかかっていた。……自分が普通であると思い込む呪いが解けない状態で封印が解けたらどうなると思う……?」
「……無意識にやらかすと思います!」
私の中の消したい黒歴史たちが、そう囁いている!
「そう。奏なら、解呪方法が分かっていたとしても、呪いのせいで王族とキスをするなんていう普通じゃない行動はしなかったはずだ。力を使って、奏が自爆する分にはいい。だけど、奏の力を利用したり、迫害する者が現れるかもしれない。それを避けるために、我はKiss♡で解呪大作戦を決行したのだ! 迷宮内での出来事は、この世界とは別の空間で起こることだからな」
「ふーん? 迷宮の中の出来事は全部……」
「キスで呪いを解くために仕掛けた、ラブトラップだ!」
「やっぱり、ふざけんなよ!?」
私の為に必要なことなのは分かっているよ?
でも、なんか……釈然としねぇぇええ!
「奏に好意を持っているから、祝福を与えたサヴァリスを迷宮に招いた。しかし、あまりにも……本気過ぎて、奏を無理やり襲うことが無かった。若さゆえの過ち的なのを期待したんだけどね? 奏も恋愛力皆無だし……」
「どうせ、私は恋愛音痴ですよ!」
地球世界でもクランヴォール世界でも彼氏がいないし、求婚者も主に私の凶暴性に惚れていますが、何か?
「まあ、そんな訳で、我のラブトラップはすべて失敗。最終手段で、強制バナナトラップを仕掛けたんだが……さすが我の祝福を持っている人族と禍津神。我の未来予知では、100パーセントマウス・トゥ・マウスだったのに、額にキッスに運命を変えてしまったんだよ!」
「それって、つまり……一か月寝込んだのは、私とサヴァリスのせい!? いや……落ち着け、私。なんか、色々と前提が間違っている気がするぞ。流されるな……」
「まっ、そう言う訳で。奏が面白さを超えておかしくなる前に、我が助けに来たのさ。感謝していいぞ?」
「……感謝するべきなんだ、よね? あのさ、ちなみにラブトラップを仕掛けているとき、どんな気分だった?」
「ものすんごい楽しかった!」
「やっぱり、感謝しねぇぇええ!」
もう、なんなの? なんで、このアホ神が私の最大の恩人で父親なの?
「ふふっ、面白いなぁ。あと、奏。人生が終わったら神として、このクランヴォール世界を治めてもらうから。禍津神の最高神なんて、聞いたことがないよ。ワクワクするね!」
「ワクワクしてんのはお前だけじゃぁぁあああ! 何を『飴ちゃんあげるね』みたいな軽い口調で言ってんの? ねぇ、私の話を聞いてる!?」
「今度、地球世界のお菓子を持って来てあげるよ。ポ○キーとか、ア○ロとか」
「引き受けた!」
チープ菓子が貰えるならねぇ。受ける以外の選択肢ないわ。私、地球世界に出禁くらってるし? 最高神になるぐらいの面倒事は、しゃーないですわ。……お菓子!チープ!ひゃっふい!
「……ちょっとだけ、我は奏が心配だよ」
「え、どうして? 呪いが解けた今、私ほど、しっかりしている女はいないと思うけど?」
「まぁ……いいか。面白いし。奏はそのままでいてね?」
「今更、キャラチェンジするつもりはないよ」
何を言っているんだろうか、この父親は。
「うんうん。それでいいよ。あと、これは奏の力をある程度封印するペンダントだ。と言っても、封印が解ける直前ぐらいの力までしか抑えられない」
オリフィエルは私の首に金色の薔薇の華奢なペンダントをつける。
こんな細かい細工、私の地球知識を活かした錬金術以外では、この世界で再現不可能だよね? 別の意味で、目を付けられそうだわ。まあ、外さないし譲らないけど。黒歴史を量産したり、国を吹っ飛ばすのは御免蒙りたいし!タナカさんに怒られそうじゃん。神獣って世界の管理者らしいし。
「そう言えば、タナカさんってオリフィエルのなんなの?」
「今は神獣が管理者と言われているが、昔は蛮族と呼ばれていてね。多種族に戦いを吹っかけたり、魔素の流れに悪戯したり、それはもう、手の掛かる連中だったのだ。だから我は肉体の一部を切り離し、暴れる奴らを押さえつける最強の神獣を生み出した。それが、タナカだ」
「それは、つまり! タナカさんが、私の実のお兄ちゃんということかね!?」
「いや、我の肉体の一部を使ってはいるが、神獣が生まれる泉の魔素が集まって出来たから厳密には――」
「細かいことはいいんだよ!」
タナカさんが実兄! タナカさんが実兄! タナカさんが実兄!
やっべぇ……嬉しすぎて鼻血が出そう。どうしよう、お兄様、お兄ちゃん、兄貴、兄様、にぃに……どれで呼ぶべき!? どれが一番、妹萌えする!? やばい、テンションが上がり過ぎてやばいよぉぉおお!ふぅ~!
「我、寂しい。パパなのに……」
「ありがとう、父さん! これだけは、ハッキリと心を込めて感謝できるよ! 素晴らしいかな、家族愛!」
興奮しながら、バンッバンッと思いっきりオリフィエルの背中を叩く。
「ゲホッゲホッ。ダメージは受けないけれど、痛みはあるんだぞ。……じゃあ、そろそろ我は帰るから。あんまり長居すると、運命に干渉しそうだし。それじゃあ、奏。心行くまで人生を謳歌して、我の元へ戻っておいで」
「おい、ちょっと待て! この家どうすんの!? 建てたなら、責任を持って解体しようか! 不法投棄ダメ絶対!」
「後始末、よろしくぅ!」
「このボケナス神がぁぁあああ!」
真実と波乱をもたらしたオリフィエルは、あっさりと転移していった。
「……もういいや。出よ」
半分以上残っているチーズケーキを抱え、私は家を出た。そこには警備兵の他に、ロアナとサヴァリスとタナカさん、そして第五王子がいた。月の王と王太子はいない。おそらく、会談とかをしているのだろう。
「親子の会話は出来ましたか?」
「まあ……そこそこ?」
私はサヴァリスにそう答えると、スキップしながらタナカさんの元へ向かった。
「ニヤニヤして気持ち悪いわよ、カナデ」
「ふふっ。今の私にはノーダメージなのさ、ロアナ!」
ロアナの氷点下の視線を華麗に受け流し、私はガバッと思いっきりタナカさんに抱きついた。
「えへへっ。私たち、本当の兄妹なんだって。お兄ちゃん!」
色々迷ったけれど、様付けは慣れないし、お兄ちゃんでいくことにする。あざとい? ふっ、それは承知のことさ!
「か、カナデ!? あの外道に何を話したのかなど、聞きたいことはありますが……。私たちが実の兄妹だというのは、事実ですか?」
「うん。私の身体はオリフィエルが作ったからね」
「……もう一度言ってもらえますか?」
「お兄ちゃん!」
「……くっ。なんという破壊力」
タナカさん改めお兄ちゃんは、真っ赤な顔を手で隠しながら照れていた。
私も大概ブラコンだけど、お兄ちゃんも、かなりのシスコンだよね。……自覚ありありですとも、ええ。仲が悪いよりいいでしょう?
「おい、カナデ! おまっ……その神獣から離れろ!」
「邪魔しないでくれますか?」
「そうだ! そうだ!」
殺気を放つお兄ちゃん。しかし、第五王子は怯むことなく睨みつける。
「カナデは……俺と一緒に居ればいいんだ! ずっと!」
一緒に……? ずっと……?
普通でなくてはいけないという呪いから、鈍感を通り越して、思考回路がおかしかった私だが、今は正常に戻っている。だからこそ、第五王子が王族だからという理由で、今まで考えられなかった答えを導き出した。
始まりは、イジメだった。だけど、解決した後も、第五王子は私に嫌味をわざわざ言って来た。嫌いなら放って置けばいいのに。魔王討伐後も赴任場所が第五王子の下だった。何度もパーティーに同伴させられたし……あれって、私をエスコートしたいって意味だったんじゃ。あれじゃん。小学生男子の謎心理……。
「ねえ。もしかして……アンタ、私のことが好きなの?」
好きな子を苛めてしまうってヤツじゃないの……?
今回は迷宮の裏側。
ずっと死を見送るだけのタナカでしたが、此の度、世界一生き汚いであろう神を実妹にしました。タナカ救済措置です。
そしてぶっ壊れた思考回路がちょっとだけ修復されたカナデが、マティアスの核心を突きました。
次回に続きます。




