黄昏の月
制御バンクルが壊れた……!? そんな、超高級素材なのに!
怒りから正気の戻るが、時すでに遅し。高純度のムーン・マガツカミパワー(仮)が込められている爆裂魔法は容赦なくオリフィエルへと降り注ぐ。
可愛く言ってみたけど、やっぱりアレは禍津神が放った、ただの爆裂魔法だよ!
オリフィエルにぶち当たることが問題なんじゃない。周りを爆発させるのが問題なのだ。クレーターどころの話じゃない。この国が滅ぶかもしれないのだ。だって、私は禍津神だから。ぶっちゃけ、どのぐらいの威力だか見当もつかない。
どうしよう!?
私が焦りに焦っていると、直撃コースに悠然と佇むオリフィエルが、満足そうに頷いていた。
「うんうん。やっぱり、奏を魔法使いの元へ預けて正解だった」
パチンッとオリフィエルが指を鳴らす。ただそれだけのことで、私の放った爆裂魔法が綺麗さっぱり、跡形もなく消えた。オリフィエルに吹き飛ばされた騎士たちはもちろん、私自身も口をあんぐりと間抜けに開けて、驚愕を露わにする。
オリフィエルは向けられる奇異の視線に構いもせず、優雅な動作で私に近づく。そして数メートル離れた場所で、勢いよく両手を広げた。嫌な予感がする。
「さあ! 遠慮なく、パパの胸に飛び込んでおいで!」
「誰がそんなことをするか!」
「相変わらず、我の娘は面白い! 思春期可愛い!」
身悶えるオリフィエルから、少しずつ距離を取る。すると私の背後から、白銀の剣が飛んできた。すべての存在を消し去る、神属性魔法だ。それらは私をスルーして、一直線にオリフィエルへと飛んでいく。私が振り向くとそこには、眉間に皺を寄せ、今までに見たことがないほど怒り狂っているタナカさんがいた。その周りには、先程の部屋にいた面々がいるため、転移魔法で私を追って来たのだと理解する。
「この……外道が……。私の妹にまで、手を出しやがって……」
乱暴口調のタナカさんも……全然アリ! ギャップ紳士萌え最高ぉぉおお!
タナカさんのいつもとは違う乱暴な言葉に私は驚きつつも、新たな萌えに胸が高鳴った。脳内萌え祭の開催である。素早くタナカさんの元へ逃げ、私は妹の特権を活かして、ガバッと遠慮なく抱きついた。
うひょっひょっひょっ!
白銀の剣による攻撃を仕掛けられたオリフィエルは、また指をパチンッと鳴らし、いとも容易く剣を打ち消す。そして困ったようにタナカさんを見つめた。
「奏は、我の娘なのに! 酷いじゃないか、ターニリア――」
「煩い! その名で呼ぶな!」
「我のつけた名なのに、気に入らないなんて我儘な……。今は、タナカと名乗っているんだっけ?」
やれやれと言いながら、呆れた表情でタナカさんを見るオリフィエル。
え? この二人は知り合いなの? というか、オリフィエルがタナカさんの名付け親?
私と周囲の困惑をよそに、オリフィエルとタナカさんは話を進める。
「……娘という割には、奏に呪いをかけるなんて、親としてどうなんだ……?」
「奏が望んだから、苦手なのを頑張って、呪いをかけたんじゃないか」
「いや、私は望んでないからね! あれのせいで、私がどんだけ消せない黒歴史を作ったと思っているんだよ!」
聞き捨てならないセリフを聞いたため、私はすかさず訂正する。
「我がかけた呪いは、奏が7歳の時点で解けるはずだったんだよ? 呪いを強化したのは、奏じゃないか」
「うぐっ……。す、好きで強化したわけじゃないやい!」
「ふふっ、知っている。面白いね、奏は。それに……タナカもね?」
オリフィエルは私たちの元へゆっくりと歩く。警戒する私たちだったが、オリフィエルはそんなことお構いなしで、歩みを止めようとはしない。そして、何故かロアナの前に立った。
「いつも奏がお世話になっているね。少しばかりアホで、凶暴だけど、これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「え……はい。それは当然ですけれど……本当に、カナデのお父様なのですか? その……あまりにもお若いような……? それに、カナデからは、実の父親が生きているという話は聞いたことがなかったのですけれど」
普段、私に接しているために耐性があるのか、ロアナは困惑しながらも、初会話で創造主たるオリフィエルに質問をする快挙を成し遂げた。さすがロアナさん、私の嫁!
「これでも、ここにいる誰よりも年上だ。我の話を奏から聞いたことがなかったのは、我が奏の記憶を封印していたからさ」
「……ああ、なるほど。わたし個人の意見としては、貴方がカナデの父と聞いて……まあ、納得しましたわ」
「ありがとう。君も面白いね。……でも、君はダメだ。ヘタレ王子くん?」
オリフィエルは、第五王子へ顔を向けた。第五王子はビクッと肩を揺らす。
「まったく、君には期待をしていたというのに。ダメダメじゃないか! 君が頑張れば、もっと早く奏の呪いが解けたのに! そうすれば、こんなに我は奏に会うのを我慢せずに済んだ」
「えっと、はい、スミマセン! ちちう――」
「誰が義父上だぁぁああ!」
お決まりのツッコミを入れたのは、何故か私だった。
「カナデの父上でいらっしゃいますか。僕はカナデの上司。空の国の王太子エドガーです。以後お見知りおきを」
「私は月の国の王弟で、軍では将軍位を賜っています、サヴァリスと申します。御嬢さんのことは、深く愛しておりまして、現在、求婚中です。どうぞ、よろしくお願いします」
「ウチの弟は、とっても優秀でしてね。 ああ、余は、この国の王ですぞ」
「よろしくね。奏がいつもお世話になっているよ」
王太子とサヴァリス、月の王は、オリフィエルと握手を交わしていた。とんでもないコミュ力の高さである。私は訳が分からない気持ちでいっぱいだった。
「もうさ、何をしに来たの?」
「奏と話しをしに来たんだよ。……色々と聞きたいことがあるだろう? それに、迷宮を攻略したご褒美も渡さないとね」
オリフィエルは、パチンッと指を鳴らす。すると、3秒ほどでレンガ造りの一軒家が目の前に建った。
私なら、5分はかかる。……くそっ、なんか悔しい!
「ちょっと奏と二人きりで話したいんだけど、いいかな?」
そう言ってオリフィエルが視線を向けたのは、月の王だった。
まあ、ここは月の王宮だからね。許可を取るなら、家を建てる前にしろって言いたくなるけど。
「構わない。だが、兵を置くのは許してほしい」
「押しかけたのはこちらだからね。その辺は分かっている」
月の王とオリフィエルの交渉はつつがなく終わったようだ。私もちょうど、色々と話したいことがあったから、まあ……ちょうどいい。
「カナデ、あの外道との話し合いは危険ですよ。行かなくてもいいのです」
「……危険なのは分かっているよ。でも、知りたいことがあるから」
心配するタナカさんに笑いかけ、私はオリフィエルの建てた家へ入る。
「中は普通だね。意外」
普通の民家――ただし、地球文化が色濃い――だった。ダイニングテーブルでオリフィエルと向かい合わせに座る。
「これから住む訳じゃないからね。さて、お茶にしようじゃないか」
オリフィエルがそう言うと、キッチンがひとりでに動き出す。地球で想像の産物とされている魔法みたいだ。
宙に浮かんだティーポットが、これまた勝手にダイニングテーブルへ登って来たカップに紅茶をそそぐ。なんかキモい。しかし、そんなことも、紅茶の素晴らしい香りによって直ぐに忘れてしまう。
これは……エリザベート先輩がブレンドして、バルミロ先輩が入れた紅茶に匹敵するレベル! オリフィエル、侮りがたし!
「さてさて、御茶請けは迷宮を攻略したご褒美。『黄昏の月』だよ」
オリフィエルは、この世界では見慣れない、厚紙の赤い箱を出した。そして中には、黄金色の美味しそうなチーズケーキが入っていた。チーズケーキの中央には、チョコレートプレートがのっている。そこには、『お父さん、お母さん、いつもありがとう』と書かれていた。
「これ……私が……私が予約したチーズケーキ……」
銀行強盗に殺された日に私が予約していた、駅前の洋菓子店ブロッサムの大人気チーズケーキだ。結局、私は取りに行くことが出来なかった。
「これ……どうして!」
「ちゃんとケーキの時間は停止しているから、賞味期限は切れてないよ」
「違う……! そうじゃない……」
みっともないほどに涙が頬を流れ落ちる。私の今の顔は、絶対にブサイクだ。それでもやはり、涙は止まらない。
「奏がいなくなってから、暇でね。たまに奏の様子を覗く以外は、地球世界の修復をしていたんだよ。おかげで、半年ほど前に修復が完了した。奏が地球に降り立つことは出来ないけれど、せめてもと思ってね。代わりにケーキを引き取って来たよ」
「……もしかして、こっちの世界に勇樹――日本人の勇者が召喚されたのも……?」
「魔法陣を利用させてもらって、召喚者はこっちで指定した。奏が送り返すことも織り込み済みさ」
勇樹が月の国に召喚されたのは、偶然ってだけじゃなかったんだ。もしかして、私が勇樹に家族への手紙を渡すことも予想して? それに、今回のチーズケーキのことだって……。私が人だった頃はお菓子が特別好きじゃなかった。でも、今は大好きだ。それはきっと、日本の両親にチーズケーキが渡せなかったことへの後悔と執着が始まりだ。
オリフィエルは、いつもふざけてはいるけれど、いつも、私のことを大事に思ってくれている。新たな人生についてもそうだ。呪いとか、魔王討伐とか色々あったけれど、私はこの世界で大切な人達と出会えた。楽しいことばかりではないけれど、生きている。とても幸せだ。だから……。
「……ありが、とう。今も、昔も……ずっとずっと、ありがとう! お、オリフィエル……父さん」
「奏!」
しゃくり上げながら、たどたどしくお礼を言う私に、オリフィエルが思いっきり抱きついてきた。私は珍しくされるがまま。今だけは特別だ。
私の涙と、オリフィエルの興奮が治まった頃。頬を緩めながらチーズケーキを味わっているときに、ふと、ある疑問が思い浮かぶ。
「そう言えばさ。迷宮のいたるところに書かれていた『K・K・D』ってなんの略だったの?」
私の何気ない疑問に対して、オリフィエルは胸を張って答えた。
「Kiss♡で解呪大作戦の略さ!」
「やっぱり、爆ぜろ!!」
ウチの父親は、やっぱり碌でもなかった。
KKDがくだらなくて、申し訳ないです!
一応、これで、カナデとオリフィエルは本当の親子になりました。
次回は続きからです。




